「失敗の経験者」が拓く学校改革の道

公立小学校教員を10年間務めた後、2023年度より全国の学校で伴走型支援を始め、年間約200校もの学校現場のさまざまな課題に寄り添う大野大輔氏。

大野大輔(おおの・だいすけ)
組織開発コンサルタント、研修デザイナー
1991年生まれ。東京の公立小学校に10年間勤務。2023年度より先生の幸せ研究所に転職。全国の学校、園で改革の研修を中心とした伴走型支援に尽力。企業の教育アドバイザーや組織開発コンサルタントも兼務。鎌倉市学習者中心の学び推進参与。立命館宇治中学校・高等学校DXハイスクール運営指導委員。東京都板橋区立板橋第十小学校CS委員。メンタルヘルス不調の予防を目指すBANSO-COによる人材開発研修のスーパーバイザー。教育雑誌・新聞へ多数寄稿。Podcast「ほぼ教育最前線 あなたにかわって、私が聞きます。」パーソナリティ。「今日が楽しく、明日が待たれる学校」であふれる社会をつくるために活動中。著書に『研修リデザイン』(教育開発研究所)がある

「一人ひとりが自ら成長し続ける組織に」「『まずやってみる!』が当たり前の組織に」など、それぞれの学校の実情に即した変革を後押しし、よりよい風土づくりを実現させ、学校以外に教育委員会、地域、一般企業に至るまで多岐にわたる活動を展開している。

一見すると輝かしい「改革の立役者」として映るかもしれないが、大野氏は「私自身は改革のカリスマでも、大きな成功を成し遂げているわけではありません」と言う。

「教員時代、数多くの失敗を重ねてきました。勤務校をよりよくしていきたいという思いで進めた取り組みが、職場の同僚との間に摩擦を生み対立に発展してしまったり、子どもたちのためによいと信じて学校として実行したことが、プロセスが適切でなかったため保護者や地域の方に反発を招いてしまったり。子どもたちファーストを優先しすぎた結果、教職員など大人への負担が増えてしまったこともありました。

これらの失敗の経験こそが、現在従事している『伴走者』という、学校の改革を支援する仕事において大きな意味を持っていると感じています。失敗の痛みを知っているからこそ、学校現場で奮闘する先生方の苦悩や葛藤に共感し寄り添うことができますし、『このような手順を踏むと、以前の私のように困難な状況に陥る可能性があります』といった具体的な助言や提案ができるのです。これが伴走者としての自身の強みであり、アイデンティティであると考えています」(大野氏、以下同じ)

研修が変われば学校が変わる

大野氏は、著書『研修リデザイン』において、「研修が変われば学校が(よく)変わる」と説いている。なぜ、研修が変われば学校が変わるのだろうか。大野氏は、学校で起きるさまざまな問題や課題は、突き詰めると2つの要素に辿り着くと言う。1つ目は、「思考のコリ」だ。

「これは、先生方の仕事量が物理的に多すぎるなどの要因により、『どうせやっても無駄だ』といったネガティブな固定観念を指します。例えば、ある学校では『校内研究への意欲が低い』という課題がありましたが、紐解いて行くと、先生方の日々の仕事量が膨大で新しいことへ取り組む余裕がまったくない状態であることがわかりました。このような状況では、管理職の先生がいくら『校内研究への意欲を持ってほしい』と望んでも実現が難しいのは当然です」

2つ目は、「関係のコリ」だ。

「これは、職場の人間関係が原因で、意見が出しにくかったり、協力体制がうまく機能しなかったりする状態を指します。『何か新しいことを提案しても、どうせみんなやらない』といったあきらめの感情や、職員会議で特定の人が反対し続けることにより、ほかの人が発言をためらうような状況などが挙げられます」

これらのコリを解消するカギが、「研修のリデザイン(再構築)」にあるという。「リデザイン」とは、「目的の問い直しをすることで、手段の再構築をする営み」を表す。

「例えば、先ほど申し上げた校内研究の意欲が低いある学校では、まず管理職と研究主任の先生と共に、先生方の日々の業務を見直しました。すると、先生方の負担が非常に大きいことがわかりました。そこで、本当に必要な業務に焦点を絞りほかの業務は削減する方針を打ち出しつつ、研修で『どのような学校にしたいか』を改めて明確にするようにしました。このように思考のコリをほぐした結果、先生方の関心が高い『子どもが主語の学びの実現』というシンプルでわかりやすい目標ができ、前向きに授業改善に取り組むことができるようになりました」

大野氏は続ける。

「また、『(業務改善などの)提案がしにくい』といった問題の根底に、職場の人間関係の凝り固まりが存在するケースもあります。このような場合は、単に『専門家を招いて話を聞く』といった一方向の研修ではなく、先生方がお互いに対話し、安心して意見を出し合えるような研修の場を設けます。それにより関係のコリがほぐれ、建設的な議論や新たなアイデアを出しやすい空気が生まれ、学校全体の改革を後押しする力となります」

研修は単に「知識を学ぶ場」ではなく、学校の課題の根本原因である「思考のコリ」や「人間関係のコリ」を解消し、学校改革を推進するためのトリガー(引き金)となる重要な場である、ということだ。

