大切にしている「生産性の向上と学びの深度」
札幌市立小学校で教鞭を執っている難波駿氏は、今年で教員生活14年目。自由進度学習を導入し始めたのは2017年のときだという。
初めての実践は、小学6年生の歴史の授業。当時の学級では歴史への学習意欲が旺盛な子どもたちが多く、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康を続けて学ぶ単元でチャレンジしてみた。「4時間あげるから、自分の好奇心を拠り所に学んでみるのはどう?」と提案すると、まずは信長から学び始め2時間かける子、時系列で進め家康を重点的に学ぶ子など、自分の興味とペースで自由に主体的に学ぶ姿が見られたという。このときの手応えを機に、難波氏は自由進度学習を積極的に取り入れるようになった。

札幌市立公立小学校教諭
1988年北海道富良野市生まれ。北海道教育大学札幌校を卒業後、札幌市公立小学校にて勤務。札幌市教育研究推進事業国語科副部長。北海道国語教育連盟説明文部会チーフ。子どもが「勉強って楽しい、学ぶって面白い」と感じる授業を目指し研究中。学習者主体の授業手法や教育観、自立した子の育成について、書籍・講演会・SNSを通して発信。著書に『超具体! 自由進度学習はじめの1歩』『学び方を学ぶ授業』(東洋館出版社)、『自由進度学習 超効く! 言葉かけ』(学陽書房)など
教員は通常、いわゆる「赤刷り」と呼ばれる教師用指導書を指導の基本とするが、「子どもたちの様子を見ながら、『1時間完結型授業』のリミッターをどこで外そうかと探りながら、試行錯誤してきました」と難波氏は話す。
「自由進度学習は、愛知県東浦町立緒川小学校を中心に始まり、1980年頃から『単元内自由進度学習』として全国に広がったと言われています。その考え方を取り入れつつ、学年による発達の違いや子どもの反応を見ながら、学びが高まりそうだと感じた部分において子どもに委ねるようにしてきました」
難波氏は、1つの教科だけでなく、複数教科での自由進度学習にも挑戦してきた。その根底には、「生産性の向上と学びの深度」への思いがある。
「1人の教員が35人程度の子どもたち全員を同時に教え導くには限界もあります。限られたリソースの中、いかに子どもたちに自分の頭で考える時間をつくってあげられるかが大切だと思っています」
例えば、図工科で使う電動糸のこぎりの数には限りがあり、どうしても手持ちぶさたになる子どもが出てきてしまう。そこを何とか解消しようと、家庭科の担当教員と相談し、小物を製作する家庭科と、電動糸のこぎりを使う図工科を同時進行で行ってみた。「10時間あげるから、自分たちで計画を立てて両方の課題を進めよう」と指示を出すと、子どもたちは自分なりの見通しを持ち、互いの状況を確認しながら融通を利かせて課題に取り組んだという。
その結果、「1人当たりの電動糸のこぎりを使う時間と教員が個別に関わる時間、そして友達と協力し話し合う時間が増えました。このほか、校庭で『体育の鉄棒×理科の植物観察』『図書室で国語の図書単元×社会の調べ学習』などにも取り組んできました」と、難波氏は話す。
さらには「国語×社会×総合学習」の3教科による自由進度学習も展開。環境について保護者に発表することを目標にした社会を軸に、国語の「読む・書く」と総合の「SDGs(持続可能な開発目標)」の学びを組み合わせた。
「4人1組などのグループでこうしたカリキュラムマネジメントを行うと、各自が自分の強みや興味を生かして学び、その成果を結集させるので、発表がよりよくなります。自由にすることで学びが深まると感じますね。生産性が上がるか、主体的・対話的で深い学びができるか。そのどちらかが実現できそうなときに教科を混ぜています」
注意したい「孤立」の問題、「協働」に軸足
自由進度学習を行うに当たって、注意したいのは「こなす」のみの実践だという。
「自由進度学習は通常、見通しが持てるよう進度ごとのタスクを設定します。しかし、教員が意識していないと子どもたちは単なる作業のようにタスクをこなすだけになってしまいます。そうなると各自が孤立して勉強が個人の活動になってしまい、対話も生まれなければ、協働的な学びも生まれません。それでは『個別最適な学びと協働的な学びの一体化』とは言えないでしょう。おそらく『放置・放任』『ファッション自由進度学習』と指摘される実践は、学びが個別化されすぎているのではないでしょうか。教員は、協働的になれる場面や友達と対話できるような雰囲気をつくっていく必要があると思います」
難波氏は自由進度学習に積極的だが、一斉授業を否定しているわけではない。一斉授業は効率がいいと考えている。
「最初に見通しや方向性を立て、皆で確認したほうがいいと思うところは一斉授業をしています。一方、知識の活用においては、子どもに任せてみたほうがいいと考えています。知識の活用場面で一斉授業をすると、理解が進んでいる子は退屈な時間を過ごすことになるし、知識の理解が十分でない子には苦しい時間となります。そうした差は、自分のペースで学べるようにしてあげることで解消できると思っています。ただし、こちらのメッセージが伝わってないと感じれば、また皆を集めて一斉授業に立ち戻ることも。つねに子どもたちの状況や雰囲気を見ながら対応することが重要です」
また、難波氏は1人1台端末を活用しているというが、どのような点でメリットを感じているのだろうか。
「自由進度学習を行うには、徹底した準備が必要です。学習進行表の作成をはじめ、進度が早い子のために発展問題も準備しなければなりませんし、付いていくのが大変な子のサポートも必要です。しかし、ICTを導入したおかげで、こうした負担が大幅に減りました」
例えば、発展問題はネット上のコンテンツを利用できるので大量のプリント準備は必要ではなくなり、わかりやすい動画もあるので子どもが自分でつまずいたところにさかのぼって学び直すことも容易になった。
「私としては、いろんな大人たちが子どもたちを育てているという感覚です。また、高学年にもなると単元の学習進行表の作成なども共同編集で手伝ってくれるので、子どもたちと一緒に授業準備ができる点もICTのよいところだと思います」と難波氏は語る。
一方、ICTの利用も孤立してしまう側面がある点に注意したいという。例えば、タブレット端末を使って振り返りを書こうというだけでは、子どもは無言でコメントを打ち込むのみで、1人で完結してしまう可能性がある。
「ICTは使い分けが必要で、人間性が失われないよう気を付けていますね。低学年なら『あの子の発言がすてきだと思ったなら直接伝えにいってごらん』と声をかける、高学年なら『班の人を大事にしようね』『自分が学んだことは班の人にフィードバックしてね』と日頃から班活動を基本とするなど、協働に軸足を置くことを大切にしています」

