高校生が「アクアポニックス」を研究開発する理由とは?

山口県立大津緑洋高等学校普通科で、「大津STEAMプロジェクト」と呼ばれる課外活動が2017年にスタートした。目指すのは、独自の陸上養殖を通じた持続可能な地域づくりとSDGs達成への貢献だ。

同校がある長門市は、漁師の高齢化や漁獲量の減少、人口減少などの問題を抱えている。そんな過疎化する地元を「何とかしたい」と動き出した生徒たちに力を貸したのが、名古屋大学大学院工学研究科電気工学専攻の山本真義教授だ。

講演を機に助言を求められたのが交流の始まりだったが、プロジェクト化して協働で研究を進めることになった。「若い高校生たちに、場所にとらわれず希望を持ってもらいたい」という思いから、協力を続けているという。

名古屋大学でプレゼンテーションをする大津緑洋高等学校の3年生たち

現在、生徒たちと山本真義教授のパワーエレクトロニクス研究室(以下、パワエレ研究室)が協働で研究に当たっているのが、「アクアポニックス」。陸上で魚の養殖と植物の栽培を両立させる、“21世紀型の食料生産システム”である。

水槽の魚のふんなどに含まれるアンモニアを微生物が分解し、植物はそれを栄養分として吸収、水を浄化する。そしてその水をまた飼育水として使うという、循環型の仕組みが特徴だ。このサステイナブルなシステムに目をつけた経緯について、生徒たちを支える生月彩花教諭は次のように振り返る。

「地球温暖化による海面水温の上昇で漁獲量が減少しているのは、長門市だけではありません。世界の人口は増加し、将来的に食料難が起こるという予測もあります。生徒たちは、こうした現状を調べる中で、漁業の衰退が世界規模の課題であると気づきました。そして、長門市の漁業のノウハウとテクノロジーを掛け合わせ、地域貢献にとどまらず世界の食料問題も解決できないかと考え、アクアポニックスにたどり着いたのです」

アクアポニックスは、海がない場所でも魚と野菜の生産が見込めると期待される食料生産システムだが、飼育水の冷却や濾過装置にかかるコストなどが課題で、普及は進んでいない。

そこで、生徒たちはパワエレ研究室の冷却技術を応用し、半導体を使って電力に頼らない冷却方法を探究、冷却装置を自作した。陸上養殖システムを研究する水産大学校の山本義久教授の助言を受けながら、バクテリアを活用した濾過を採用するなどして独自のアクアポニックスを完成させた。

冷却装置を自作する生徒たち
大津STEAMプロジェクトによるアクアポニックスのイメージ。魚のふんや残餌に含まれるアンモニアをバクテリアで分解して飼育水を植物プランターに流す→植物はその飼育水を根で吸収して成長→植物によって浄化された水を冷却し、水槽に戻す。生徒によると、これは自然の仕組みを再現した「小さな地球」だという

その結果、2020年には野菜の収穫とニジマスの飼育を同時に行うことに成功。イクラも生産されたことには、山口県水産研究センターの研究員も驚いたという。現在、ニジマス5匹、山口県を代表するトラフグ5匹の飼育が順調に進捗している。

飼育中のニジマス(左上)、生産されたイクラ(右上)、飼育中のトラフグ(右下)、野菜の生産も成功(左下)

「Raspberry Pi活用」など思い思いに探究に没頭

本格的な研究開発だが、プロジェクトを動かすメンバーは、全員普通科の生徒たち。当初は3名ほどだったが、興味を持つ生徒が年々増え、2021年度は総勢45名となった。「みんな地域貢献や社会課題解決に関心が高く、『温暖化の解決』や『貧困の子どもたちを救いたい』といった将来のビジョンに向けた活動として位置づけている子も多い」と、生月教諭は話す。

アクアポニックスがあるのは、校舎内の倉庫。チームは希望制でサイエンス(冷却)、ファーミング(野菜、水質システム研究、培養)、ビジネス(クラウドファンディング、特許)と各担当に分かれて活動、週に1度の全体会議で状況を共有している。

具体的にはどんな活動をしているのか。サイエンスチームを率いる高校3年生の安岡直輝さんは、システム開発における功労者だ。中学生の頃から簡易クーラーを自作するなど冷却やIoT(モノのインターネット)に興味があり、「冷却装置を作りたい」と申し出た。パワエレ研究室の助言を得ながらとはいえ、市販の安価な機器を組み合わせ低コストで冷却装置を実際に作ってしまったというから驚きだ。

さらに、「Raspberry Pi(※ラズベリーパイ)」を導入し、水槽の遠隔監視システムも構築。スマホなどで水温や湿度、気温も把握できるようになったため、魚の飼育が非常に楽になったという。

