「居場所ができてよかった」との声多数、参加者は増加傾向

文科省の2021年度の全国調査では、熊本市の不登校児童生徒数は2152人(小学校757人、中学校1395人)に上った。ここ5年間で倍増しており、大きな課題となっているという。こうした中、22年度から熊本市教育委員会が不登校児童生徒を対象に始めたのが、オンライン学習支援「フレンドリーオンライン」だ。

コロナ禍で一斉休校となった際、オンライン授業を導入したところ、不登校児童生徒も参加できたケースが多かったことから、オンライン学習が支援の選択肢となりうると考え、21年度9月からの試験実施を経て本格的にスタートした。

本荘小学校の配信の様子

フレンドリーオンラインは、本荘小学校と芳野中学校、2つの拠点校からZoomで配信を行っている。児童生徒は1人1台のGIGA端末を使い、すららネットのAI型学習アプリを活用して学習を進め、専任の教員がチャット機能やロイロノートなどを通じてわからないところなどに答える形で学習をサポートする。そのほか、市内の美術館や博物館などからオンライン中継する出前授業「わくわく学習」も月に数回実施。参加状況は各学校に毎月報告しており、校長の判断で指導要領上の出席扱いになる。

22年度の市内申込者数は小学校74人、中学校237人の計311人。体験期間となる最初の1カ月以降も継続し、正式参加している生徒数は、小学校51人、中学校180人の計231人(23年1月現在)となっており、参加人数は増加傾向にある。

市教委総合支援課が22年末に実施したアンケートでは、「居場所ができてよかった」という声が多く寄せられたという。具体的には次のような声も上がっている。

「病気になり学校に行けなくなって、最初はこれからどうなるかと不安で仕方がなかったけれど、先生たちがいつも温かい言葉をかけてくださり、居場所をつくってくださることで気持ちが救われています」

「勉強だけではなく、みんなの趣味や特技みたいなものも取り入れてくれて楽しい。自分のことを紹介すると先生も褒めてくれるので、モチベーションが上がります」

保護者からは、「定期テストを受けてみると、なかなか点数が取れない。もっと勉強を教えてほしい」という感想も一部あったが、「居場所を感じている」「子どもが前向きになった」といった感想が多かったという。

自己肯定感が向上?意欲的に活動し始める子も

芳野中学校の学習支援員を務める中野俊広氏も、手応えを感じている。

「勉強に前向きではなく、自分の将来を悲観的に考えていた中3の生徒が、自分で進路を決めて主体的に取り組み始めたんです。その子は絵が好きで絵画塾にも通うようになったのですが、まさに子どもが激変するのを目の当たりにしました。オンライン上に居場所ができたことが、自己肯定感の向上につながったのではないでしょうか。子どもたちはみんな学ぶ意欲があり、環境さえ整えば自己表現ができるのだと思います」

芳野中学校の配信の様子

本荘小学校の学習支援員である西尾環氏も、意欲的に活動し始める児童の様子についてこう話す。

「朝寝坊しても何とかオンライン授業に参加しようとする子は少なくないですし、担任教員が一度も会ったことがないという不登校生が、オンラインでは積極的に勉強することも。私たちの褒め言葉がうれしいと言い、デザインアプリでどんどん作品を作ってきてくれるようになった子もいます。熊本城から校外学習として実況中継していた際に、自己表現が苦手な子が現地まで見に来てくれたときは驚きました。フレンドリーオンラインは教室に戻ることを目指していませんが、その子は教室にも通うようになりました」

フレンドリーオンラインでは、キャリア学習の一環として、Inspire Highによる探究型オンラインプログラムも月1~2回提供している。これは著名人たちが人生観やキャリアなどを語るインタビュー録画を見て学ぶプログラムで、これまで詩人の谷川俊太郎氏やタレントの渡辺直美氏などが登場した。

例えば、谷川氏の回のテーマは「言葉ってなんだろう?」。インタビュー録画を視聴し、詩を作ったりするなどのアウトプットも行う。さらに、同世代の全国の子どもたち同士で、フィードバックができるようになっている。

「自分のアウトプットに全国の10代の子どもたちからフィードバックが返ってくるのが面白いのか、当初少なかった参加者が徐々に増えています。ポジティブなコメントを書くことがルールとなっていることもあり、子どもたちも自己肯定感が高まるようで、多様な考え方があることへの理解や自分のよさの再発見につながっていると感じます」(芳野中学校学習支援員の久木山ちどり氏)

