子ども主体の学びを支える「6態様」とは?
1978年の校舎の改築を機に、独自の教育課程を確立してきた緒川小学校。廊下と教室を隔てる壁はなく、じゅうたんが敷かれた廊下の先には「ラーニング・センター」と呼ばれる広々とした作業スペースと図書コーナーが設置されている。
子ども自らが学びの場を見つけて学ぶスタイルは、アメリカで実践されていたオープン・スクールの教育にヒントを得たものだという。

当時の時代背景について、2009年から8年間にわたり同校での教員経験を持つ東浦町教育委員会指導主事の岩本和也氏は次のように話す。

愛知県知多郡東浦町教育委員会 主幹兼指導主事
東浦町立東浦中学校を経て、2009年度より2016年度まで緒川小学校で勤務。その後ドイツのデュッセルドルフ日本人学校、片葩小学校を経て現職
(写真:本人提供)
「当時は高度経済成長期を経て価値観が多様化していく中にあって、個別指導や個性の尊重が重視されるようになりました。従来の一斉授業方式の限界が指摘されるようにもなり、思い切って教育方法を変える必要があったと聞いています」
同校の教育の根幹にあるのは子ども主体の学びで、これを支えるのが「学習の6態様」(以下、6態様)と呼ばれる6つの教育課程だ。「はげみ学習」、「集団学習」、「週間プログラムによる学習」(以下、週プロ)、「総合学習『生きる』」、「オープン・タイム」、「集団活動(独立国活動)」で構成されている。上智大学名誉教授の加藤幸次氏の研究に基づいて作られたという。
「はげみ学習」とは、「文字」「計算」など基礎的内容の定着を目指す、無学年制の学習材による学習。「集団学習」は一斉学習活動の時間で、一部で習熟度別の学習を実施する。「週プロ」は、いわゆる単元内自由進度学習だ。
「総合学習『生きる』」は、各学年に与えられたテーマについて、学年全体で協力して取り組む探究学習。「オープン・タイム」は、子ども自らがテーマを決めて個人単位で取り組む探究活動で、4~6年生が対象だ。「集団活動(独立国活動)」は、自分たちの生活を創造することを狙いとする協働的な活動である。

「はげみ学習」「週プロ」「オープン・タイム」は「個別最適な学び」の色合いが強く、「集団活動(独立国活動)」は「協働的な学び」の色合いが強い。「集団学習」と「総合学習『生きる』」は、場面に応じて「個別最適な学び」と「協働的な学び」の両方の要素を持ち合わせているといえる。
これらの「6態様」は、1978年の改築当時から実践されていたそうで、その時々の教育ニーズに応じて改良を加えながら現在まで受け継がれてきた。近年では、「はげみ学習」のプリント教材や「週プロ」で使う資料をオンラインで配信して1人1台端末で確認できるようにするなど、ICTの導入も進めているという。
何を学ぶべきかを「自分で気づく力」を育む
では、「6態様」の具体的な内容を見ていこう。
小学校6年間で習う内容を無学年制でスモールステップにて学ぶことができる「はげみ学習」は、基礎学力の定着を目的としたプリント教材「はげみ」を用いた学習だ。かつては時間割に組み込まれていたが、近年は従来の「文字」と「計算」に、新たに「英単語」「体力づくり」「音楽(リコーダー)」を追加し、1人1台端末にも配信。自己学習力を育むツールとして活用されている。
子どもたちは今、各自の必要に応じて隙間時間や家庭学習で「はげみ」に取り組んでおり、授業の中で「はげみの時間」を取る教員もいる。緒川小学校教務主任の鈴木佳代氏は、次のように話す。

