高校生の支援、始まりは「中途退学者のリアルな声」を聞く調査
家族に代わって幼い弟や妹の世話をしている。家計を支えるために働いて、障害や病気のある家族を助けている。病気の家族の看病や見守り、身の回りの世話をしている。アルコールやギャンブルなどの問題を抱えた家族の対応をしている──。こうした大人が担うような家族のケアをしている18歳未満の子どものことを「ヤングケアラー」と呼ぶ。
文部科学省が厚生労働省と行った「ヤングケアラーの実態に関する調査研究」(2021年4月発表)によれば、世話をしている家族が「いる」と答えた中学2年生は5.7%、全日制高校2年生は4.1%。それぞれ約17人に1人、約24人に1人がヤングケアラーというわけだ。彼らが世話をする相手を見ると、最も多いのが「きょうだい」で、2番目が親、3番目が祖父母となっている。
全日制高校2年生では、「世話をしているために、やりたいけれどできていないこと」という質問に対して「特にない」(52.1%)という回答が最多だったものの、「自分の時間が取れない」(16.6%)、「宿題をする時間や勉強する時間が取れない」(13%)という回答が続く。
こうした実態を受け、国も21年6月の閣議決定で、ヤングケアラーの早期発見や支援策の推進、社会的認知向上に取り組むとする方針を表明。自治体も支援に関する条例を定めたり、スクールソーシャルワーカー(以下、SSW)を増員したり、それぞれ対応に動き始めている。
東京都も支援を強化している。その取り組みの1つが、「ユースソーシャルワーカー」(以下、YSW)を通じた、高校生のヤングケアラー支援だ。YSWとは、東京都が独自に定義する専門職である。
実は、東京都がYSWを採用し始めたのは16年度のこと。きっかけは12年度に行った「都立高校中途退学者等追跡調査」にあるという。東京都教育庁 地域教育支援部 生涯学習課 主任社会教育主事の梶野光信氏は次のように説明する。
「文科省が毎年実施する『児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果』にも、中途退学(以下、中退)者に関する報告がありますが、ここから当事者のリアルな声を拾うのは難しいと感じていました。そこで、都立高校の中退者を対象に調査を行い、当事者が入学前から在学中、中退後に何をどう感じたのか把握することにしたのです」
調査前は「学校への不満が多く寄せられるのでは」と予想していたが、結果はまったく違っていた。中退の理由で最も多かったのは「遅刻や欠席が多く進級できそうになかった」、その次がメンタルの問題だったという。「一昔前のように問題行動や非行などを理由に辞めるケースが少なかったのです」と、梶野氏は言う。
「もう1つ特徴的だったのは、中退後に後悔した人、周りを見て『このままではまずい』と感じている人が少なくなかったことです。その人たちが次に前向きな行動に出るまでに要した時間は平均5.6カ月でした。こうした調査結果から、不登校や中退を未然に防ぎながら、中退後も本人が『何とかしたい』と考えたときに手を差し伸べられる仕組みが必要だと考えたのです」
「自立と福祉」の両面から支援、中退後も相談に対応
そこで誕生したのが、「自立支援チーム派遣事業」だ。これは、都立学校(主に都立高校)を対象にYSWを派遣し、生徒に対してきめ細かな相談対応を行い、社会的自立や職業的自立を促すというもの。SSWではなく、YSWと命名した理由について梶野氏はこう語る。
「高校は小中学校と違って、卒業後に進学する子もいれば就職する子もいます。そのためこの職務には、若者の主体的な自立を支援する『ユースワーカー』の機能と、生活や家庭などの諸問題の解決と軽減を図る『ソーシャルワーカー』の機能の両方が必要だと考え、YSWと名付けたのです」
こうした意図から、福祉系(社会福祉士や精神保健福祉士)または就労系(キャリアコンサルティング技能士など)の資格を持つYSWを、会計年度任用職員として採用している。現在、梶野氏の部署に54名が在籍している。
「生徒の求める支援の内容に応じ、各YSWの専門性を生かしてチームで対応しています。不登校や中退など課題が顕著な都立学校を指定し、定期的に派遣する『継続派遣』を40校・52課程で実施。加えて、継続派遣校を除くすべての学校を対象に、学校からの要請を受けて派遣する『要請派遣』も実施しており、2021年度は37校・55ケースに要請派遣を行いました」
さらに、高校中退から2年以内を目安に、本人の希望があった際はYSWが支援する体制となっている。そのことを伝えるため、中退時には高校の教職員を通じて、相談窓口を記載した「YSWカード」を渡すようにしている。
