職員室改革は、具体的なビジョンを掲げることが大切
――上部さんは、前任校で職員室改革に取り組まれ、その目的やノウハウ、成果などについて書籍『教師の生産性を劇的に上げる職員室リノベーション 32のアイデア』にまとめられました。そもそも、なぜ「職員室改革」を思い立ったのか、その理由を教えてください。
2010年に、横浜市内の公立中学校から横浜市立富士見台小学校に異動しました。異動して気づいたのが、職員室で先生方が「今日はパソコンがプリンターにつながらないね」と困っていたり、「○○の書類がない」などと言いながら探し回っていたりなど、ちょっとしたことなのですが何度も同じ課題につまずいて困っている様子が多く見受けられたことです。
この状況を何とかしたいと思っていたところ、当時の校長先生が同様の課題を感じておられて、「職場環境を改善し、チームで働くことができるようにしたい」と。校長先生の思いと支援の下、職員室のリノベーションをスタートさせることになりました。
「学校事務職員は、学校の環境をよりよくして働きやすい職場づくりに貢献することで教職員間にコミュニケーションが生まれて生産性が上がり、子どもたちのよりよい学びにつながる」という考えを持つ先輩の教えも大きかったと思います。
――「職員室改革」は、どのように進めたのでしょうか。また進めていくうえで大切にしたことは、どのようなことですか?
私を中心に7名の教職員がメンバーとなり、「職員室レイアウト変更プロジェクト」を立ち上げました。その頃、自身の研鑽を目的に参加した学校施設などについての意見交換会に、イトーキさんの担当の方がいたこともあり、イトーキさんに学校に来てもらって職場環境改善のコンセプトについてのレクチャーを受けたのです。終了後、校長先生が「イトーキさんを実際に見に行こう」と。プロジェクトメンバーでイトーキさんのオフィスを見学させてもらい、職場環境改善のヒントを集めました。
職員室改革を進めていくうえで大切にしたのは、「こうなったら望ましい」というビションを具体的に掲げることです。前任校の学校教育目標は、「互いに響き合う学校〜学び合う・認め合う・活かし合う」でした。そこで、職員室改革のビジョンを「響き合う教職員集団」と定めました。お互いのアイデアが響き合う空間を生み出すための第一歩として、断捨離も兼ねて職員室の大幅なレイアウト変更を行うことにしました。
大幅なレイアウト変更をしたものの疲労感でいっぱい
――大幅なレイアウト変更は、いつ頃、どのように行ったのでしょうか。周りの反応はいかがでしたか。
プロジェクトを立ち上げてから約1年後の2011年に行いました。構想・図面作成から作業計画などすべてをプロジェクトメンバーで練り上げ、作業日を設定し、教職員に協力してもらいながら誰のものかわからないパソコンや机などの整理、あちこちに露出していて雑然としていたLANケーブルの整備などを中心に、机の撤去や移動を行ったのです。
しかし、一通りの作業が終わった後、教職員から互いをねぎらう言葉が出ることはなかったように記憶しています。職員室全体がシーンとして、疲労感でいっぱいで、新しいレイアウトに違和感を感じている様子でした。
自分なりに無我夢中で取り組み、ビジョンを掲げて進めてきたつもりだったのですが、「何のために職場改革を行うのかがよくわからないまま、いろいろな作業をやらされている」という意識を拭いきれなかったのでしょう。「教職員みんなで職場環境を変えていこう」というムーブメントが職場全体に行き渡らず、思うような“結果”が得られませんでした。
「このまま職員室改革を続ける意味はあるの?」という意見も周りから出始めたりして、正直、「しんどいな。(プロジェクトを)やめるきっかけがあったらやめたいな」と思う時期もありました。
――“ピンチ”からどのように脱却されたのですか?
リーダーとしての責任感から自分一人で仕事を抱え込んでいた部分が多かったのですが、ふと周りを見てみると、前向きにアイデアを出す教職員の存在に気づいたのです。そんな教職員と対話を重ねるうちに、少しずつ自分の視野が広がっていきました。もう1つは、当時、「職員室改革の取り組みが珍しい」ということで取材や視察が多く、それらを自分一人で対応するのではなく、ほかの先生にも可能な範囲でお願いすることにしたのです。
先生たちが取材や視察に対応する様子を目にしながら、改めて「この先生はこういうふうに考えているんだ」と、先生の思いを客観的に知ることができ、大きな学びになりました。これを機に、皆さんの考えを吸収する努力をしようと思い始めてから、プロジェクトを進めていくことが楽しくなりました。
――学校全体で当事者意識が芽生え始め、コミュニケーションが活発になってきたのですね。
そうですね。ちょうどその頃、他校から“片付け方”が得意な先生が異動してきたのです。その先生が、自分の机の上に置いてあるものや引き出しにしまってあるものを付箋に書き出し、皆で対話しながら「何を個人持ちにして、何を皆で共有化すると働きやすいか」を考えていくワークショップを考案しました。これがとても好評で、職員室改革のモチベーションがさらに上がったと思います。
その後は、職員室で立ち会議ができるハイカウンターを置いたり、グループウェアを導入したり、情報を共有するためにホワイトボードを置いたりなど、さまざまなリノベーションを行いました。
富士見台小には8年在籍しましたが、異動が決まり、最後のレイアウト変更をしたときに、職員室の皆さんが大きな拍手でたたえ合っていたのが印象的です。この学校で「働く場改革から始める働き方改革」の種をまき、芽吹かせることができたのかもしれないと実感できた、うれしい瞬間でした。
まずは「職員室のモノや人の動きを観察すること」から
――職員室リノベーション、「初めの一歩」を踏み出すのに大切なことはどんなことですか?
