計算ドリル好き、ドリフ好きが高じて「数学教師芸人」の道へ

——タカタ先生は、お笑い芸人と数学教師の二刀流で活躍されています。算数が好きになったきっかけと、これまでの道のりについて教えてください。

電気エンジニアの父、専業主婦の母という家庭環境で、幼稚園の頃、自宅にあった計算ドリルに熱中しまして。母に「いつまでやってるの!」と叱られるくらい、時間を忘れて問題を解き続けていました。今思うと、あの日々がきっかけで算数が好きになったと思います。小学生になると、父が撮りためていたザ・ドリフターズのコントに熱中し、お笑い好きにもなりました。

当時の将来の夢は、数学教師かお笑い芸人。広島県にある中高一貫の男子校・広島学院を卒業し、東京学芸大学教育学部数学科に進学しました。中学・高校の数学教員免許を取得し夢だった数学教師になったのですが、生徒との関係がうまくいかず1年で退職、もう1つの夢だったお笑い芸人になるため吉本興業の養成所に入り、吉本所属の芸人になりました。

その後結婚し、家計を支えるためにも吉本芸人と数学教員の二刀流で活動を始めたのが2012年。「数学教師芸人・タカタ先生」が誕生しました。

——YouTubeによる活動は、いつ頃からどのように始めたのですか?

【パプリカ 替え歌 九九のうた】米津玄師のパプリカにあわせて九九のうたつくってみた
(©️YouTubeチャンネル「世界一楽しい&分かりやすい数学授業 byタカタ先生」)

教員時代から、授業で理解が追いつかない生徒のために、その日の授業内容をYouTubeで公開していました。授業では伝えきれなかった裏技や難しい問題の解説なども動画に盛り込み、生徒からの反応もよかったですね。

その後2013年に、小・中学生向けのYouTubeチャンネル「世界一楽しい&分かりやすい数学授業 byタカタ先生」を開設しました。白シャツと赤ベスト、数字の9をかたどった「九九メガネ」という現在のいでたちが確立したのもこの頃です。

——You Tubeやオンライン授業がまだ一般的ではなかった頃から活動していたのですね。

そうですね。活動を続ける中でYouTubeやオンライン授業の可能性を感じ、当時非常勤講師として勤めていた学校に、学校の授業をYouTubeで公開する提案をしました。しかし「前例がないので難しい」と却下されたのです。

ならば、自分なりにYouTubeやオンライン授業を追求していこうとその学校を辞め、中学生の勉強応援YouTubeチャンネル「スタフリ」の立ち上げメンバーとなり、大阪の撮影スタジオに1年間寝泊まりしながら中学数学の授業動画を500本撮影しました。

そのタイミングでコロナ禍になり、オンラインの需要が爆発的に増え始め、全国のたくさんの子どもたちにYou Tube動画を観てもらったり、オンライン授業に参加してもらったりするようになりました。

YouTube動画では、授業者の「動き」や「前振り」で工夫を

——YouTube動画制作において、視聴する子どもたちに理解を深めてもらうために工夫していること、大切にしていることを教えてください。

タカタ先生
数学教師芸人、日本お笑い数学協会会長
1982年生まれ。東京学芸大学教育学部数学科卒業。お笑い芸人と数学教師の二刀流で活躍中。2016年に「日本お笑い数学協会(JOMA)」を設立し、会長に就任。著書に『小学生のためのバク速!計算教室』(フォレスト出版)、『フェルミ推定で身につける課題解決の技術』(ナツメ社)など。日本テセレーションデザイン協会が考案したT3パズルのワークショップ講師も務める。毎週水曜日『タカタ先生の算数わくわく探検隊』で全国の子どもたちにオンライン授業を行っている

デジタルネイティブの子どもたちは、良い悪いは別にして、短い時間でテンポよく構成されるTikTokなどの動画をあびるように見ています。

そんな子どもたちに飽きずに集中してもらえるよう、高めのテンション、子どもたちが理解できる範囲でちょっと早口で話すことを心がけています。授業者である僕の動きも、左右だけでなく前後に動いたり時には飛び跳ねたり。観る人をひきつける工夫を施すことを常に意識しています。

それから、「前振り」ですね。例えば、評判のレストランに行ったとき、席にすわった途端いきなり料理を出されたら、おいしく味わえないですよね。お店の雰囲気やウエイターさんの笑顔、おもてなしがあってはじめて「おいしい」「楽しい」となるじゃないですか。

授業は基本的に、子どもたちが未知のものについて伝えるものですが、冒頭から知らないことをいきなり話されても受け取りづらいもの。子どもたちがすでに知っていることを最初に出してそれと比較したり、並べたりしながら新しいことを伝えていく、「既知」と「未知」を結びつけることを意識しています。単発の知識は抜け落ちやすいですが、知識をつなぎ合わせていくとそれが網目になって、こぼれ落ちにくくなりますから。

——そのような工夫は、学校の先生方も応用できそうですね。

そうですね。あとは、先生が自分自身のあり方を見つめ、子どもたちは自分のことをどう見ているのか、子どもたちにどう思われたいのかを明確にすることが大切だと思います。

僕は、お笑い芸人としても活動しています。そのため、子どもたちには「面白い算数の先生」だと思ってもらいたいと考え、九九メガネをかけて授業を行っています。九九メガネをかける“変身”は、子どもたちに「何か面白い算数のことを教えてくれるのかな」という期待感を与え、くだらないダジャレにも笑ってもらいながら授業を楽しんでもらえるきっかけとなります。

