子どもたちの学びと生活には、まずもって「自由」が必要

――自由進度学習を導入する学校や自治体が増えていますが、どう受け止めていらっしゃいますか。

基本的にはとてもよいことだと思っています。ScTNでは、公教育が「何のためにあるか」という本質を「自由」と「自由の相互承認」という2つのキーワードで表現しています。そのため学校は、子どもが自分たちなりに学びや生活を進めていく形が中心であったほうがいいと考えており、自由進度学習はこれにかなった取り組みだと捉えているからです。

しかし、私は単に「自由進度学習がもっと広がればいい」と考えているわけではありません。「学校での子どもたちの学びと生活には、まずもって『自由』が必要」という考え方が前提にあり、現状においてそれを実践するための、最もわかりやすく豊富な実践例もある手法が、自由進度学習であると考えています。

また、ここで言う「自由」とは、何もかも子どもたちの好きにさせることではありません。例えば、複数教科同時進行型の自由進度学習では、イエナプラン教育のブロックアワーのように、ある程度の「まとまった時間」がある時間割の中で、1人ひとりが、何を・いつ・どこで・どのように学ぶかを自分で決めて取り組みます。つまり、1人ひとりの選択の幅をできるだけ広げ、自己決定によって進められるようにするのです。その状態を「自由」という言葉で表現しています。

山口裕也(やまぐち・ゆうや)
一般社団法人School Transformation Networking代表理事
独立研究者。主な研究領域は心理学、教育学、哲学。博士課程在学中だった2005年から研究員として基礎自治体の教育委員会に在籍し、その間、大学の教育学部非常勤講師を務めるなどして2023年4月に独立、哲学者・教育学者の苫野一徳氏と共に一般社団法人School Transformation Networkingを設立した。ScTN質問紙(主体的・対話的で深い学びのための意識・実態調査質問紙)の著作者・著作権者でもある。主な著書に『教育は変えられる』(講談社現代新書)など
(写真:山口氏提供)

――なぜ自由が必要なのでしょうか。

自由が保障されることで、「社会的な包摂性」と「内発的な動機づけ」を高める効果が期待できます。

社会的な包摂性とは、みんなが一緒に学校で学んだり生活したりできるようになる度合いのこと。何もかも先生の指示どおりに画一的にやらなければならない状況では、合わない子どもも出てきますし、過剰適応を強いられることさえあります。その表れの1つが、不登校だと言えるでしょう。

自由進度学習を導入したことで不登校が減少した事例も複数報告されています。私たちの効果検証では、学び方の自由の保障こそがそのカギでした。1人ひとりが自分らしく学ぶことができる学級では、「自分のことをわかってもらえた」という仲間からの認知的共感や、「自分と違う考えも受け入れよう」という仲間への認知的共感が高まりやすくなり、結果として、「自分の個性をありのままに受け入れよう」という自己受容感も高まるからです。

こうした成果からも、みんなで一緒に学んだり生活したりするフルインクルーシブ教育を諦めてはならないと考えています。学校は、自由の相互承認の感度を高めていく場でもあるからです。

そして、自分で決めたことであれば意欲的に取り組めるようになり、資質や能力もより一層伸びていくという、内発的な動機づけの重要性は多くの方が身をもって知っているのではないでしょうか。自己決定は、記憶力や創造力、責任感や幸福感の向上にもつながることが先行研究でも示されています。

さらに忘れてはいけないのは、子どもたちは1人ひとりが自分らしく学んで幸せに成長していく権利を持った主体であるということ。次期学習指導要領等の改訂に向けた大臣諮問でも「多様性の包摂」が検討事項として掲げられました。子どもたちが「教育の対象」である前に「自由な権利主体」として1人ひとり尊重されるべき存在であることを明示したと解釈できるこの事項は、時代の画期になると考えています。

自由進度学習で成果を挙げている学校、何が変わった?