組織改革の出発点「誰も悪くない」と言うマインドセット

大野氏の活動の核となるのは、「誰も悪くない」という哲学だ。

「残業で大変な思いをしている方がたくさんいたとしても、それは個人の責任ではありません。組織内で対立が生じているように見えても、それは特定の誰かのせいではないのです」

個人の責任や特定の誰かのせいにするのではなく、組織全体の問題として捉えるべきだと大野氏は強調する。しかし、多くの現場ではその逆の状況が見られるという。

「残念ながら、私が多くの学校に入って感じるのは、『誰が悪いんだ?』という犯人探しが始まりがちだということです。『◉◉が何もしない』『△▲に伝えているのに動かない』といった声を聞くことも少なくありません。しかしそう考えてしまうと、問題はいつまで経っても解決しません」

こうした状況を打開するために、大野氏は相手の背景にまで踏み込む姿勢を提案する。

「『なぜその先生は、そう振る舞うのだろう?』『どんな不安や心配があるのだろう?』と思いを馳せ、『何か心配なことがあれば、一緒に考えさせてください』と寄り添う姿勢が大切なのではないでしょうか。そこには何かしらの原因があるはずですから」

問題の根っこは「人」ではなく、「組織の仕組みや文化」にあると捉えるということだ。

3つのフェーズで実現する学校改革

大野氏の伴走は、単なる指導やアドバイスにとどまらず、学校が自律して変革を進められるようになることを目指している。

「学校への伴走回数は多くても年間3回と設定し、『提案』『実行』『仕組み化』の3つのフェーズで伴走します。『提案』では、学校の課題の根本原因を探り、新しい取り組みを組織に提案する際のリスクを分かち合い、キックオフワークショップなどを開催して一歩を踏み出すお手伝いをします。『実行』では、出されたアイデアを現実にしていくため、システム構築を一緒に行うなど具体的なプロセスを支援します。『仕組み化』では、実行した取り組みを単発で終わらせず、組織に仕組み化し、学校が自走できるようにします。

このフェーズでは、次年度に向けての計画を立てたり、継続的な改善の仕組みを構築したりなどを通して私のサポートなしでも継続できるよう、自走を促します。ここを乗り越えれば伴走は完了です」

大切なのは、研修後も学校が自立して変革を進められること。そのため教員自身が学校の課題の根本原因を探りアイデアを出す。そのアイデアを実現するための具体的なプロセスを支援するのが大野氏の役割だ

伴走において最も大切にしているのは、「私が関わることよりも、学校が自力で問題を解決し、自律的に成長できるようになり、最終的に私が学校にとって不要になることこそが、最高の状態である」という考え方だ。

これまで伴走する中で、それぞれの学校がそれぞれの状況に合わせて研修をリデザインした結果、持続可能な校内研究が実現したり、教職員が協働的に高め合える文化の創出がなされたり、さらには教職員全員で教育の質を高めるための業務改善が実現したりと、まさに「奇跡」と呼びたくなるような変化を数え切れないほど見てきたという。

学校が自走できるようになれば、研修をリデザインした後も自分たちで業務を見直し改善するという取り組みが持続的に行われるようになるという

誰もがチェンジメーカーになれる

学校をよく変えるためには、大野氏のような外部の伴走者の存在が不可欠なのだろうか。「いいえ、そんなことはありません」と、大野氏は言う。

「私のような関わり方は、あくまでも1つのアプローチにすぎません。これまで私が見てきただけでも、学校をよくする学校をより良くする役割を担う人々は、大きく分けて5つあります」

その人々とは、管理職やミドルリーダーをはじめとする先生、事務職員や養護の先生、教育委員会、そして大野氏のような外部の専門家だ。

「さらに、地域と学校をつなぐコミュニティ・スクール(CS)関係者や、PTAなど保護者の方々が改革のきっかけを作った事例も見てきました。学校に関わる誰もがチェンジメーカーになれると確信しています」

教員がチェンジメーカーとなる場合、最も重要な役割を担うのが、管理職だ。

大野氏は、管理職に大切なのは、「あえて弱みをみせ、ミドルリーダーを中心に周りの教職員を頼ること」と語る。

「『実は今、業務改善を進めたいのだけど、どうしていいかわからなくて。何かよいアイデアないかな?』など、ミドルリーダーを頼る姿勢が大切です。加えて、『こういう学校にしていこう』という方向性を示しつつ、例えばベテランの先生には『これまで教育を守ってきてくれた皆さんに頼りたい』、ICTに強い先生には『ぜひICT活用について助けてほしい』など、それぞれの経験や強みを活かす働きかけが大切だと思います」

現場と管理職の橋渡し役でもあるミドルリーダーについては、「管理職との対話を最も重視してほしいです」と語る。

「管理職が示した学校経営方針を理解した上で、『その経営方針をもとに、私はこれを実現したいんです』というように、管理職の視座に立って対話することが、建設的な関係を築く上で不可欠だと思います。また、ミドルリーダー同士のつながりもとても大切です。ミドルリーダー同士が連携しながら動き、管理職と対話し、そして若手などにも伝えていくつなぎ役となることで、改革のスピードが格段に上がることが多いです」

