世界的に貴重な資源があるのに、初年度は「応募者ゼロ」

奄美群島の北東に位置する、鹿児島県の喜界島。飛び交うチョウに誘われて海辺を歩いてみれば、さまざまな形のサンゴを間近に観察することができる。この島は全体がサンゴ礁の隆起で形成されており、数多くの研究者や学生の調査拠点となっているのだ。

2014年には、北海道大学や九州大学などの研究者が集まって「喜界島サンゴ礁科学研究所」を設立。子どもたちを対象にした夏のサイエンスキャンプなどを行っていたが、2021年度に喜界町や鹿児島県立喜界高校と連絡協議会を立ち上げ、「サンゴ留学」のプロジェクトをスタートさせた。

これは全国から集まる高校生が喜界町指定の寮に入り、3年間を島で過ごすもの。喜界高校に通いながら、研究所のサポートでさまざまな学びも経験できる。このプロジェクトを担当する喜界町役場企画観光課の實浩希氏は語る。

「サンゴ留学のアイデアのもとになったのは、研究所のサイエンスキャンプに通っていた大分県の中学生が、サンゴ研究に魅せられて島に移住してきたことです。しかも、その生徒の友達ものちに喜界高校に編入してきてくれた。これを受けて、人口減少が進む島の関係人口を増やすためにも、島の魅力であるサンゴを活かそうということになりました」

だが、プロジェクト初年度となる2022年度の入学者はゼロ。そもそも応募者が一人もいなかった。

「これは完全に告知不足が原因でした。サンゴ留学の情報を届けるべき相手へのアプローチができていなかった。反省をもとに、地域おこし協力隊の若手職員を、プロジェクトのPRスタッフに起用しました」

専従スタッフが積極的にメディア露出を重ねたほか、どこからでも参加できるオンライン説明会なども実施。その甲斐あって、2023年度には6人の生徒が「1期生」として喜界高校に入学した。

1期生6人での集合写真。左端が樋口さん、右から3番目が宮﨑さん
(写真:喜界町提供)

取材当日はそのうち、宮﨑圭乃子さんと樋口美憂さんの2人が話を聞かせてくれた。宮﨑さんは東京都、樋口さんは鹿児島市内の出身だ。ほかには東京都出身者が2人、神奈川県と熊本県の出身者が各1人おり、男女比は2:4だという。昆虫など生き物に興味がある生徒もいれば、海が好きだという生徒もいる。

サンゴ留学生の直近の研究内容は、陸地から流れ出た水が、その成分によってサンゴにどんな影響を与えるか調査するというもの。テーマは研究所から与えられたものだが、海水の採取や分析、考察は生徒たちが相談しながら行った。宮﨑さんは「毎週決まった曜日の放課後に採水しなければいけないのですが、雨が降ったり定期テストがあったりと、予定どおりにいかない日もありました。データのない日の扱いをどうするかも含めて、みんなで話し合って分析を進めました」と説明する。

調査地点を3カ所決めて1週間ごとに採水し、成分を測定した。「思った以上に難しかったですが面白かったです」(宮﨑さん)
(写真:喜界町提供)

「島ならではのこと」不便と感じるか、魅力と感じるか

調査からわかったのは、カルシウムが多い水質のエリアでは、サンゴがよく育っているということだ。詳しい研究結果は、3月初旬に行われた島の祭りのステージでも発表した。

「サンゴの骨格は炭酸カルシウムでできているので、それらを多く含む水は生育にいい影響があるようです。反対に、サンゴにとってよくないのは硝酸が多い水。これは島の農業で使われる肥料に由来するものなので、農家の協力も必要になってくる課題です」

宮﨑さんは、もともと理科系の科目が好きだった。サンゴ留学のニュースをテレビで見た保護者に「こういうのがあるんだって」と教わり、「いいじゃん、楽しそう」とさほどの不安もなく志望校を決めた。体験入学で初めて島を訪れたときのことも、「同い年の子と話してみて、『みんなこんなに優しいんだ!』と驚きました」と笑顔で振り返る。

