熊本県熊本市が2022年度から本格実施を予定している、不登校生を対象とした「教育ICTを活用したオンライン学習支援」。この支援を主導する同市教育委員会総合支援課課長の川上敬士氏は、こう話す。

「オンラインは自分に合ったペースで学べるメリットがあります。また、登校が難しい子にとっては、たとえ完全登校ができなくても、学校とつながるだけでも何か違ってくることがあるかもしれません」

そう考えるのは、これまでの同市の背景が関係している。同市は、新学習指導要領の実施を見据えて、17年度から教育のICT化に本腰を入れ始めた。18年度から市内の小中学校に段階的にタブレット端末を配備し、20年4月にはすべての学校で「教員1人1台、児童生徒3人に1台」を実現。こうした端末環境も奏功し、コロナ禍の一斉休校時も、4月半ばには市内すべての小中学校でオンライン授業を始めることができた。

一斉休校時のオンライン授業で起きた変化とは?

その一斉休校時に、「不登校生がオンライン授業に参加できた」という声が学校現場から複数聞こえてきたという。ある中学校では、オンラインで参加できた不登校生に対して、学校再開後も各教科担当の教員たちが日替わりで毎日1時間、オンラインで個別に学習支援を行った。すると、その生徒は放課後に学校に顔を出すようになり、3学期からは登校できるようになったという。川上氏は、次のように話す。

「生徒は小学校高学年からずっと不登校でしたが、今では無欠席。もともと生徒は勉強に熱心に取り組むタイプで、学校に行けなくなってからも『学校に行きたいし勉強もしたかった』そうです。現在、市内にはさまざまな理由で学校に行けない子が1500人ほどいますが、そのうちの何割かは『行きたくても行けない』状態なのかもしれないし、オンラインなら学校とつながれる子も一定数いるのではと思い始めました」

17年の教育機会確保法の施行を受け、文部科学省が19年に通知した「不登校児童生徒への支援の在り方について」では、登校という結果だけを目標にするのではなく、児童生徒が自らの進路を主体的に捉え、社会的な自立を目指すことが必要だとしている。そのうえで学校が彼らを支援するに当たって活用できるものとして、ICTを活用した学習支援も挙げられている。

こうした流れの中、前述のとおり同市は17年と早い段階からICT教育に力を入れ始めていた。不登校生へのオンライン学習支援も一部の学校が行うようになっていたが、21年2月には全小中学校で1人1台端末が整備できたことで、以前よりも格段に取り組みやすい環境になった。とはいえ、「学校は多忙ですから、現場で取り組みを広げることは難しいと思いました」と、川上氏は言う。

学習体験に小学校と中学校を合わせて計68名が応募

そこで、同市教育委員会が主導でサポート体制を組むことに。小規模校の本荘小学校と芳野中学校を「オンライン学習支援校」とし、同小学校に2名、同中学校に1名の新たな担当教員を採用して配置した。

基本的には担当教員と児童生徒は、Zoomやロイロノートを使ってやり取りする。児童生徒は、AI学習アプリやウェブサイト、動画などを使って自分のペースで学習を進め、わからないところは担当教員に聞くことができる。また、オンライン授業も実施する。こうしたオンライン学習に参加した場合は、指導要録上の出席扱いになるという。

実際に体験してもらおうと希望者を募ったところ、想定していた40名を超え、小学生26名、中学生42名の計68名の参加申し込みがあった。

同小学校では、9月1日から学習体験をスタート。Zoomによる朝の会は全員参加して、健康観察と自主学習の予定確認を行う。オンライン学習支援は、「今日は6年生、明日は5年生」といった形で学年ごとに日替わりで実施している。同中学校では9月2日から、隔週でオンライン学習支援を行っている。

本荘小学校のオンライン学習支援の様子

「9月24日現在、中学生は延べ10名程度の参加があります。9月上旬はまん延防止等重点措置を受けて本市はオンライン学習を実施していたので、そちらに参加していた生徒もいたかもしれません。一方、小学生は平均して6~7割が出席しており、多くの子が楽しんで参加している印象です。『子どもが喜んでいる』という保護者の声も届いています」

芳野中学校のオンライン学習支援の様子

子どもたちが担当教員との学びに慣れてきたら、さらにつながりを広げられる機会も設けたいという。

「学習支援校の同じ学年の授業にオンラインで参加したり、オンライン上で意見交換ができるようになったりできるといいですね。そうなると、本荘小学校と芳野中学校の児童生徒にもいい影響があると思っています。とくにビジネス街にある本荘小学校は、複式学級で人間関係が固定化しているので、校区以外の子と交流があるのはよいこと。小規模校である両校を選んだ理由の1つは、ここにあります」と、川上氏は説明する。

専門家などゲストティーチャーを招いたオンライン授業も予定している。すでに学習体験において、美術館の学芸員や博物館の副館長にオンラインツアーの形で施設案内をしてもらったが、好評だったという。

また、スクールカウンセラーや「ユア・フレンド」のボランティアの大学生ともオンラインでつながれるようにする。スクールカウンセラーとのオンライン相談は、学習体験が始まってからすでに利用があった。ユア・フレンドとは、以前からある同市の教育相談室の仕組みだ。熊本大学教育学部の学生が週に1回、家庭や学校を訪問して話し相手になる取り組みで、今後希望があればオンラインでもつないでいくという。

定員は今のところ設けない方針で、学習体験は随時参加の応募を受け付けている。来年度も継続して参加を希望するかどうか児童生徒の意向を聞いて体制を整えていく。「オンラインは工夫次第でいろいろなプログラムが可能だと思っています。学習体験の参加者の声も反映して、支援内容をブラッシュアップしていきます」(川上氏)。

(文:編集チーム 佐藤ちひろ、写真はすべて熊本市教育委員会提供)