――自由進度学習で成果を挙げている事例についてお聞かせください。

「ScTN質問紙」(※1)で効果検証ができている事例を紹介します。

※1 ScTNが提供する、主体的・対話的で深い学びの実現状況などを、児童生徒による自己評価形式で可視化する質問紙。文部科学省のCBTシステム「MEXCBT」にも掲載されている。詳細はこちらの記事を参照

内発的な動機づけの向上とともに、社会的な包摂性が大きく高まった事例としては、名古屋市教育委員会の取り組みが挙げられます。同教委は令和5・6年度の文部科学省「特定分野に特異な才能のある児童生徒への支援の推進事業」を受託し、検証対象校がブロックアワーを参考に、複数教科同時進行型の自由進度学習に取り組みました。

ScTN質問紙の結果は、「授業では、学習の方法やペースを自分で選んだり決めたりしながら学んでいる」と「授業では、自分が必要な時に、必要な仲間と協力しながら学んでいる」の平均値がともに5点満点で4.5。学び方の自由が保障されたことで、1人ひとりが自分らしさを発揮できるようになり、支え合ったり学び合ったりする関係がより深まったのです。

教員や児童へのインタビューの質的分析から、そうした学びを支えているのは教員の対話の仕掛けや足場かけであることも見えてきました。子どもたちがまずは自分たちなりにやってみて、それを後追いで支えていくということです。

出所:名古屋市教育委員会「特定分野に特異な才能のある 児童生徒に対する支援の推進事業 R5取組概要」

2022年度より本格的に教育改革を始めた石川県加賀市では、一部の学校で、一斉指導と単元内自由進度学習を意図的に組み合わせた授業を展開しています。自由進度学習では、学び方の自由が保障されていても、それが教科の本質的な学びにつながらないことが少なくありません。加賀市はこの課題の解決に自覚的で、「教科の学び」と「自律した学び手の育成」という2つの狙いを達成する授業づくりをしたのです。

すると、ある小学校のScTN質問紙の結果は、「授業では、『授業を進めるのは、先生ではなくて、自分だ』と思いながら学んでいる」「授業では、挑戦と失敗を繰り返しながら、問いや課題の解決に取り組んでいる」の肯定率※2が9割を超えるなど、全国値※3よりはるかに高い値を記録するとともに、単元テストでもつねに正答率は学級平均85%以上の結果が得られるようになったとのことでした。

※2 全回答に占める上位2選択肢の回答の割合
※3 ScTN質問紙の作成時に全国の小中学生計2400名に調査した結果。1つ目の項目はおよそ1割、2つ目の項目はおよそ3割の肯定率

芦屋市が2024年度より研究指定校制度を廃止して立ち上げた、完全自主性の教員研究組織「ONE STEPpers」は、先生たちの学びを変えて成果が出たケースです(詳細はこちらの記事を参照)。この活動の特長は、子どもの主体性の回復に関する研究であれば内容や手法を自由に選択できることで、自由進度学習に関しても、プロジェクト型の研究に参加したり、先進校を視察したりといったさまざまなアプローチが見られます。

子どもたちに自由を保障し、「授業の主体は自分だ」という子どもたちの意識を高めたいのであれば、先生たちの取り組みにも自由が必要ということがわかる事例と言えます。また芦屋市では「よい教師とは」といったテーマについて語り合う哲学対話も実施していますが、そうした本質への深い理解や納得が先生たちのまなざしや振る舞いを自ずと変え、子どもたちの自由の保障につながることを実感しています。

自由進度学習で「深い学び合い」に至るための3つの共通点

――自由進度学習の課題とその解決策についてお聞かせください。

主には、以下の2つの課題があると考えています。

1:場は共にしていても、思考は共にしていない

2:形式のみの自由

 

1の課題は、多くの学校で生じている現象ではないでしょうか。子どもが仲間の表情やノートなどに持続的に注意を向けたり、何かを共同注視して共に考えたりしている時間が十分ではないのではないかという問題提起です。「類は友を呼ぶ」状態に終始し、学びに広がりや深まりをもたらす多様な関わりが生じていないこともあります。

この課題を解決する工夫は主に3つ。まずは「魅力的なプロジェクトの設定」です。例えば、国語で「落語」について学ぶ単元の名称を教科書を参考に「めざせ!落語家」とすることで興味や関心をかきたて、やればやるほど思いや考えを広げたり深めたりできるようにするのです。

2つ目のポイントは、「誰かの手助けがあれば達成できる、適度に挑戦的な目標の設定と共有」です。これは学習指導要領の研究が肝であり、単元表やルーブリックなどを使って子どもたちと合意しながら設定していくことも大切です。

最後の3つ目は、「計画的に偶発させたペアやグループの編成」です。授業では協同の自由が保障されます。だからこそ、子どもたちの意思が及ばないランダム編成の生活班などをつくることで、「類は友を呼ぶ」状態を脱した学び合いが生まれるようにするということです。

自由進度学習が深い学び合いにまで至っている学級では、こうした3つのポイントが共通して押さえられていると分析しています。

――もう1つの課題、「形式のみの自由」とは?