まずは「職員室のモノや人の動きを観察すること」だと思います。そして、例えば「コピー機の場所が教職員から遠い」など、小さな課題を見つけたらそれを共有する人を見つけ、コピーの場所を移動すべく一緒にアクションを起こして実現してみる。モノの場所を移動し人の動線が変わることで新たな課題が出てくることが多いですが、その課題からまた新たな気づきや発見が生まれます。
2018年に日枝小に来た当初、非常勤の先生が使う机やいすが不足していたため、周りに働きかけて職員室内に非常勤の先生の机といすを設置しました。非常勤の先生方が退勤した後は、教職員のフリースペースとして活用しています。
また、事務室もなく、事務用品の収納スペースが限られていたため職員室の一角に壁面収納などを設け、たくさんの事務用品を「見える化」し、より探しやすくしました。
その後、事務室のスペースを校長室の一角に配置し、事務用品の収納スペースをこちらに移動。現在の事務室には皆さんに読んでほしい資料や書籍を丸形カウンターに置いた「ライブラリー」があります。もともとは前任の校長先生が設け、事務室設置とともに今の場所に移動になりました。前任の校長先生や先生方が本を置いていってくださり、冊数が増えました。それらを見ながら教職員同士で対話ができるようにしています。
また、職員室で行っていた、いつでも誰でも必要な書類を取り出しやすいようにする「ファイリングシステム」も、すでに教員の方が取り組んでおられたので、その方に声をかけて一緒に取り組ませてもらったのですが、とても楽しかったですね。今やり続けている学校の強みに気づき、それを発展的に生かしていくためのアプローチも大切だと思います。
学校事務職員にはファシリテーション能力も必要
――学校をよくしていくために、学校事務職員ができること、求められていることとはどんなことでしょうか。
学校事務職員の役割は、学ぶ環境や働く環境の維持保全や改善などを通し、教職員や子どもたちが主体的に対話を重ねながらさまざまなイノベーションを起こすための“土壌”をつくることだと思います。
また、学校事務職員は、市区町村から配分される学校予算を有効に活用するための財務の仕事が非常に大切です。自分が正解をつくるのではなく、教育の最前線にいる先生方や用務員、栄養士、養護教諭、学校司書など学校に関わるすべての人が「学校をよくするために何が必要なのか」について考える場をつくって予算について考えたいと思い、本校では、予算委員会を少人数のグループに分かれて対話を重ねるワークショップ形式で行っています。
少ない人数だと意見を出しやすいですし、リーダー的な存在の先生の意見に偏ることもなく、皆さんの意見を結集させることができます。実りのある対話を生み出すためにはファシリテーション能力が必要であり、ファシリテーション能力こそ学校事務職員に必要な資質なのではないかと考えています。
――学校事務職員は、“事務処理をする人”ではなく“学校をつくっていく人”なのですね。
日枝小では、昨年度から「研究デザイン部」が設置されています。
「研究デザイン部」は、校内の教職員による3つの研究委員会のリーダーが集まり、それぞれの取り組みを共有しながら学校経営に生かしていく目的でつくられました。
私はこの部でファシリテーター役を務めています。まずは教職員同士がお互いをわかり合い、ケアし合ったり強みを生かし合っていく土壌づくりが大切であると思います。そのような中、先日、自分について話すことによって自己を知り、相手の考えや気持ちを知る「自他理解ワーク」というワークショップを副校長が企画しました。ファシリテートを依頼されて、喜んで挑戦させていただきました。
ファリシテーションについては、まだまだ勉強中です。ファシリテートについて学ぶ中で、よきファシリテーターは、よりよい対話や会議への参加者になることができると知りました。校内で、誰もが“話を傾聴する風土” “安心して思いを言うことができる風土”が根付いて教職員同士の関係の質が向上することで、今まで以上に「生き生きとした学校」につながっていくのではないかと思います。
(企画・文:長島ともこ、撮影:大澤誠)