PTAの全国組織を新たに設立した背景とは
多くの保護者が関わる、子どもが通う学校のPTA。各小学校・中学校のPTAを束ねる全国組織として「公益社団法人 日本PTA全国協議会」(以下、日P)の存在が知られているが、2023年1月、新たな全国組織が誕生した。「一般社団法人 全国PTA連絡協議会」だ。
さかのぼること2022年6月。東京都の一部の小学校PTAが所属する「東京都小学校PTA協議会」(以下、都小P)は、2022年度総会において、日Pから2023年3月末をもって退会する方針を決めた。
「日Pは全国大会の運営に力点を置き、PTAの全国組織として各地域のPTA活動を下支えしているように感じられない。いったんつながりを切ることで、自分たちの活動をできるだけシンプルにしたい」という理由からだ。
その後、都小Pは2023年1月に「東京都PTA協議会」(以下、都P)と名称を変更。4月には会員・非会員の区別や会費をなくして、都内すべての小学校と一部の中学校PTAを事業の対象とした。IT支援、運営支援を通して各校PTA、各地区PTA連合・協議会(以下、P連)とフラットな形でつながるなどの抜本的な改革を行い新たなスタートを切った。
一般社団法人 全国PTA連絡協議会(以下、全P)代表理事の長谷川浩章氏は、前述した都小P役員の一人だった。
「都小P役員時代、コロナ禍もあり、これまでのPTAのあり方を見直し市区町村のP連や各校PTAから求められる活動をしていこうと考えました。道府県のP連など上部団体から退会する市区町村のP連が全国的に増え続ける中、実際に退会した全国各地のP連と、『なぜ退会したのか』『退会後はどのような運営を行っているのか』『退会後の課題は何か』などについて、意見交換を行いました」(長谷川氏、以下同じ)
上部組織を退会したことにより、確かに、会費納入や会議・イベント参加などの負担は減った。しかしその一方で、「外からの情報が入りにくくなり、ややもすると“井の中の蛙”のような組織になるリスクがある」「ITの導入など事業内容のアップデートの機会が得られにくい状況に陥りやすい」などの課題が浮かび上がったという。
「日Pを退会することが決まった私たち都小Pも、今後同じような立ち位置に置かれるわけです。そうなったときのよりどころとして、上部団体から自立して運営をするPTA団体が、フラットにつながることのできる全国組織を新たに立ち上げることはできないだろうかと、設立準備を始めました」
代表理事の長谷川氏以下、理事は都P会長の岡部健作氏、神奈川県在住の関澤美香氏、監事は都P副会長の佐瀬洋行氏。執行部は4名で、「日Pからの退会→都Pへの改革」の中枢メンバーが名を連ねる。
「上部団体のあり方に疑問を呈し、実行に移すことができたこのメンバーと力を合わせれば実現できるのではないか。全国のPTAを新しい形で下支えしていく団体を作るのなら、今しかないと思いました」
「階層的」ではなく「フラット」、日Pとの相違点
すでに存在するPTAの全国組織である日Pとの違いは何か。
「日Pは、日Pを頂点として道府県P連、市区町村郡のP連とつながる階層的な組織ですが、私たちは、P連や各校のPTAとフラットにつながる組織。道府県P連の代表が理事につらなる日Pとは、執行体制からして異なります。
さらに、会員のP連・PTAから会費もいただきませんし、研修会やイベントなどへの動員も想定していません。イベントは会員以外でも参加でき、オンライン形式で開催しています」
全Pの会員対象は、全国の幼小中高すべてのPTAで、
・日Pの非会員
・道府県P連の非会員または休会中の市区町村郡P連など
・市区町村郡P連の非会員または休会中の各校PTA
とされている。
また、「会員団体」ではなく「サービス提供団体」として位置づけ、2023年4月現在、会員数は都Pのサービス提供団体1299団体、奈良市P連に加入する81団体で、合計1380団体。上部団体からの退会・休会を検討中のP連・各校PTAからの問い合わせにも随時対応しているという。
P連・各校PTAのアップデートのきっかけに
全Pの主な事業の1つが、P連・各校PTAの情報共有のインフラをつくることだ。
「子どもたちのすこやかな成長のためには、学校と保護者の連携は不可欠であり、PTAは子どもたちに必要な組織であると考えています。PTAは70年以上もの歴史をもつ団体ですが、時代は変わり、前例踏襲すべきことと、見直すべきことを話し合う機会を持つことや、その過程から生まれる学びが重要です。
活動自体を見える化し、柔軟性を併せ持つ組織だからこそ、多様な人が参加しやすくなると考えます。しかし、『従来の事業をやらなきゃいけない』『その事業が何のためかよくわからない。でも事業は続けないといけない』などの声があちこちから聞こえてきます」と、長谷川氏は言う。