愛知県東浦町立緒川小学校 教務主任
高浜市、東海市、東浦町の小学校教諭を経て、2019年より緒川小学校に赴任。2022年「教職研修」4月号(教育開発研究所)で『子どもが自分で「決められる」学校へ』を執筆。2022年度の第6回NITS大賞において「おがわっ子ワクワクプロジェクト!~願いが叶う!子どもが主役の学校づくり~」で入賞、2023年度NITS「子どもを主語にした個別最適な学び」セミナーでは講師を務めた。現在は、県内外の研修会で講師を務め、講話を行っている
「高学年の子どもが九九の復習をしたり、低学年の子どもが英単語をどんどん進めたりするなど、子ども自身が自分の力を見取り、必要な学びを自分で選択できるのが『はげみ学習』の特長です。AIが自動的に問題を出してくれるデジタルドリルとは異なり、自分は何を学べばよいのかを『自分で気づく力』を育むことを大切にしています」
一斉授業にあたる「集団学習」は、最も多くの時間を占める。状況に応じて、習熟度の差が生じやすい算数を中心に、マスタリー・ラーニング(完全習得学習)も実施している。とくに、2年生の九九と6年生3学期の計算のまとめの単元では、通常の3クラスを習熟度別に4~5クラスに分け、すべての子どもが「できる」という自信を持って次の学習に進めるようにしているという。
保健室利用も減る、子どもが意欲的に学ぶ「週プロ」の魅力
「週プロ」は、単元内自由進度学習の先駆けともいえる取り組みだ。学期に1回を目安に20~30コマ程度を充て、対象となる2~3教科を子どもたち自らが学習計画を立てて学んでいく。
子どもたちの様子を見ながら、小3の理科「風とゴムの力」と図工「ゴムのおもちゃ作り」のように、関連性のある単元を連動して学べるようにすることもあれば、子どもたちの学びの意欲を持続できるようにまったく関連性のない単元を組み合わせることもあるそうだ。
授業の導入では、教員が「自己学習力を育む」という目的を伝え、単元の目標や学習内容を説明。学び方については「調べ学習をする」「実験をする」といった複数のコースを教員が提示するが、高学年になると「フリーコース」を選択して、自分なりの方法で学ぶ子どもも増えるという。

学習の進捗は、期間中に2~3回実施するチェックテスト等で判断する。進捗が思わしくない場合は、教員が資料を提供したり、個別に指導したりしてフォローしている。
「『週プロ』で重視しているのは、子どもたちがどのような学び方をしているかというプロセスです。教員は、手を差し伸べるべきなのか、待つべきなのかを判断しながら対応しています」(鈴木氏)
児童へのアンケートでは「『週プロ』が楽しみ」と回答する子どもが多く、この期間は保健室の利用が減るなど、子どもたちの学習意欲を高める効果も確認されているという。鈴木氏は「決められた時間に決められたことをやらなければいけないという縛りがなくなり、自分で選んだ場所・方法で学ぶことができる。そこが子どもにとっての魅力ではないか」と見ている。学習成果についても、集団学習と同等の成果が出ているとのことだ。
「個別」と「協働」の2種類の探究活動を展開
「総合学習『生きる』」では、1・2年生の生活科と3~6年生の総合的な学習の時間を一体化させ、6年間にわたる系統的な探究活動を行う。1年生は身近なテーマから始め、6年生になると「生き方」をテーマに国際交流や世界の課題に目を向けていく。
6年生は毎年「アートマイル国際協働学習」に取り組み、海外の学校とオンライン上で「貧困」や「環境」といった共通課題について学び合い、壁画サイズの作品を共同制作する。この作品は「最後の学習」(卒業式)で披露され、下級生は6年生になってこの学習に取り組むことを楽しみにしているという。
「総合学習『生きる』」も、「週プロ」と同様に学年単位で授業を行う点が大きな特徴だ。その背景には「1人の子を複数の大人の目で見るようにしたい」という考えがあると鈴木氏は言う。
「学級の30人の子どもたちを1人の担任だけで見ていては、その担任教員からの見方しかできません。1人の子をたくさんの大人が見ることによって、その子の多様な側面を多角的に評価するのが緒川小のスタイルです」(鈴木氏)
もう1つの探究活動「オープン・タイム」は、4~6年生を対象とした「個別最適な学び」の色合いが最も濃い活動だ。年度初めに「チャレンジしたいこと」の分野ごとにグループを組み、6年生のリーダーの下で活動の進め方や道具の使い方などを学んだ後、各自が個人で設定したテーマを探究する。

