年齢:30代
勤務先:私立高校
試験後の配点操作で「クラス平均点を調整」する驚きの理由
二階堂さんは、大学院の博士課程に進んだタイミングで、とある名門私立高校の非常勤講師を始めた。アルバイトのつもりだったが、生徒を教えるのは思った以上にやりがいがあった。
「高校は専門教科を教えるので、研究が続けられることも魅力に感じ、正規雇用の専任教諭を目指すことにしました」
しかし、専任教諭として採用された中堅私立高校は勝手が違った。地域では偏差値の高さで知られていたが、決められた内容以外のことを教えることが許されないばかりか、理不尽な“操作”も強いられた。
「保護者からクレームがつくという理由で、教科ごとにすべての教員が同じプリントを使い、進み具合も細かく確認して合わせていました。また、テストの平均点を揃えることも求められました」
なぜ平均点を揃えなくてはならないのか。それは、近年私立高校で増えている「コース制」に原因があった。
「東大などを目指す『難関国立大学コース』の平均点を、いわゆる『GMARCHコース』が上回ってはいけないのです。大学の指定校推薦枠の関係もあって、保護者に説明がつくように平均点を調整していました」
驚いたことに、狙った平均点を出すために、すべての生徒の採点を終えてからテストの配点を操作するという。各生徒の正誤を集計し、例えば平均点をあと少し下げたい場合は、クラス内の正答率が低い問題の配点を高くする。もちろん、逆も然りだ。
「面倒なので、赤点も出したくないんです。赤点になりそうな生徒がいたら、その子が正解している問題の配点を高くします。『あ』と書けば丸になるような非常に簡単な問題が5点だったりしますし、生徒も自分の手応えと実際の点数とがかみ合いませんから、薄々勘づいてはいたようです。教員として戻ってきた卒業生も『やっぱりそうだったんですね』と言っていました」
こうした類の作為は、別に勤務した中堅私立高校でも行われていたと二階堂さんは明かす。保護者からの期待も相まって「成績」「進学実績」がシビアに求められる学校の中で、そのプレッシャーは必然的に生徒に向けられる。
「どこかギスギスしていて、先生を怖がる雰囲気もありました。とある掲示板で『刑務所のよう』という口コミを見ましたが、あながち間違っていません。反抗する生徒や不登校の生徒も多く、『学校は嫌い』『早く卒業したい』といった感じでした。起立性調節障害に悩んだり、オーバードーズなどの自傷行為で救急搬送される子もいました」
若手いじめが横行、あいさつしても返ってこない職員室
こんな状況では、肝心な進学実績も伸びない。成績優秀者を授業料免除で入学させる「難関国立大学コース」には、中学時代の評定が「オール5」に近い強者が40人ほど集められていたが、最終的な難関大合格者はわずか2〜3人だったという。
「教員が入試対策をできていないのも原因でしょう。『目指せ東大!』と言いながら、教員自身が東大の問題なんて解けないし、真剣に向き合ったこともない。ネットで情報を拾っているだけです。何をどう指導すべきか困った挙句、とりあえず宿題や課題をとにかく大量に出すので、生徒はそれに追われて予備校に行く時間もありません。その宿題も、東大入試にはとても出なさそうな内容ばかりで。『うちに入ったことで、せっかくの才能が潰れてしまったのではないか』と思う生徒がたくさんいました」
見るに見かねて、二階堂さんなりにこの状況を変えようともした。しかし、提案を投げかければ「いや、もう決まっているから」と跳ね返される。職員会議は参加者が多くて「報告会」と化しており、改善案の提示をできる場ではなかった。
「教員間でパワハラや若手いじめも常態化していて、相手の気分次第であいさつが返ってこないんです。先輩教員と同じことをしているのに、若手教員だけが厳しく叱責される場面も多々ありました」
ハラスメントに厳しい今、なぜこのような状態が成り立つのか。二階堂さんの話を聞いていると、どうやら一部の私立高校は買い手市場にあるようだ。