その結果、「一緒にハローワークに行ってほしい」「高卒認定の勉強がしたい」といった相談がこの7年間で200件ほど寄せられた。「本人が何とかしようと思ったときは支援が成功しやすい」と梶野氏は話す。
専用相談窓口の新設や研修で「教職員の対応力」向上へ
高校生の不登校や中退を未然に防ぎ、中退後も学びや仕事などとつなげる役割を果たしてきた東京都のYSW。2021年度からは、YSWの支援項目にヤングケアラー支援も追加した。
「東京都では22年4月に部局横断で子どもの課題に対応する『子供政策連携室』を立ち上げ、取り組みの柱の1つにヤングケアラー対策を掲げています。われわれ教育庁としては、主に福祉保健局と連携し、学校で早期に見つけて福祉につなぐことが重要だと考えています。ヤングケアラーの子の家庭が抱える問題を解決し、学習しやすい環境をつくっていきたい。その『見つけてつなぐ』を担うのが、都立学校ではYSWというわけです」
実際、YSWが生徒の出席状況や成績の悪化の原因を探っていくうちに、家族の病気や死別などの生活課題からケアを担っていることが見えてくるケースは少なくないという。遅刻や欠席、成績不振を単に「やる気がないだけ」と判断してしまうと、その子は学校を去っていくことにもなりかねないと梶野氏は指摘する。
「支援する必要がある子には、個別に丁寧に関わっていく必要があります。そして、それは先生がすべて背負う課題ではありません。地域コミュニティーが崩壊した今、親でも先生でもない第三者が悩みを把握し、励ます人が必要です。それがSC(スクールカウンセラー)やSSW、そしてYSWなのです」
一方で、「見つけてつなぐ」に当たって、学校の意識も重要なカギになるという。そのため、東京都は22年6月、ヤングケアラー支援における学校の役割などをまとめた「教職員向けデジタルリーフレット」を作成して都内学校の教職員に周知。また、福祉系のYSWが教職員の相談に乗る「ヤングケアラー専用相談ダイヤル」という窓口も設置した。
こうした教職員の対応力向上に向けた取り組みを始めてから、「ヤングケアラーについて研修をしてほしい」という要望が中学や高校の校長会などから複数寄せられるようになったという。
「先日も中堅の都立校からの依頼でヤングケアラーについて話をしてきましたが、研修後に『ヤングケアラーと思われる事例について相談したい』という先生の列ができました。電話相談はまだ20件ほどですが、『成績が落ちた生徒に聞き取りを行ったところ、家庭に課題がありそうだ』という進学校からの相談が多いです。これまでYSWはいわゆる進路多様校や教育困難校からの支援要請が多かったのですが、ヤングケアラーの問題に関しては中堅校や進学校からの相談が増えており、困難を抱えている生徒はどの学校にも存在するという実態が浮き彫りになってきています」
高校生には当事者の気持ちを尊重した「慎重な支援」が必要
とくに高校生には、慎重な支援が必要だと梶野氏は言う。小学生なら行動や身なりから担任が異変を察知しやすく声がけも有効となるが、年齢が上がるほど簡単にはいかなくなるからだ。「先生や友達には知られたくない」「学校ではヤングケアラーであることを忘れられる」という当事者の声が少なくないのだという。
「支援をありがたいと感じる子もいれば、お節介だと感じる子もいるのです。関わり方によっては『心の中に土足で踏み込まれた』と捉えられてしまう可能性もあるのが難しいところ。YSWはそんな当事者の気持ちや利益を尊重したうえで、慎重な支援を心がけています。また、親や先生と同じものの見方をしない点も大切にしており、実際、『先生には言えないこともYSWには言える』と学校に来る子もいます。どんな生徒も包み込む、YSWのような第三者が校内にいることはとても重要だと考えています」
梶野氏は今後、YSWを通じて、より生徒たちのSOSを察知できる仕組みをつくり上げていきたいと語る。
「すでに八王子拓真高校でYSWが校内カフェを運営しており、不登校の子が学校に通えるようになったケースも。生徒がいつでもSOSを発信できる居場所を校内につくりたいです。高校生になると、友達の力を借りて乗り越えられることもあるので、居場所のグループダイナミクスで生徒たちの力も引き出せたらいいですね。放課後に校内を巡回して生徒に話しかけるなど、潜在的な悩みをすくい上げていくような動きも強化したいです。また、日本経済の悪化が深刻化した場合には、就労系YSWへの支援要請も増えることが予想されますが、その際もしっかり対応できるようにしておきたいと考えています」
高校生の実態を踏まえて、その主体性を大切にしながらきめ細かく相談や支援を行ってきたYSW。その視点は、早期発見と丁寧な対応が必要となるヤングケアラー支援を考えるうえで、学ぶところが多いのではないだろうか。
(文:吉田渓、注記のない写真:Fast&Slow/PIXTA)