学校でも家庭でもない「安心して学べる第三の場」を
埼玉県さいたま市は、これまで学校内にはスクールソーシャルワーカーやスクールカウンセラー、さわやか相談員を配置・派遣し、学校外では市内の6カ所に教育相談室・教育支援センターを設け、学校生活に不安や悩みを抱える子どもたちの相談に対応してきた。
しかし、長期欠席者は増加傾向にあり、2020年度は小・中・高等・中等教育学校を合わせて2451名、そのうち不登校児童生徒数は1401名に上った。不登校の理由としては、無気力・不安、生活リズムの乱れなどが多いという。
「不登校児童生徒のうち支援につながっていない児童生徒が462名いました。本市教育委員会では、GIGAスクール構想によって1人1台端末が配備されたこともあり、何とかオンラインを活用してさらなる支援ができないかと考えました」と、同市教育委員会 学校教育部 総合教育相談室 不登校等児童生徒支援係 主任指導主事 兼 係長の舩水光加氏は話す。
そこで北九州市など先行自治体の事例も参考にしつつ、半年間検討を重ねて開設したのが、不登校等児童生徒支援センター「Growth」だ。舩水氏を含む同市教育委員会の指導主事4名が、「オンライン学習支援」「オンラインとリアル、両方のプログラム提供」「保護者の教育相談、サポート」を3本柱として支援を展開している。
参加条件は原則30日以上通学できておらず、主にオンライン学習を希望する児童生徒だが、30日に満たない場合であっても希望者は基本的に受け入れており、人数の上限もとくに設けていない。毎月20〜25日に申し込みを行うと、翌月からGrowthに参加することができる。22年4月に募集をスタートしてから毎月参加者は増加しており、9月6日現在で117名(小学生43名、中学生74名)が利用している。
メインの支援となるオンライン授業はMicrosoft Teamsを活用し、さいたま市職員研修センターから毎週月〜金曜日に配信を行っている。オンライン授業に参加すると、指導要録上の出席扱いになるよう、在籍している学校に情報を届けている。
舩水氏は「学校でも家庭でもない、安心して学べる第三の居場所になればと。参加することで学ぶ喜びや人とのつながりを感じ、将来的に子どもたちが自立していくことを目指しています」と話す。
チャットでコミュニケーションを取りながら授業を展開
では、実際にどのような活動が行われているのか。
毎日の活動は、学年別ではなく小学部と中学部・中等部に分けて実施。小学部は1名、中学部・中等部は2名の指導主事が、担任のような形で指導に当たっている。
まず基本となるのが、朝、昼、帰りに小中学生共通で行われるオンラインホームルームだ。朝は出欠や健康観察、1日のスケジュール確認、残りの2回はコミュニケーションを図るためミニゲームやクイズなどを実施している。参加は強制ではなく自由で、途中参加や退出もOK。教師や児童生徒間のやり取りはチャットで行う。現在は30名ほどが毎日、ホームルームに参加しているそうだ。
小学部の時間割は、ホームルームのほか、授業や面談、自習の「ぐんぐんタイム」(中学部・中等部は「個別学習」)、授業やぐんぐんタイムでわからなかった点を質問できる時間「なぜなぜタイム」(中学部・中等部は「アスキングタイム」)、交流イベントを行う「グロウスタイム」などで構成されている。
オンライン授業は2022年5月23日から配信を始めているが、内容は、担当職員が児童生徒たちの様子を見ながらどの学年でも楽しめることを重視して決定しており、その都度独自に資料を作って教えている。例えば中学部・中等部では、ICTスキルの差を踏まえて「Microsoft Teamsの使い方」や「Growthで気持ちよく生活するための情報モラルの知識と実践力を身に付けよう」「筆記体のサインの練習」などからスタートした。
また、担当職員のどちらかが授業を行い、もう1人がチャットで生徒の質問に答える形で進行し、コミュニケーションの活性化を図っている。「どうしてだと思う? 可能な子はチャットしてみてね」など声かけも行うが、基本的に発言は強制せず見ているだけでもOKとしている。アスキングタイムは、勉強や進路の相談が多く、個別に相談をしたい生徒がいれば、1対1でチャットできるルームに案内しているという。
一方、小学部のなぜなぜタイムは、「勉強の質問よりも、コミュニケーションを求めて参加する子が多い印象です。みんなでしりとりやゲームをしたり、チャットでおしゃべりをしたり。参加せずにのぞきにくるだけの子もいます」(小学部担当、主任指導主事の山田大童氏)。
また、Growthでは日帰り体験活動などリアルに他者と会う機会も定期的に設けていく。7月中旬には初めて、プラネタリウム鑑賞の課外活動も実施した。27名(小学生15名、中学生12名)の参加があり、担当職員たちも子どもたちと初めて対面で会う機会となった。普段は画面をオフにしている子がほとんどのため、職員の感動も大きかったという。
「グループ学習はなく無理に誰かと話す必要がないことは事前にしっかりと伝えましたが、初回ということもあり、打ち解けるにはまだまだハードルが高いのかなという様子でした。秋にも芋掘りなどを予定しており、今後も定期的に行いたいと思っています」(舩水氏)
「子どもたちのペースに合わせること」と「信頼関係」が大切
順調に見えるGrowthだが、児童生徒との信頼関係を築くまでには、試行錯誤があった。
「子どもたちが勉強や進路の相談をしたいと思う相手は、信頼関係が出来上がっている人であることが前提。私たちにも最初から話をしてくれたわけではありませんでした」と舩水氏は明かす。
4月にスタートしたばかりの頃のホームルームは、担当職員たちだけで「今日は暑いですね」などと雑談を繰り広げる形となり、「はたしてこれでよいのだろうか」と不安になったこともあるという。しかし、自分たちのことを知ってもらい、楽しそうな職員たちの雰囲気を伝えることで、児童生徒たちが心を開いてくれればと思った。
すると、しだいに「おはよう」などチャットへのコメントが増えていき、クイズやゲームを行えば応えてくれるように。ただし、「あくまで子どものペースや思いに合わせることを大切に、私たちがやりたいことを押し付けないようにしています」と、山田氏は言う。中学部・中等部の英語を担当する指導主事の荒木田悠氏も、「焦らなくていいし、間違えても大丈夫と伝えるようにしており、私たちも『待つ』ことを大事にしています」と話す。
夏の面談では、児童生徒や保護者から、Growthに参加したことで「自信がついた」「楽しかった」「元気をもらった」「生活リズムが整った」という声が多く寄せられた。全体的に人とのつながりを求めている子が多い印象で、中には「2学期は積極的にみんなと関わりたい」という子もいたという。
今後は、保護者向けに講演会や座談会を含む子育て学習会を実施するなど、保護者の不安に寄り添うサポートにも力を入れていく。
しかし、課題もまだまだある。今後は児童生徒の興味・関心に応じて学習用ソフト「ミライシード」を活用するなど、個別学習の充実を図っていく。また、Growthとしてはオンラインの中だけでコミュニケーションを完結させず外での経験を積んでもらいたいという思いがある。実際、Growthに参加したことをきっかけに「学校行事に参加できた」という子どももいるが、「今後は教育支援センターとも連携して、リアルな場での支援につなげられるようにしたい」と舩水氏は語る。
このようなオンラインを活用した不登校児童生徒への支援は全国で徐々に増えており、自治体によっては仮想空間を生かした試みも始まっている。全国的に不登校児童生徒数が増える中、1人1台のタブレット端末の活用を含めて学びの機会をいかに保障していくのか。今、各自治体の姿勢が問われている。
(文:酒井明子、写真:さいたま市教育委員会総合教育相談室提供)