「教員不足と言われますが、1人の求人に対して50人以上が応募することも珍しくありません。正規雇用の専任教諭はなおさらです。しかも、私が勤務していた中堅私立は、教員を集めるために初任給を30万円超と高く設定していたので、人気があったのでしょう」
待遇が厚いようにも聞こえるが、新卒でも中堅でも年齢にかかわらず初任給は一律。その後の昇給額も月5000円程度だ。しかも、実態は1年契約の常勤講師で、声がかかれば3年目から専任教諭になれる仕組みだ。当然、3年目を待たずに契約を切られる教員が多い。また、学校をよく知る卒業生であれば、専門科目が多少違えど優先的に採用するため、既存の専任教諭にはほとんど新しい風が入らない環境だった。
「基本、生徒から評判のいい教員は疎まれます。私が授業評価調査で高評価をとった日から、同じ教科の主任から無視されるようになりました。また、授業が面白くて生徒に人気があった同僚は2年目で契約を切られ、翌日には彼の教科の求人が出されていました」
経費で本を買える名門、準備室にも専門書がない中堅
こうした状況に耐えられなくなった二階堂さんは、また別の名門私立に転職した。改めて実感したのが、根本的な待遇の差だった。
「これまで、中堅私立校と名門私立校とで勤務してきましたが、給与や勤務時間だけでなく、教員の扱いがやはり違います。中堅私立は非常勤や若手を下に見る傾向があり、『先生』と呼ばれないことすらありますが、名門校でそうしたことはありません。また、専門科目の勉強を十分にさせてもらえます。中堅私立で担当科目に関する本を読んでいると『他にやるべきことがあるだろ?』と嫌味を言われますが、名門校では本を読んで教員としての自己研鑽に励むのが当たり前です。必要な本があれば、専任教諭も非常勤講師も関係なく経費で購入できますし、教科の準備室には専門書が揃っています。そうやって教員が勉強をし続けることが、生徒のためにもなると思うのです」
勉強が面白くなれば、学校は楽しくなる。実際、名門校は生き生きとした表情の生徒が多いという。そして、教員がつねに学んでいることが生徒の受験対策にも生きてくる。
「『全国大学入試問題正解』(旺文社)という主要大学の入試問題を網羅した過去問題集があるのですが、名門校は非常勤を含む全教員に配布します。それを教員自ら解いて研究するので、生徒も最新の対策ができます。中堅私立ではそういう取り組みがなく、数年前の『赤本』(教学社)何冊かあるだけでした」
もちろん、すべての中堅私立、名門私立が二階堂さんの言うような状態ではないだろう。教員間の風通しがよくて、生徒が生き生きしている中堅私立もあれば、逆に居心地の悪い名門私立もあるかもしれない。ただ、教員が熱心に勉強に取り組めていない高校は、生徒たちにも必要な学びを提供できていないのではないかと二階堂さんは危惧する。
「中堅校に対して思うのは、『教員という職業を履き違えているんじゃないか』ということです。特別なコースを設置して難関大学を目指す生徒を集めるなら、やはり教員も勉強しなくてはなりません。でも実際は、生徒と話すことを仕事だと考える教員が多すぎる気がします。私立高校本来の良さは、自由に教育活動に取り組める点であるはずなのに、もったいないと思います」
大学受験に限らない。「専門的な内容を話すと生徒は食いついてくれる」と二階堂さんが話すように、勉強の楽しさや面白さを伝えるのも学校の重要な役割だろう。私立だからこそ提供できるベネフィットをどう生かすかで、その学校が教育機関として社会や子どもたちにもたらす影響も大きく変わってしまう。二階堂さんが明かした名門校と中堅校のギャップは、そんな気づきを与えてくれたのではないか。
(文:高橋秀和、写真:もとくん / PIXTA)
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