当時の全国最年少市長に当選以来、災害と向き合う日々

熊谷俊人(くまがい・としひと)
1978年、奈良県生まれ。早稲田大学政治経済学部を卒業後、2001年NTTコミュニケーションズに入社。大前研一氏が創設したNPO政策塾「一新塾」を経て、07年、千葉市議会議員選挙に稲毛区選挙区から出馬しトップ当選。09年、千葉市長選挙に当選し、当時全国最年少市長(31歳5カ月)となる。14年にはワールド・メイヤー(世界市長賞)にノミネート。21年、歴代最多票数を更新し千葉県知事選挙に当選。小学生2児の父

──熊谷知事は、31歳の若さで千葉市長に就任されました。初当選までのいきさつを教えてください。

新卒で入社したNTTコミュニケーションズの先輩に、千葉にゆかりのある国会議員の方を紹介いただいたことが政界への一歩でした。その縁で、千葉市議会議員選挙に立候補することになったのですが、まさか2年後に千葉市長選に立候補するとは当時は夢にも思いませんでした。

NTTコミュニケーションズでの仕事はとても充実していて、決して辞めたかったわけではありません。しかし、「責任ある役職に就いてからでは辞めにくい。挑戦できるのは今か、定年退職後だろう」と考えました。中学生の頃から政治に興味を抱き、いつか政治家になりたいという思いもあったので、動くなら今だと20代での退職を決意しました。

──市長に当選してからこれまでで、印象に残っていることをお聞かせください。

2011年の「東日本大震災」、19年の「令和元年房総半島台風」と大災害に対応したことです。その後も竜巻や大雪、そして新型コロナウイルスの感染拡大など、市長就任後はずっと災害と向き合ってきた印象があります。つい先日も台風13号による豪雨で県内各地に被害がありました。私は神戸に住んでいた時に1995年の「阪神・淡路大震災」を経験しており、ここを機に人生観が変わりましたし、地方行政に携わりたいと思うようにもなりました。防災には人一倍信念を持って取り組んでいます。

「育休を取らない理由」を申告で男性育休取得率が大幅アップ

──現在2児の父の熊谷知事が、父親の視点を生かして取り組んだ政策はありますか?

保育所を必要とする人が安心して子どもを預けられるために、保育所の整備は避けて通れない課題でした。市長時代に待機児童問題にいち早く着手し、首都圏政令市で最初に“待機児童ゼロ”を2年連続で達成しました(注:2023年現在、千葉市は4年連続で待機児童ゼロの記録を更新中)。

私自身、わが子を保育所に預けていて感じたのは、男性保育士が活躍しやすい環境づくりの必要性。男性が少数派の職場ゆえ、男性保育士は保育所内で孤立しがちです。また、男性トイレや男性専用の着替えスペースがない保育所も多い。これは行政が率先してサポートすべき課題だと認識し、「千葉市立保育所男性保育士活躍推進プラン」の作成に至りました。多様な保育士と触れ合うことは、子どもたち自身の成長にもつながっていくのではないでしょうか。

加えて男性の育休問題です。私は、父親も子どもと長く関わることが大事だと考えています。現在千葉市は、男性の育休取得率が首都圏政令市では断トツでトップです。逆転の発想で「なぜ育休を取らないのか」に焦点を当て、対象者にその理由を記入してもらう運用にしたところ、取得率がぐっと上がりました。

──千葉県は現在「自然環境保育」に力を入れているとお聞きしました。こちらも熊谷知事の子育て経験がベースにあるのでしょうか。

子育てに関わる中で、自然豊かな環境で実践を積み重ねることが、子どもの主体性や創造性を育むということは実感していましたし、教育者に聞いたところ、皆私と同様の意見でした。そこで、日々の保育に自然体験活動を取り入れている団体や施設を県が認証・支援する「千葉県自然環境保育認証制度」を立ち上げたのです。これは、海や里山など自然豊かな千葉県ならではの独自の制度で、千葉県の保育の特長として広めるべく推進しています。