同じ言葉でも、先生自身のあり方が伝われば、子どもたちに響きやすくなるのではないでしょうか。

間違えたときは、その思考方法を振り返る

——国際数学・理科教育動向調査(TIMSS2019)によると、日本の小学生・中学生は算数・数学の平均得点は高いのに、「算数・数学の勉強が楽しい」と答える児童生徒の割合が、国際平均を下回っています。算数・数学に対して苦手意識を抱いてしまうつまずきポイントは、どのようなところにあるとお思いでしょうか。

算数・数学のつまずきポイントは、極端なことを言うと、「全部」だと思います。というのは、そもそも算数・数学には2万年以上の歴史があり、最初は自然数から始まって、分数や小数、負の数など長い年月をかけて少しずつ積み上げられてきた、かなり抽象的な学問です。

それを教科として系統立てて学んでいくわけですが、小学生を例にとると、自然数の足し算、引き算にやっと慣れたと思ったら、分数とか小数とか新しい概念がどんどん出てきて混乱するのは当たり前。新しい概念を理解するのは、ガラケーに慣れた高齢者がいきなりスマートフォンを持たされるくらいの、相当な難しさだと思うんです。

そこで問題を間違える子どもに対して、大人が「何でできないの?」などと目くじらを立ててしまうことが、苦手意識につながるのではないでしょうか。

——苦手意識を取り払うには、どのような関わりが必要でしょうか。

子どもの間違いには、その子なりの理屈が必ずあるものです。明確な正解がある算数・数学は、「わかった!」「できた!」という成功体験を積み重ねることで、自己肯定感やチャレンジスピリットが生まれる教科。だからこそ、間違えたときは、どのような思考方法でその答えに行き着いたのかをしっかり理解し、そこからコツコツ積み直していくことが何よりも大切です。

2022年に、計算問題が今までの半分以下のスピードで解けるテクニックを紹介した書籍『小学生のためのバク速!計算教室』を出版しました。教科書に書かれているやり方でできない子でも、間違えずに確実に答えが出せる方法について解説していますが、例えばこのような書籍を読んだことがきっかけで計算にはまる子もいますし、パズルやブロックなどを通し、遊び感覚で算数・数学的思考にふれることでスイッチが入る子もいます。

算数とアートを掛け合わせたT3パズルの魅力

——タカタ先生は、数学×アートのSTEAM教育活動を提供する「日本テセレーションデザイン協会」が考案した「T3(ティースリーパズル)」を使った子ども向けのワークショップ講師としても活動されているそうですね。

数年前、数学好きが集まる交流会で、日本テセレーションデザイン協会会長の荒木義明さんと出会い、お互い子どもたちに楽しく算数・数学を伝えることをテーマに活動していることから意気投合しまして。「お笑いの力で図形の面白さを知ってもらおう」と、2023年夏からT3パズルを使ったワークショップに講師として呼んでいただいています。

T3パズルは、表裏で柄の異なる正三角形の単一ピースをたくさん敷きつめて模様を描く図形パズルで、お子さんから高齢の方まで幅広く楽しむことができます。子ども向けのワークショップは小学生の参加が多いため、荒木さんと膝をつき合わせながら、子どもたちにより楽しんでもらえるよう毎回プログラムを考えています。

皆でピースを組み合わせながら、順列、組み合わせ、線対称、点対称も学べるんですよね。低学年の子は線対称、点対称という言葉は知らないけれど、パズルを楽しみながら、その概念を理解することもできます。

「T3(ティースリーパズル)」を使った子ども向けのワークショップの様子
(撮影:長島氏)

——遊びの延長で、学びのベースとなるような力が育まれる要素があるのですね。

T3パズルはシンプルで自由度が高く、多くの子どもたちは、机にT3パズルを置いておくとこちらから何も言わずともパズルにさわり始め、夢中になって取り組むことが多いです。算数・数学とアートを掛け合わせた教材として非常にすぐれていると思います。ワークショップが終わっても「まだやりたい!」と集中し続ける子も少なくありません。

そんな子どもたちを見ていると、パズルで楽しむこと、遊び切ることで、数学的な思考だけでなく、やり切る力、根気、集中力などあらゆる学びの土台となるような力が養われることを実感しています。

——算数・数学の苦手意識の克服は、子どもの将来にどんな影響を与えると思いますか?

有名なマーケターさんが「数学を学び続けることは脳の筋トレにつながる」とおっしゃっていましたが、その通りだと思います。

問題の意味を自分なりに咀嚼して論理を組み立て、正解を導き出す。間違えても、どうして間違えたかをしっかり振り返り、修正してまたチャレンジする。数学を頑張ると、「粘れば答えは出る」という信念のようなものも身に付くんですよね。

社会に出てからも因数分解や微分積分に触れる人はほとんどいないと思いますが、学生時代の「脳の筋トレ」が、大人になってからさまざまな社会課題に対して論理的に推測し、説得力のある答えを根気よく導き出す力につながると思います。

数学の得意・不得意とその人の将来の年収には相関関係があり、「数学が得意な人は年収が高い傾向にある」ともいわれています。次代を担う子どもたちのためにも、数学教師芸人としてお笑いをふんだんにまじえながら、算数・数学嫌いをなくす活動に邁進していきたいですね。

(企画・文:長島ともこ、注記のない写真:タカタ先生提供)