単元表やルーブリックといった“授業の形式”は整えているものの、先生のまなざしや振る舞いが従来と変わらないがゆえに子どもの選択や決定が大きく制限されている場合があります。昔からピグマリオン効果(教師期待効果)として指摘されているとおり、子どもたちに対してポジティブな期待を持ち、委ね、じっくり待つことは依然として重要だということです。

例えば、自由進度学習の導入に先行して先生たちが教室のリフォームを決定し、先生主導でサークルベンチやマットを置いたところ、授業中の勝手な立ち歩きが増え、ひいては学級が荒れてしまったのですぐにやめたといった相談を複数受けてきました。子どもたちからは「自由に使っていいと言われたのに、使おうとしたらダメだと言われた」という声が上がることもありました。

この場合は、そもそも、「子どもが自分たちなりに学んだり生活したりする力を育む」ために、「子どもたちが対話を通じて意味を納得し、自分たちで合意しながら教室をリフォームし続けていく」という目的と方法の関係を理解することが重要です。けれど、それだけでは充分でないことも多い。

先ほど芦屋市の事例としても紹介したように、「なぜ子どもたちの学びと生活には自由が必要なのか」「それを支える『よい教師』とは」といった本質について哲学対話を重ねると、先生たちのまなざしや振る舞いは自ずと子どもたちの有能さを信頼するものに変わっていきます。形式にしっかりと内実が伴うようになるのです。これも、複数の自治体の効果検証から見えてきたことです。

こうした自由進度学習のポイントの詳細は、令和6年度の文部科学省「特定分野に特異な才能のある児童生徒への支援の推進事業」の名古屋市の報告書や、8月に公開予定の私の論文をご参照いただけたらと思います。

デジタル活用は「個別化・協同化・プロジェクト化の融合」を

――動画やAIドリルなどが自由進度学習で用いられることもありますが、扱い方によっては「単なる自習」になりがちです。デジタルツールとはどう向き合うべきでしょうか。

哲学者・教育学者の苫野一徳氏が教育学史を総覧してまとめた「学びの個別化・協同化・プロジェクト化の融合」の視点がカギとなります。「個別化」だけに着目すると単なる自習になったり、ひいては学びが孤立したりしがちですが、「協同化」と「プロジェクト化」のための工夫を含めた3つを融合することでより効果的な使い方ができるようになります。

例えば、小学6年生の社会である時代の歴史について学ぶ場合、「自分なりの時代観をつくろう」というプロジェクトを設定し、自分の考えをまとめるワークシートをクラウド上で共有しつつ、デジタルを含めたさまざまなツールを使って自分なりに調べ学習を進める。同じことを一緒に調べても時代観は異なる場合があるし、それがリアルタイムで共同閲覧できれば多様な学び合いが自ずと促されます。こうした授業づくりによって、教科が目標とする見方や考え方を育む深い学び合いに迫れるのではないでしょうか。

今後、AIのエージェント化が進めば、学習指導要領を十分に踏まえた“適度に挑戦的で魅力的なプロジェクト”の設定や、スタディログを活用した“偶発的なグループ編成”などが、個別最適な形でレコメンドされるようになることが期待できます。

だからこそ、先生方には「ほかの誰でもない、『あなた』という生身の人間が、先生をやることの意味」を自分なりに考え、対話を重ねて共通了解を見出す経験をしてほしいです。それを探究することが、先生方が自分らしさを生かして幸せに仕事をすることにつながっていくと思いますし、そうであってほしいと願っています。

(文:安永美穂、注記のない写真:ペイレスイメージズ1(モデル)/PIXTA)