※ 英国のラズベリーパイ財団が教育用に開発したシングルボードコンピューター。1枚の電子基板に最低限の要素を搭載

安岡さんが開発した水槽の遠隔監視システム

ファーミングチームに所属する高校2年生の山田梨菜さんは、水質システム研究を担当。バクテリアで水質をきれいに濾過する実験を行い、どの段階で濾過が進むかを調べている。「課題は、水槽を大きくしたときに今の濾過システムが正常に働くかどうか。そこをクリアして野菜の大量栽培を成功させ、アクアポニックスの認知度を上げて多くの人たちに食べてもらいたい」と展望を語る。

プロジェクトは貴重な経験にもなっている。「計画力や行動力が養われたと思います。総合型選抜での大学合格も、この活動に関心を持ってもらえたことが大きい」と、安岡さんは言う。

山田さんも「プロジェクトは、自分たちで課題を見つけて解決策を考え、多角的視点で物事を学べる貴重な場。私は医療分野を志望していますが、そこで求められる協働力も身に付いたと感じます。実験や市内の小学生へのプレゼンテーションなど、授業だけでは学べなかった広い経験によって自信にもつながりました」と、話す。

市内の小学生にアクアポニックスを紹介する山田さん(写真左手)

「プロジェクトの探究活動は教育効果も高く、いつか総合的な探究の時間など何らかの授業に還元したい」と生月教諭は考えている。

企業も応援、多様性に富んだチームでベンチャー化を目指す

成果が出ているのは、複数の地元企業の力も大きい。板金加工などを請け負う巧健代表の深井健広さんは、オリジナルの水槽製作に協力。消えゆく特産品を復活させる活動にも携わる深井さんは、「将来的にアクアポニックスの技術と連携して地域を盛り上げていけるのでは」と期待する。

フグの販売などを行う喜楽の白石迅さんは、4年前にUターンして個人的に別のプロジェクトで生徒たちと関わってきたが、今後は会社単位でフグの飼育に協力していくという。「長門市のために頑張ってくれている高校生を応援したい、一緒に地元を支える仲間を一人でも多くつくりたいという思いです」(白石さん)。

各関係者をつないでプロジェクトを支えてきた岩本隆行教諭は、「多様性に富んだチームが出来上がったことが強み」と強調する。この土壌を生かすべく、現在、名古屋大学の山本真義教授を中心にベンチャー化について協議中だ。

「地元を大切に思う高校生の柔軟な発想から、新しいビジネスの立ち上げができないかと考えています。ここでの成功が、人口減少に悩む地域のケーススタディーになるかもしれません。教育モデルという観点では、実効的なビジネスへの落とし込みや学会発表までを出口とする新しい高大連携を進めていきます」(山本真義教授)

水産大学校の山本義久教授も、大きな期待を寄せる。

「国内外のアクアポニックスでの養殖はティラピアなどの淡水魚が主流ですが、生徒たちが扱うのは、国内で取引需要が高く海外展開も可能な海水魚。さらに同時栽培できる種もどんどん探究しているので、絶滅危惧種など高付加価値化が望める野菜のバリエーションも増えていくでしょう。企業や大学にはまねできない、柔軟な発想とパワフルなトライアルの仕組みが出来上がっており、ビジネス化のポテンシャルが非常に高いと思っています」(山本義久教授)

これまで費用は、長門市の補助金や関係者の資金で賄ってきたが、組織が拡大したことから2021年末にクラウドファンディングを実施。目標の200万円を超える336万7000円が集まったため、施設の拡充やホームページの開設などを行う。

しかし、課題も多い。山本義久教授は、「研究を具現化するベンチャー企業をつくるには、人材や資金を集める必要があります。そのため、プロジェクト全体のストーリーを語れるリーダーの育成が急務」と、指摘する。

そこを担うとして期待されているのが、3年生だ。卒業後もプロジェクトに関わりたい、地元を出たとしても必ず戻ってきたいと考えている生徒が多く、ベンチャー化にも意欲的だそう。

安岡さんも「電気を使わない冷却や自動給餌システムの構築、遠隔での温度調節などを低コストで実現し、DX(デジタルトランスフォーメーション)で付加価値をつけて6次産業化を目指す」と話す。そのためにも大学生となる自分たちと高校生の連携を強化し、より主体的な組織にしていきたいという。

探究活動が発展し、社会実装に向けて動き出した「大津STEAMプロジェクト」。若き当事者たちの主導による、新たな高大連携が今後のカギとなりそうだ。

(文:酒井明子、写真とイラスト:山口県立大津緑洋高等学校提供)