現在の学習指導要領が施行されて5年、そのコアメニューとして注目されたのが「探究」です。以前、本連載でも学習指導要領で探究学習がクローズアップされる理由や現状について書きました。
その時はコロナ禍ということもあり、複数の公立小中学校の先生から、「探究的な学びが実践できている学校とできていない学校が二極化している」「小学校では20年前から総合学習をしているから、それが探究だが、やることが多すぎてカットカットの日々。コロナ禍で外にも出かけられない」という悲痛な声が聞かれましたが、今はどうなのでしょうか。
高等学校で「総合的な学習の時間」に代わって「総合的な探究の時間」が必修となってはや3年。世の中も落ち着いてきて「探究」という言葉は以前より一般化している印象です。
とくに高校では、大学入試改革もあり、「探究」が学校現場で多く語られました。しかし、「探究」はそれを一言で言い表すのが簡単でないだけに、新たな施策が流行りのキーワードで終わってしまう危険性もあります。
そこで学校現場で「探究」はどう受け止められ、どのように実践されているのか。今回は、「総合的な探究の時間」の研究開発学校として指定を受けて、ほかに先駆けてカリキュラム開発に挑戦されてきた、立命館宇治中学校・高等学校教諭の酒井淳平氏に探究教育の現在地と具体的な実践、そしてこれからについて話を聞きました。

教育ジャーナリスト/マザークエスト代表
小学館を出産で退職後、女性のネットワークを生かした編集企画会社を発足。「お母さんと子どもたちの笑顔のために」をコンセプトに数多くの書籍をプロデュース。その後、数少ないお母さん目線に立つ教育ジャーナリストとして紙媒体からWebまで幅広く執筆。海外の教育視察も行い、偏差値主義の教育からクリエーティブな力を育てる探究型の学びへのシフトを提唱。「子育ては人材育成のプロジェクト」であり、そのキーマンであるお母さんが幸せな子育てを探究する学びの場「マザークエスト」も運営している。著書に『1歩先いく中学受験 成功したいなら「失敗力」を育てなさい』(晶文社)、『子どもがバケる学校を探せ! 中学校選びの新基準』(ダイヤモンド社)、『成功する子は「やりたいこと」を見つけている 子どもの「探究力」の育て方』(青春出版社)などがある
(写真:中曽根氏提供)
探究をはやり言葉で終わらせない「HOWではなくWHYから考える」
まず探究学習の現場での受け止めについて、「ネガティブな声もあるがよくも悪くも探究という冠がついたことで、総合的な探究の時間で探究的な学びがしっかりと行われるようになってきた印象だ」と酒井氏。一方で探究が単なる調べ学習で終わっていたり、教員が介入しすぎて生徒が主体的に取り組めないケースもあると言います。

立命館宇治中学校・高等学校教諭 数学科教諭、キャリア教育部長
立命館中学校・高等学校教諭を経て、2008年度から立命館宇治中学校・高等学校でキャリア教育部の立ち上げを行う。同校が2018年度から文科省研究開発学校、2019年度から文科省WWLの指定を受けながら、探究×キャリア教育を大切にした総合的な探究の時間のカリキュラム開発を行った際に責任者としてカリキュラム開発に関わる。著書に「高等学校 新学習指導要領 数学の授業づくり」「探究の現在地とこれから」(いずれも明治図書)など
(写真:立命館宇治中学校・高等学校提供)
新しい言葉が登場すると「何のため」が抜け落ち、「なぜそれをするのか」が理解されないまま、「どうするか」というやり方ばかりが議論されてしまいがちです。そして、教科学習と探究どちらが大事なのかという二項対立が起きてしまうのです。
もしかしたら、この記事をお読みの先生の学校でも、そんな対立が起きているかもしれません。
しかし、探究が学校教育に取り入れられるようになったのには理由があります。酒井氏も、なぜ今探究なのか、HOWではなく本質を捉えて自分なりのWHYを考えることが大切だと言います。そこでまずは、その理由について確認しましょう。
今回の学習指導要領で語られているのは、生徒が社会の変化に主体的に関わり、よりよい社会と幸福な人生の創り手となるという視点です。そして、予測不能な新しい時代に求められる資質・能力は、変化の激しい社会を生きる力であり、具体的には自分で課題を見つけ、自ら学び、自ら考え、主体的に判断し、行動し、よりよく問題を解決する能力だと書かれています。
つまり、学習指導要領で語られている生きる力とは、生徒たちの卒業後のその先まで考えた時に必要な力ということになります。
総合的な探究の時間をキャリア教育の視点で捉える
酒井氏の学校では、2018年から「総合的な探究の時間」を先行実施してきました。その特徴は、総合的な探究の時間をキャリア教育の視点を持って行うことでした。
なぜ探究の時間にキャリア教育なのか。それは、酒井氏が長くキャリア教育を行ってきたからでもありますが、「総合的な探究の時間で大切なのは課題と自分の関係。自分の将来を考えるということは、キャリア教育にほかならない。だからこそ、キャリア教育の視点を持って取り組むことが重要だ」と言います。それは、「なぜ高校で総合的な探究の時間が設けられているのか」という問いの答えにも通じる意味があります。
先が見通せない時代に、自分が自分の人生の主人公として主体的に生きるためには、社会に出る前に自分のあり方や生き方を考えられるような学びが必要です。とくに高校生は目前に迫った自分の進路選択に際して、多様なロールモデルに出会いながら自分に向き合い、その中で、学び続け成長し続ける力を育んでほしい。
そのプロセスが、まさしく探究的な学びであり、総合的な探究の時間をキャリア教育の視点を持って行う理由なのです。
では具体的にどのような取り組みをしているのでしょうか。
立命館宇治高等学校では、「お客様から生産者へ」をキャッチフレーズに、自ら価値を生み出す人になるべく「総合的な探究の時間」を高校3年間の学びの「核(コア)」となる教育活動と考えて「コア探究」と呼び、中堅教員がカリキュラム委員会を編成してゼロからカリキュラムを構築しました。
現在は、探究のサイクルを3年間で6回まわすことでキャリア意識を高め、探究スキル――企画力や発信力、行動力などを磨きます。
1年は、探究スキルを育む土台づくりの期間。問いを立て、学ぶことの本質を理解する探究と、学びや経験を自分の未来とつなげる力を育むことを目指す探究を行います。具体的には、2023年度から、探究活動の1つとして外部コンテスト(キャリア甲子園)を活用しています。
2年は、自分の課題設定=マイテーマを考えることを大きな目標としています。自分の興味があることからリサーチクエスチョンを立てたり、社会課題につながるテーマを自ら設定したりして論文にまとめ、3学期には、3年で自分が探究したいテーマを検討します。
3年は、1年間かけて自分のキャリアにつながるような課題を探究し、社会に発信します。アウトプット方法は、論文、起業プラン作成、実験・ものづくりなどの中から選択します。
起業プランを作ったある生徒は、環境問題の問いから始まり大豆ミートをビジネスにするプランを考え、実際に文化祭で販売をし、大学入学後も大豆製品の研究をしています。このように、コア探究で自分の興味関心から社会につながる課題を考え行動することで、自分のキャリア発達を遂げているのです。