地方で成功すれば国も採用しやすい、先陣切って新施策に挑戦

──千葉県では、2022年度に県内の公立小中学校に通う第3子以降の給食費無償化を実現し、大きな話題になりました。

昨今の物価高の影響もあり、子育て世帯のなかでも特に「多子世帯の経済的負担軽減」は優先順位が高い施策でした。県をあげての無償化は全国初の取り組みということで、発表後はものすごい反響がありましたね。「とてもありがたい」という感想をいただくと同時に「第2子の給食費も無償化にならないか」という声も多く寄せられました。地方は財源が限られていますし、ここからは「異次元の少子化対策」を掲げる国が主導で取り組んでほしいというのが正直な気持ちです。地方自治体の役割は、先陣を切って新しい施策にチャレンジし、事例をつくること。そこで私たちが得た知見やエッセンスを横展開し、国が採用するという流れが理想的なのではと考えています。

給食費の無償化については、知事会でも盛り上がる議題のひとつです。仮に子どもの給食費を一律無償化すれば、子育て世帯だけでなく学校側の負担軽減にもつながります。学校側には、給食費が口座から引き落とされているかの確認や、未納の家庭への連絡など、細かな事務作業が山積しています。給食費の無償化は、教員や事務員の業務効率化にもなるのです。

──ほかにも、子育て世帯や子どもに特化した経済支援はありますか。

子ども医療費助成制度を拡充し、助成後の自己負担に月毎の上限を設けました。2023年8月から、同一医療機関における同一月の受診であれば、入院の場合11日以降、通院の場合6回以降は自己負担額0円です。

また、児童虐待に関わる話として、児童養護施設などで暮らす子どもたち専用の給付型奨学金制度を創設しました。児童養護施設の子どもたちは、一般家庭の子どもたちと比較すると大学等への進学率が半分以下という状況であり、その差をなんとかできないかという思いから生まれたものです。

学校の負担軽減や教員不足にも、千葉県独自の施策で取り組む

──いま全国的に教員不足が叫ばれていますが、熊谷知事はどこに問題があると感じていますか。

教員志願者自体が年々減っていますし、現在は退職人員をカバーするため採用数を増やしていることもあり、公立学校教員採用試験における小学校教員の採用倍率は3倍を切っています。子育ても同様ですが、SNS全盛の今の世の中では、教員のポジティブな情報よりネガティブな情報が増幅されて前面に出てしまっていますよね。教員という仕事の、本来のやりがいや魅力が十分に伝わっていない点に大きな問題があるのではと思います。

教員の働き方改革を進めて負担を軽減することは大前提として、ほかにも注力していることが大きく2つあります。ひとつは、外部のプロによる教員の仕事の棚卸し。第三者の目で仕事内容を精査してもらい、例えば作業をデジタル化できないか、外部に委託できないかなどを見極めてもらっています。もうひとつは、県独自の専科教員を雇用し、小学校に配置することです。経験値の高い専門スタッフを充実させることで教員の負担を軽くし、「チーム学校」として力を発揮できるようサポートしています。

また、教員の魅力を伝えるという点では、千葉大学の教育学部と協力しながら進めています。最近では、教育学部に進んでも教員を志望しない学生が増えています。私は千葉市長の頃から毎年、市や県の職員採用試験の合格者全員に直接電話で挨拶をするのですが、その中に教育学部出身の学生が非常に多いのです。どんな仕事に就くかは個々の自由ですが、教育学部の学生が教員を目指したいと思えるようなアプローチが、特に大学1、2年生の段階で必要だと感じています。

──最後に、千葉県が今後、教育関連で取り組むべき課題を教えてください。

私は、千葉県で生まれ育った若者一人ひとりに充実した人生を送って欲しいと思っています。いつも「雇用は最大の福祉」と言うのですが、やりがいのある仕事と安定した経済基盤を持っていれば、人生が豊かになるでしょう。

子どもたちには教育現場を通して、将来社会で求められる人材になるために、どんなスキルを持つべきか伝えていきたい。そのためには社会と教育がしっかり連携しなければなりません。また、子どもたちが未来を生き抜くためには、目まぐるしく変化する社会を捉え、しなやかに対応できる力を備えることも必須でしょう。そこに向けて「自然環境保育」をはじめ、幼少期から“根っこの強い子”を育てていく重要性を感じています。

これからも多方面から教育を支え、子どもたちが充実した人生を送れることを心から願っています。

(文:せきねみき、写真:尾形文繁 撮影)