仮想空間の活用も「学習機会の保障と居場所づくり」の一環

こうした中、市教委はさらなる支援の充実を目指し、文科省の「令和4年度 次世代の学校・教育現場を見据えた先端技術・教育データの利活用推進事業」の一環として、2023年1月より2次元の仮想空間を利用した「バーチャル教室」の運用も始めている。

この事業は、民間企業3社が技術提供する共同実証研究で、前述のすららネットはAI型学習アプリ、Inspire Highは探究オンラインプログラム、そして、バーチャル教室を実現するためにNTTコミュニケーションズがオンラインワークシステム「NeWork」を提供している。仮想空間を用いる狙いについて、市教委総合支援課課長の須佐美徹氏はこう説明する。

「フレンドリーオンラインはZoomで行ってきましたが、基本的に児童生徒はチャットやリアクションボタンで反応しても、顔や声を出しません。しかし、中にはパペットや手作りの指人形で反応する子たちがいて、『これは自作のアバターではないか』という話になりました。コミュニケーションに抵抗感が強い子どもたちが、少しでも不安なく交流できるようになるには、メタバースの活用も有効なのではないかと考えたのです」

バーチャルの世界に浸りすぎしてしまわないかと懸念する意見もあったが、学習支援員たちが日々の支援を通じて「子どもたちは、本当はしっかりコミュニケーションを取りたいと思っている」と感じていたこともあり、世界を広げていくきっかけをつくる手段として仮想空間の活用を決めたという。

バーチャル教室は、バブル状の部屋に分かれており、児童生徒はアバターで出入りして授業を受けたり、1対1で誰かとチャットや音声、ビデオ通話などでコミュニケーションを図ったりすることが可能となっている。

バーチャル教室のイメージ

モードの切り替えによって交流の歓迎度合いを表明できるほか、発言はしないけれど会話は聞いていたい「聞き耳」の機能もある。西尾氏は「小学生は、交流そのものに抵抗感を持つ子も多い。教室から出て先生の話を聞くだけという選択もできるので、子どもにとってより安心して学べる場になりそうです」と話す。

バーチャル教室の運用はまだ始まったばかりで試行錯誤は続くが、中野氏もすでに感じているメリットについて次のように語る。

「これまでは子どもたちの名前がZoomの画面に一覧で並ぶだけで、それぞれの動きがわかりませんでした。しかしバーチャル教室では、子どもたちがどこでどんな学びをしているのか、休憩中に誰とおしゃべりをしているのかをリアルタイムに画面で把握できます。子どもたちも同様に、自分や友達の存在が感じられるようになったことで、より安心して活動できるようになっていくのではないでしょうか」

実際、喜んでいる中学生は多く、自分のことを表現したい、気の合う友達がいれば話をしたいという思いが伝わってくるという。普段は学習支援員とも話をしない子が、友達とコミュニケーションを取る様子も見られたそうだ。

今後は、本格的に授業に活用していくだけでなく、子どもたちが自由に話し合いやサークル活動ができるようなバブル空間も作っていく。活用が進んだ場合には、360度VRシステムを用いたオンライン社会科見学や、3D空間による学習支援も予定している。

また、準備が整い次第、オンラインツールの使用履歴の取得や学習記録が自動で可能となるダッシュボードも導入する。取得データやアンケート結果は熊本大学や熊本県立大学などと連携して分析し、学習意欲や自己肯定感の変化などを見ていくという。

さらなるテクノロジーの活用を進める一方で、「そこが本質ではない」と市教委の須佐美氏は語る。次年度も目指すのは、あくまでも「学習機会の保障と居場所づくり」。とくに他者とのつながりを安心して持てる居場所を広げ、コミュニケーションの壁を低くしたいという。

教育支援センターと連携し、熊本市現代美術館の協力の下、イラストレーターのコーダ・ヨーコさんによるワークショップを開催。翌週、熊本市動植物園でのスケッチも実施

例えば、すでに「わくわく学習」では、教育支援センターと連携し、県立美術館のバックヤードツアーやワークショップなど、希望すれば参加できる対面での学習機会も設けている。これを機に、教育支援センターの通所につながったケースもある。

「市内には、まだまだどこにもつながっていない子どもたちがたくさんいます。そんな子どもたちに少しでも参加してもらえるようにしたい。学校、教育支援センター、フリースクールなども含め、子どもたちがもっと自由に選んで学べるようにしていきたいと考えています」(須佐美氏)

(文:國貞文隆、写真:熊本市教育委員会提供)