毎年「スペシャルサポートルーム(SSR)」を増設
「スペシャルサポートルーム(以下、SSR)の利用者からは、『少人数で安心できる場所があると学校に来ることができる』『自分のペースで学習ができる』『SSRのおかげで高校進学ができた』などの声が届いています」と、広島県教育委員会の不登校支援センター長を務める蓮浦顕達氏は話す。
SSRは、不登校児童生徒を対象にした校内フリースクールだ。個々に応じて学びを支援し、不登校の未然防止と将来の社会的自立につなげていくことを目指している。
「本県は2014年から『すべての児童生徒の主体的な学びの実現』に取り組んできましたが、その中で主体的に学ぶことが難しい児童生徒は、自己肯定感が低かったり、楽しく学んだ経験が少なかったりすることがわかってきました。そこで、一斉授業だけでなく、個々の実態に応じた『多様な選択肢』と『自己決定』を意識した教育活動を行う必要があると考え、19年度に『個別最適な学び担当』を新設してSSRに取り組み始めたのです」
同県教育長の平川理恵氏が横浜市立中学校の校長時代につくった校内フリースクールを参考に、19年度に県内の計11校(5小学校、6中学校)を推進校に指定し、空き教室などを利用して設置をスタート。その結果、県全体の不登校児童生徒が増加する中で、20年度にSSR推進校の9校で不登校児童生徒数が前年度以下になったという。
21年度には支援を強化するため13名の人員を配置して不登校支援センターを新設し、SSR推進校を計21校(6小学校、14中学校、1義務教育学校)に拡大。利用者は9月末時点で183名に上った。22年度はさらに小学校で1校、中学校で11校増やし、計33校体制で展開している。
「相談する力」と「メタ認知」の育成を目指す
SSRは、通常学級への復帰は前提としていない。安心安全な場所であるととともに、「生きる力」を育む成長の場を目指しており、とくに「相談する力」と、自分の強みを知って生かす「メタ認知」の育成に重点を置くのが特徴だ。
そのため、まず環境整備に力を入れている。例えば、ソファやカラフルないす、テーブルクロスなどを用いて「学校らしく見えない」空間づくりを心がける。不登校児童生徒は、学校に対してネガティブなイメージを持っている子が多いからだ。
外の階段を上がってすぐ入れる部屋や玄関を通らなくて済む部屋など、周囲の視線を気にすることなく入室できる場所をSSRにする配慮も行う。また、学ぶ場所も自己決定ができるよう、パーティションやラウンドテーブルなどを活用して個別学習と協働学習が両立できるレイアウトを工夫している。
しかし、予算はない。初年度にSSR推進校となった11校のみ、教室整備などのために40万円が県から配分されたが、2年目以降はそれまでのノウハウを基に全推進校が県からの予算措置はゼロで環境づくりを行っている。学校にある物品を有効活用したり、地域や企業から家具の提供を受けたりするなど、各校で工夫を凝らしているという。
もう1つ、環境整備としては、児童生徒がいつでも相談できるよう、伴走者となる担当教員を県が各校に1名加配している。
「温かく迎えてくれる人が必ずSSRにいることで、安心感が醸成されます。また、子どもたちの現状を把握する手法の1つとしてFive Different Positions(FDP)※というアセスメント指標を取り入れていますが、担当教員はその評価を踏まえて子どもたちが今の状況に至った要因を探り、生きる力の向上につながる長・短期の目標を設定して、個別サポート計画を作成しています」
※ 佐賀県のNPO法人スチューデント・サポート・フェイスが使用している指標
そのうえで、担当教員は児童生徒・保護者と共通理解を図り、振り返りと声がけを大切にしながら、個別学習と集団学習の両面から支援を行う。
個別学習では、児童生徒が時間割と学習する場所(SSRあるいは通常教室)を自由に決めるが、変更はいつでも可能で、迷ったり悩んだりしたら担当教員が相談に乗る。
集団学習では、興味・関心を生かした調べ学習を行うほか、児童生徒が相互に教え合う活動や、関わり合いや協力が必要となる体験活動などを取り入れ、認め合うことができる人間関係の構築を試みている。校内フリースクールの設置を検討している自治体や学校に、蓮浦氏はこう助言する。
「大人側が子どもたちに歩調を合わせ、子どもたちが感じる壁を限りなく低くすることが大事です。また、本県は推進校を指定する形でSSRを運営していますが、理念や大枠の方向性を示しながらも各学校が柔軟に取り組むことを大切にしています。学校や子どもの実態に合わせることも重要ではないかと思います」
「オンライン学びプログラム」「オンラインクラブ活動」とは?