それに対し、鹿児島市出身の樋口さんには、少しホームシックもあったようだ。

「父が仕事でよく喜界島に来ていたので、いいところだとは聞いていました。でも実際に来てみて半年ぐらいは、『地元で進学すればよかったかな、あの高校の制服が着たかったな』なんて思うこともありました。遊ぶ場所もないし、ほしいものが手に入りにくいなど、島ならではのことも少し不便に感じました」

だが、そんな気持ちを変えてくれたのも「島ならではのこと」だった。

「楽しみ方が変わって、遊ぶ場所がないとは思わなくなりました。毎日海に行ったり、畑の手伝いをさせてもらったり。島の人はみんなフレンドリーで、今は島を離れたくない気持ちが強いです。買い物は、ネットで早めに注文すればいいことだし」

樋口さんは中学までの自分を「何もかもが中途半端だった」と言う。

「部活も勉強も、なんとなくやらされていただけだったと思います。理科は好きだったけれど、これ、と言えるものがありませんでした」

小5から中3を対象とした「サンゴ塾」も人気だ
(写真:喜界町提供)

しかし今、樋口さんは自ら選んだ離島で、自分で決めた忙しい毎日を過ごしている。サンゴ留学で来ている生徒たちは、通常の高校の勉強に加えてサンゴの研究をしなければならない。

「ほかの子よりもシンプルにやることが多い」と笑うが、樋口さんは好きな運動にも積極的に取り組んでいる。高校ではバドミントン部に所属。さらに地域の剣道クラブにも参加しながら、高校生活とサンゴ研究の日々を送っている。

「研究というものに初めて携わって、これまでの自分になかった考え方を学んでいます。研究も楽しいですが、私は正直、サンゴの調査よりもこの島が好きだという思いがモチベーションになっています。将来の夢は子どもの頃から変わらず、助産師になること。高校を卒業したら一度地元に戻って勉強すると思いますが、資格を取ったら喜界島で働きたいなと考えています」

それぞれの夢を育て、島民とも互いに刺激を与え合う

一方の宮﨑さんは、すっかりサンゴ研究の虜だ。カリキュラムとしては、留学生は毎週水曜と土曜に研究所に行くことになっている。しかし彼女は現在、毎日のように研究所に顔を出していると言う。

「昨日も火曜日でしたが行ってきました(笑)。研究所に行くと、北海道大学や名古屋大学など、いろいろな大学の人とたくさん話をすることができるんです。みんな研究に打ち込んでいて、『私は今、すごい人たちと関わっているんだな』と感じています」

研究所のインターン生とサンゴ留学生の交流も
(写真:喜界町提供)

理科の教員になることも考えていた宮﨑さんだが、島に来てから、もともと持っていた環境問題への関心がより強くなった。まずは研究所で接する学生や教員のいるような大学を目指したいと話す。サンゴ留学では、さまざまな志向の生徒が、それぞれの夢をしっかり育てているようだ。

實氏は、「留学生の存在は、島の子どもたちにもいい刺激になっています」と言う。

「最近面白かったのはお金の話ですね。島の高校生たちにとってお金といえばおこづかいぐらいで、なかなか金銭感覚が育ちにくいところがあります。でも留学生たちは、自ら銀行に行って、自分でお金の管理をして生活しています。その姿を見て、島の子たちは『なんかカッコいい』『大人みたい』と言っていました(笑)。小さなことですが、それまでになかった発想や視点があちこちで生まれていると思います」

教員や町役場の職員はもちろん、多くの島民が留学生たちに気軽に声をかけ、温かく見守っているそうだ。

「留学生のための新しい寮も建設中で、2025年度の完成を予定しています。同じタイミングで3学年がそろうので、そこがサンゴ留学の本当の意味でのスタートになると考えています。まだ始まったばかりのプロジェクトで、ふるさと納税などでさらなる支援も呼びかけているところ。PRも継続しながら、学びと島の活性化を目指していきます」(實氏)

2024年度の4月には、新たに6人の留学生がやってくる。1期生にとっては初めての後輩だ。「サンゴ留学の今後のためにも、後輩にはしっかり頑張ってもらおうね」と、樋口さんと宮﨑さんは後進指導にやる気を見せて笑い合った。

(文:鈴木絢子、注記のない写真:yukikotakei / PIXTA)