(写真:立命館宇治中学校・高等学校提供)
また、3年のコア探究では学校外への発信も目標の1つとしていることもあり、実際に学校を越えた関わりや、学校外の方と関わり合う機会が増え、生徒は自主的に外部に発信しています。自分のやりたいことに周囲を巻き込むためには発信力も磨かなくてはなりませんが、そのためには選んだテーマをより深く調べることが必要になる。まさに探究のサイクルが回っているのです。
探究と教科との連動で教員のマインドが180度チェンジ
一方、生徒の自ら考え、行動する力は、探究の時間に限らず、各教科で発揮しなければ意味がありません。
現在1・2年では、学年主任と担任がコア探究を担当し、3年は、副担任やほかの教員も加わり、ゼミ形式としています。「探究の取り組みにより教員の意識も少しずつ変わっていった」と酒井氏。
初年度にコア探究のプログラムを作った2年目の教員は、進学優先の価値観が180度変わったそうです。それまで自分もセンター試験でよい点数を取ることを目標として勉強してきたので、生徒が点数を取れるようにわかりやすい授業をすることを心がけてきた。
だから探究なんてやりたくなかったが、コア探究のプロジェクトを通して、授業の目標が、生徒自身が考える力を育てることに変わり、その見方と捉え方を広げる授業を心がけるようになったのです。
「これは、探究を通して学びに関する教員間の対話が増えたことが寄与している」と酒井氏。年数を重ねるごとに、「コア探究は特別な授業ではなく、日ごろの教科授業の延長である」という意見が出るようになりました。
探究学習をよりよくする3つのポイント
このように、探究教育の取り組みは教員のマインドも変えていくのですが、もちろんいつもうまくいく訳ではありません。
一部には賞を目指すことや、地域課題解決が目的になったりしているケースがありますが、とくに教員がはまりがちな罠は、「成果を出さないといけない。生徒の将来につながらなければ意味がないと思い込むことだ」と酒井氏。そもそも探究は試行錯誤することなので、先生が失敗してはいけないというマインドを捨てて試行錯誤することが大切なのです。
そこで、探究をよりよいものにしていくポイントを聞きました。それは次の3つです。
① 生徒がいろいろな大人と関われる機会を設定する。
② 教員が管理指導するマインドセットからの転換を図る。
③ 自分の教科との連動を考える。
生徒はいろいろな大人と出会うことで視野が広がり探究を深めていきますが、そこに伴走することで教員も視野が広がり変化していきます。また、教員はどうしても一様に成果を出さないといけないと思いがちで、成果が出ない生徒に指導しなければと管理しがちですが、生徒によって成長度合いは違います。
差があることが当然というマインドで、生徒の成長のプロセスを楽しむことが大切。また、探究か教科指導かの二項対立ではなく、探究的な学び方を取り入れることで授業の質も向上するし、教師が楽しんでいるかどうかは生徒に伝わると酒井氏。
また探究という共通言語を持つことで、教科を超えて教員がつながることができ、結果としてチームになることができるのも探究がもたらすよい変化のようです。
キャリアコンサルタントでもある酒井氏は、教員のキャリア形成に関しても関心を持っていて、「教員は自身のキャリアを振り返る機会がなく、役職を抜いて自分のキャリアを語れない。総合的な探究の時間に取り組む中で、学校外のさまざまな業種の人と関わった教員は、その中で自身の振り返りをし、改めてなりたい先生像を言語化できるようになった。教員のキャリア発達を考えるヒントにもなるのではないか」と言います。
ここまで話を聞いて、「探究」は生徒だけでなく、教員にとっても変化をもたらすものなのだということがわかりました。教え込む教育から教えない教育へのパラダイムシフトは、教えることを職業としてきた先生にとってはなかなか大変なのかもしれません。
しかし、それが腹落ちした時に、これまで以上に学びの質が向上し、生徒の成長に出会える機会が増え、ひいては教員自身の成長にもつながっていくのです。ますます変化が加速している時代に教育はどうあればいいのか。答えは1つではないでしょうが、探究の時間を探究していくことから次の解が生まれていくのかもしれません。
(注記のない写真:msv / PIXTA)