1人1台端末の環境を生かし、2021年7月からは21校のSSRをつなぐ新しい取り組みも始めた。任意で参加できる「オンライン学びプログラム」と「オンラインクラブ活動」だ。前者は、県の施設や民間企業などとコラボレーションした体験型の探究学習で、延べ582名が参加。後者はいわゆるサークル活動のような場で、延べ231名の参加があった。
例えばオンライン学びプログラムでは、21年9月に三次市の歴史民俗資料館と協働して、「イノリノカタチ」というテーマで3回にわたる講義を行い、オリジナルの勾玉(まがたま)作りを実施。当初の予定にはなかったが、参加者が作った勾玉を同資料館が展示してくれた。「みんな展示をとても喜び、家族で資料館へ出かけた子どももいるそうです。ほんの少しでも、外の世界に目を向けるきっかけになったのかなと思います」と、蓮浦氏は話す。
学校外との協働企画も多い。カルビーのオンライン工場見学やバレットグループのプログラミング教室といった企業との連携企画のほか、東京国立近代美術館の協力を得てアート鑑賞も開催した。
また、22年2月には、不登校生を対象とした「教育ICTを活用したオンライン学習支援」に取り組む熊本市教育委員会と合同で、「オンライン修学旅行」を実施。1回目は宮島、2回目は熊本城から中継し、双方の子どもたちがオンライン上で旅行を楽しんだという。
「登校が遅かった子がプログラムの時間に合わせて登校するようになったり、講師を務めた子が自信をつけて学習にも積極的になったり、参加した児童生徒には成長が見られます」と、蓮浦氏は振り返る。
オンラインクラブ活動の1番人気は、「イラストクラブ」だ。専門の講師を招くほか、ドットアートが得意な生徒が講師として教える回もあったという。また、予想以上に人気となったのが「生き物クラブ」。爬虫類好きの県職員が講師となって、自宅から月替わりでヘビやトカゲなどと一緒に登場。子どもたちに大ウケしたそうだ。
不登校支援センターが2つのクラブを発足させ、2カ月後にやってみたいクラブを検討する「企画部」も立ち上げたところ、新たに「写真部」が誕生。クラブの集大成として開催したオンラインフェスも好評だった。
今後、オンライン学びプログラムとオンラインクラブ活動は、SSR設置校以外の学校や教育支援センター、フリースクールなどに通う児童生徒にも拡大していくという。
不登校支援センターは、居場所の選択肢として、学校外の学びの場も提供している。例えば、初年度から続く「東大LEARN in 広島」(旧・東大ROCKET in 広島)。不登校の児童生徒などを対象に、東京大学先端科学技術研究センターの中邑賢龍教授の研究室と県教育委員会が協力し、活動から学ぶ体験型のプログラムを展開している。21年度は、「ジャム好きな子集まれ!君は新しい味を作ることができるか?」などユニークなテーマで4つのプログラムを実施した。
新たなオンライン学習支援「SCHOOL“S”」始動
手応えのある1年だったが、蓮浦氏が感じている課題は3つある。1つ目は生徒一人ひとりに応じたサポート計画の作成の難しさだ。
「サポート計画を立てる際に用いる FDPは本来、学校教育よりも広い分野で使われるアセスメント指標。先生方からは短期目標をどう設定したらいいのか迷いがあるという意見も出ており、アセスメント指標はバージョンアップを図る必要があります」
2つ目は、SSRの理念である個別最適な学びの取り組みを、いかに通常教室へ波及させるかだ。それにはSSRの担当教員だけではなく、SSR設置校の全教員、SSRを利用しない児童生徒・保護者の理解を促進することが欠かせない。
「私自身も小学校の教員時代は知識や理解が足りなかったのですが、中にはSSRを『逃げている』と捉える方もいるので、そうではないことを周知していくことが大切になります。とくに先生方には、SSRの支援の考え方を通常の学級の授業改善や学級運営に生かしてほしい。それが不登校の未然防止につながると思うのです。不登校支援センターの指導主事は週に1回、学校を訪問してSSR運営や学校組織体制の構築を支援していますが、今後はより理念や趣旨の周知を強化していきます」
3つ目は自宅からなかなか出られない児童生徒へのアプローチだ。21年度にオンラインの活用が一定の成果を得たこともあり、22年度は県の教育支援センター(旧・適応指導教室)において、来室とオンラインを組み合わせた学習支援も開始する。
これは東大LEARNの中邑教授を“名誉校長”とする「SCHOOL“S”(スクールエス)」という取り組みで、主に県内全域の小中学生を対象とする。大学などの専門機関やNPO法人とも連携し、児童生徒の個々の状況に応じた学びを進めて社会的自立に向けた支援を行っていく考えだ。
同県は不登校支援センターを核に独自の支援体制を構築しつつあるが、個別最適な学びが推進される今、その理念や1つひとつの取り組みはほかの自治体でも応用できるのではないか。とくに外部リソースやオンラインの活用による創意工夫は、積極的に取り入れたい視点だ。
(文:田中弘美、写真:広島県教育委員会提供)
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