さらに、「そもそもPTAは入退会自由の任意団体であるのに、任意加入制についての説明、入会の意思確認が行われていない状態が続くなど、スタートラインに立てていないケースも見受けられます。私たちが考えるPTAのあるべき姿は、これらの課題を含め会員同士でていねいに話し合いの場をもち、学校や地域の実情を反映しながら活動をアップデートさせていくこと。
ホームページに、全Pが考えるPTAやP連のあり方をはじめ、任意加入や入会意思確認のノウハウ、テンプレート、PTA未加入者への対応、各地のP連の運営情報などの情報共有を行うことで、そのきっかけをつくる団体でありたいと考えています」
PTA運営支援、IT活用支援などのサービスを提供
もう1つの事業が、使いやすいサービスの提供である。PTA運営支援、PTAにおけるIT利活用支援、オンラインによるミニセミナー・情報交換会の開催などだ。
PTA運営支援では、会員登録済み都道府県P連や市区町村郡P連に対し、全Pで契約するメールサーバーおよびドメインによる「PTAメールアカウント」提供サービスを開始している。
各企業との連携により、パソコンをはじめとしたICT、機器のリース・レンタル、PTA会費のコンビニ決済、クレジットカード決済サービスも導入。これらは全P会員登録の有無にかかわらず、幼小中高すべてのPTAで利用が可能だという。
全Pではオンライン会議の導入を推奨している。登録した団体に対し、Zoomライセンス事業を展開。Zoom社の協力のもと、個人名での契約やカード決済を不要としたうえ、利用料の一部助成事業も行っている。
さらに、PTA室でのインターネット環境の改善のため、複数の企業と協力し、任意団体でも契約できるプランの提供を開始している。テザリング機能を利用したスマホと、専用機による Wi-Fiルータープランの2種類の選択肢を展開。
こちらは全P会員登録の有無にかかわらず、幼小中高すべてのPTAで利用が可能だ。「スマホプランは、2023年12月現在、全国で17の都道府県P連・PTAに利用していただいています」。
ITツールの利活用、個人情報保護対策、PTA会費の集金、任意加入制などをテーマとしたオンラインミニセミナーや情報交換会も月に1度のペースで開催。事前申し込み制(無料)で全P会員登録の有無にかかわらず参加でき、全国からさまざまなPTA関係者がオンライン上で情報共有を行っているという。
全Pには会費収入がないため、これらの事業の原資が気になるところだが、「私たちは、物や人を動かしているわけではなく、全国のPTAに必要とされているサービスを考え、その情報を提供・コーディネートしています。ですから、多額な資金は必要ないのです。通信費や交通費、ホームページの運用などにかかる費用は、企業との連携による協賛金や手数料などでまかなえると考えています」。
24年度は補償制度の整備を
「PTAの全国組織として、今後は、SNSによる発信などにも力を入れ私たち全Pの存在をより多くの皆さんに知っていただきたいと思っています。会員数を増やしていくことはもちろん大切なのですが、まずは私たちの思いや取り組みをご理解いただき、必要なサービスを使っていただくことで、全国のP連・各校のPTAが元気に活動するサポートをしていきたいですね」と語る長谷川氏。
2024年度は、保護者向けに「園児・児童・生徒総合補償制度」、P連・各校PTA向けに「PTA補償制度」「個人情報漏えい補償制度の整備」を開始するという。
「私たちの願いは、PTA活動が本来の機能を発揮し、子どもたちの教育環境が豊かになることです。そのために、次のステップとしては、全国のPTA、保護者や教員を対象とした意識調査を行い、現状の課題を認識して社会全体で共有し、課題解決に取り組めるよう社会や行政に対して発信していける団体として成長していきたいと思います」
近年、奈良市、松山市、高知市などのP連が、県P連など上部団体を退会して自立的な活動を行う動きが相次いでいる。2023年3月には前述した都小Pの日P退会に続き、12月に埼玉県さいたま市PTA協議会も、本年度末に日Pを退会することが理事会で決議された。
各校PTAについても、個人情報の取り扱いや任意加入制についての認識が改められる中、対応が進まないPTAも見受けられる。さらには、「本人の同意のないまま給料からPTA会費が天引きされていた」と、教員が校長とPTA会長に会費の返還を求める訴訟を起こすなど、PTAをめぐる弊害も起きている。
P連・PTAをめぐるこれらの課題を解決し、時代に合った「求められるPTA活動」に近づくため、情報の共有やIT導入支援、PTA運営支援などを行う全P。新しい視点でこれからのPTAを定義するプラットフォームとしての全Pの今後に期待したい。
(企画・文:長島ともこ、注記のない写真:Luce / PIXTA)