そして、若手の教員は、小さな一歩から始めることの重要性を説く。

「いきなり職員会議で真っ向勝負するのではなく、立ち話でも良いので『もっと楽しい運動会にするにはどうしたらいいですかね?』など、裁量権のあるミドルリーダーと対話したり相談したりすることから始めると良いと思います。実際に、このような初任者の声がミドルリーダーを動かし、その学校の運動会が変わったケースもあリます」

学校改革を持続させる3つの重要要素

学校改革がその年度にうまくいっても、改革のキーパーソンの異動などにより後戻りしてしまうケースは少なくない。しかし、大野氏はこの「後戻り」を防ぎ、改革を持続させるためには3つの重要な要素があると指摘する。

1つ目の要素は、「改革を一時的なものにしないために、一部の人が主導するのではなく教職員全員が当事者意識を持つこと」だ。

「『みんなで話し合い、アイデアを出し合い、試すことを決めて実行する』というプロセスを通じて多くの人を巻き込むことが成功のカギとなります」

日々の忙しさの中で、全員が当事者意識を持つことは難しいと感じるかもしれない。しかし大野氏は、そうした「ネガティブな感情や違和感」こそが、現状を変える大きなチャンスだと捉える。

「例えば『なぜこんなに会議が長引くのか』といったモヤモヤは、『どうしたら働き方が進むのだろう』『私に何ができるのだろう』という課題に置き換えることができます。この『課題に置き換える』という作業こそが、当事者意識を生み出します。そしてその課題を対話の場で話し合うことで、みんなで解決すべき具体的な課題へと変わっていくのです」

2つ目に大切なのは、「改革の過程やフローを言語化し、記録し、振り返ることを仕組み化すること」だという。

「どのような話し合いを経てどのような試行が行われ、どのような結果が得られたのかを明確に残すことで、過去の取り組みが可視化され、異動してきた人でもこれまでの経緯を理解しやすくなり、また『よりよい学校にするために毎年考え続ける』というサイクルが定着しやすくなります」

そして、教員の異動が多い学校現場において、改革を持続させる上で非常に有効なのが、地域との連携だ。

「地域の方が学校の取り組みやプロセスを理解し関わることで、学校の改革はより強固なものになります。そのためにも、CSの活動などを通して学校改革に地域の方を巻き込み、地域との協働を強化することが大切です。例えば、校長が交代しても地域が学校の変革の歴史を知っていれば急な方針転換が起こりにくく、改革の継続性を守ることができるでしょう」

今こそ必要なのは「創造的余白」

教員の長時間労働、精神疾患の増加、教員不足。「疲弊している」と言われて久しい学校現場で今こそ必要なのが、「創造的余白」であるという大野氏。

「創造的余白とは、新しいアイデアや価値を生み出すために意図的に残された空間やゆとりを指します。真面目な先生が多い日本の学校現場では、多忙さの中で余白が失われがちです。この余白をネガティブなものとして捉えるのではなく、業務改善を進めるなどして『創造的余白』を作り出し、先生方がリフレッシュし新たな価値を生み出すための時間として有効に使うことが、先生方の心身の健康と、教育活動の質の向上に直結すると考えています。

教育委員会にできることである公助の改革、学校にできることである共助の改革、一人ひとりにできることである自助の改革。今こそ、それぞれが動いていくことでこの『創造的余白』をうみだしていくために、私も伴走にさらに力を入れていきたいですね」

大野氏は続ける。

「何かを変えたいけれど、どこから手をつけていいかわからない。そんな時はまず、『もっと教材研究の時間が欲しい』『子どもたちともっと深く関わる時間があったらいいのに』など、自身の本音を素直に表現することから始めるとよいと思います。

心からの願いや小さな不満でも構いません。勇気を出して本音を打ち明けることで、『私もそう思ってた!』と共感してくれる仲間が見つかるかもしれません。最初は小さな共感からでも、それがやがて『みんなで働き方を良くしていこう』という大きな動きにつながる可能性を秘めています」

さらに効果的なのが、「パラドックス・クエスチョン(矛盾した問い)」を投げかけることだという。

「例えば、働き方改革について話す際に、『質を落とさずに、みんなの余白を生み出すにはどうしたらいいのだろう?』といった矛盾する2つの要素を織り交ぜた問いを投げかけるとします。解決が難しそうな問いをオープンな場で共有することで、周囲の人は『確かに、どうやったらできるんだろう?』と考え始め、2項対立にならず自然と建設的な議論やアイデアが生まれることもあります。このような問いから、探究のプロジェクトが始まることも少なくありません。一教職員の素直な一言、とくに矛盾を含んだ問いかけが、組織全体の変化を促す大きな一歩となることもあります」

大野氏が語る「研修リデザイン」と「誰も悪くない」というマインドセットは、学校が抱える課題解決への新たな道を示している。教職員の小さな一言から始まる「問い」が、「今日が楽しく、明日が待たれる学校」へと導くきっかけとなるはずだ。

(企画・文:長島ともこ、写真:大野氏提供)