「これは自分の勉強だ」、自覚が芽生えた子どもたち
自由進度学習を取り入れたことで、子どもたちはどのように変わったのだろうか。難波氏は次のように語る。

「子どもたちには、これは自分の勉強なんだという気持ちが明らかに芽生えています。やはり『この単元は8時間で』など見通しを持てるという点は大きく、私1人で頑張っていたときと比べ、子どもたちは自分の進度に合わせて勉強する感覚が備わるようになりました。自分の勉強だという自覚があるので、休み時間中に勉強を始める子もいますし、家庭学習で進めてくる子もたくさんいます。学力とは学ぶ力であり、興味を持って主体的に学ぶことこそが大事だと考えていますが、その観点から言えば確実に力が付いています」
職場でも、漢字の学習など部分的に自由進度学習を取り入れる同僚は少なくないという。しかし、難波氏は自由進度学習を強要しているわけではない。研究部長だったときに研修で自身の授業を紹介する際も、自由進度学習という言葉は使わずに「子どもたちでできる部分をちょっと増やしていきませんか」といったわかりやすい伝え方を心がけてきた。
「行事を子どもたちに任せる先生は多いですが、不安もあってか勉強を任せる先生は少ないです。しかし、社会の変化が激しい今、子どもたちが自分で計画したり、学習を調整して学んでいったりする授業が広がらないといけないのではないでしょうか。高校の探究も、問いを立て考察を繰り返すという、ある意味壮大な自由進度学習みたいなもの。一斉型の授業だけ受けてきた子が対応するのは難しいでしょう。保護者にもそうした背景や思いを含め、学級通信を丁寧に書いて共有するようにしています。今学校でやっていることや、自分の頭で考え自己決定することの大切さなどをきちんと説明し、不明な点があればいつでもお問い合わせくださいと伝えています」
「20代の先生たちにもチャレンジしてほしい」
新年度から自由進度学習に挑戦したいと考えている教員は、どのような点に注意したらよいだろうか。
「そんな実践はやめたほうがいいと言う方もいるでしょう。しかし、私はやってみたいという先生方の気持ちは大事にしたいので、ぜひ挑戦してみてほしいですね。ただ、自由進度学習の基本は子どもが中心になりますから、『この時期から始めよう』などと計画を立てすぎないこと。クラスの雰囲気や子どもたちの特性、意欲、持っている力などを見極めたうえで始めることが大切です。とくに前年の担任が統率型の先生だった場合にはいきなり委ねることは難しいので、子どもたちの様子をしっかり見ながら少しずつ取り入れていく流れがよいでしょう」
子どもたちの状態が第一であることを前提に、運動会など大きな行事が終わったタイミングは実践を始めるのにお勧めだという。子どもたちは行事で燃え尽きてしまう場合があるが、そうしたムードを切り換えるためにも、行事の振り返りで頑張りを称賛しつつ「皆なら普段の授業でも自分でできることをもっと増やせるよね」と新たな実践を始めると学級経営の面からもスムーズだという。
最近は自由進度学習に興味を持つ教職志望の学生も増えている。難波氏は初任者や若手の教員に対してこうメッセージを送る。
「やはり最初の3年くらいは一斉指導の技術もバランスよく身に付け、そのうえで自由進度学習を取り入れていくのがいいのかもしれません。ただ、20代の先生にも積極的にチャレンジしてもらって、ぜひ若手の皆さんが感じたことや考えたことを聞きたいです。私が挑戦したのは30歳のときだったので、20代の人たちから見える景色を教えてほしいですね。子どもたちが何十年後も学び続ける人になるためには、今の授業のあり方や考え方を変えていくことが大切であり、そのためにも子どもたちに委ねる学びを取り入れる先生が増えるといいなと思っています」
(文:國貞文隆、写真:難波氏提供、Xアカウント写真:Xより)