「この活動で伸ばしたいのは、自分のやりたいことを課題として設定する力、それをどうやって解決するかの計画を立てる力、そこに挑む力、うまくいかないときに計画を調整して乗り越えていく粘り強さです。最後は自分の取り組みを振り返り、それを次に生かせるようになってほしいと考えています」(鈴木氏)
子どもにとっては、失敗も貴重な学びになる。例えば、角材でバットを作ろうとしていたある児童は、途中で難しいと気づき、バットの形のキーホルダーを作るように方向転換したことがあった。「どうリカバーしていくかを自分で考えることが重要なので、ボランティアとして活動を見守る保護者には『子どもが困っていても安易に手を差し伸べないでほしい』と伝えている」と鈴木氏は話す。
ここ数年は、3年生の3学期にも5コマ程度の「プレ・オープン・タイム」を設けている。学級単位の授業の中で自分のやりたいことを見つけて取り組む経験をすることで、4年生からの導入につなげているそうだ。
協働的な集団活動である「独立国活動」は、おがわっ子フェスティバル(文化祭)、スポーツ祭(運動会)、修学旅行、最後の学習(卒業式)といった行事の内容をすべて子どもたちが決めて運営する活動だ。選挙で選ばれた「首脳部」と呼ばれる子どもたちが中心となり、教員はサポート役に徹する。「今年はハロウィンのイベントをやりたい」といった子どもたちの発案が議会で通れば、それが実際の行事になる。
「6態様」を通じて、自ら学び、自らの手で学校を運営する経験をする緒川小の子どもたち。鈴木氏は、「人前に出て自分のことを話したり、主張したりすることが得意な子が多い」との印象を抱いているという。
地域ぐるみで学校の内外から伝統を支える
公立校では教員の異動があるため、独自の取り組みを継続することは容易ではない。緒川小は、なぜ47年間にわたって「6態様」の教育実践を継続できたのだろうか。
「校舎改築時より相談に乗ってくださっている上智大学名誉教授の加藤幸次先生をはじめとする研究者の方々が、緒川小の教育課程の意義を発信し続けてくださったことに加えて、緒川小の取り組みを維持するための予算を組むなど、東浦町教育委員会の後押しも大きいと感じます。東浦町の日髙輝夫町長も緒川小出身で、教育委員会や本校の教員にも卒業生がいますし、親子二代で緒川小に通っているご家庭もあるため、本校の教育課程をよく知る人々が学校の内外から支えてくださっているように思います」(鈴木氏)
また、教員のスキルアップとして、若手教員へのOJTに加え、週末に研修会を開催。そのために職員会議は原則として月曜日のみとし、メリハリのついた働き方を実現しているという。
特色ある教育課程で学んだ子どもたちが中学校進学後に戸惑うことがないのかが気になるところだが、緒川小の卒業生が進学する北部中学校でも「マイプラン学習」という単元内自由進度学習が実施されている。そのため、緒川小の卒業生は中学進学後も主体的に学ぶ姿勢を持ち続けることができるという。
特色ある教育実践が注目を集める同校だが、「『週プロ』や『オープン・タイム』といった学習スタイルを取り入れるだけですべての課題が解決できるわけではない」と鈴木氏は強調する。
「まずは日頃の授業の中で、子どもと教員がよい関係を築くことが大切です。1人ひとりの子どもをよく観察し、その子に合った支援をする。不易とも言える教員の役割を教員自身が自覚して子どもと向き合うことが、個別最適な学びや協働的な学びを実現するうえで最も重要なことだと思います」(鈴木氏)
(文:安永美穂、注記のない写真:東浦町立緒川小学校提供)