志願者は従来の3倍以上、系属校化で「期待値」上昇

小中高の12年一貫教育を掲げる埼玉県の浦和ルーテル学院は、2018年7月、東京都渋谷区に本部を置く青山学院大学と系属校協定を結んだ。これにより同学院では、19年度の小学校入学者、つまり30年度の高校卒業生から、条件を満たす希望者は一定の枠内で青山学院大学へ進学できることになった。この協定締結を発表して以降、浦和ルーテル学院小学校の志願者数は大きく伸びた。校長の福島宏政氏に具体的な数字を聞く。

「75人の定員に対して、例年100人前後で推移していた志願者数が、20年度入試では約250人になりました。さらに協定を結んだことが周知されてきたためか、翌年には370人ほど、今年も350人と増加傾向が続いています」

また、出願者の居住地域にも変化が生じている。

「それまでは、東京都内から通う児童は全体の5%ほどで、あとはほとんどが埼玉県内のご家庭でした。それがこの3年で約30%に増えています。中央区や渋谷区から通っているお子さんもいます。受験者数全体では都内在住者の占める割合はさらに高いですね」

青山学院や学習院の初等部、立教などの小学校を目指す家庭が、浦和ルーテル学院小を併願校にするパターンも出てきているそうだ。福島氏は「やはり東京都内の難関校を目指すご家庭のお子さんは、幼児教室など専門機関で訓練を受け、学力以外の点でもしっかりとしつけられているお子さんが多いと感じます」と言う。1クラス25人の少人数制教育を重視している同校では、定員を増やすという選択肢も現実的ではない。当然、人気の上昇は単なる競争率の激化だけでなく、入試問題の難化にもつながってくる。

「幼児教室に行きなさいと言いたいわけではありません。しかし小学校入試で合格できる知識・技能は、ご家庭や日常生活の中だけで身に付けるのが難しいもの。訓練を経た受験者が増えれば実際問題として、やはり同等の受験対策をしていないと合格レベルに達することができなくなると思います」

現状の人気は想定していた範囲だったのだろうか。この問いに福島氏は、謙虚さと自信の両方をのぞかせた。

「今はまだ期待値で評価していただいている状態で、正当な評価が下されるのはこれからだと思います。系属校になった年の入学者が大学進学する31年になってやっと、本当の実績が明らかになるわけです。しっかり結果を出していくことで、評価をもっと上げていきたいと思っています」

「サブスク」ではできない、個性を伸ばすギフト教育

現在は中学校・高校でもそれぞれ入試を行っている同校だが、小学校での入学者希望者が増えれば、今後は途中から入学することが難しくなると予想される。それでも浦和ルーテル学院小が定員増を考えないのは、学院の基礎となる教育方針「ギフト教育」のためだ。これは才能・共感・世界貢献・自己実現という4つの要素でサイクルを構成し成長を促すもので、同校ではそのためにさまざまな取り組みを行っている。

例えば1年生と6年生がペアを組んで行う「1・6遠足」。下級生と接することで子どもと触れ合う楽しさに目覚めた6年生が、長じて小学校教諭や保育士になる例もあるという。この遠足でできた関係性が長く続くのも、12年一貫教育のなせる業だ。また、福島県の宿泊施設「山の上学校」で行われる宿泊学習では、スキーレッスンや食事作り、自然観察など、非日常の多様な経験ができる。スキーを究めてモーグルの選手になった卒業生もいるそうだ。

アメリカの姉妹校から生徒が来校する(左上)など、英語教育も手厚い。福島県の山の上学校(左下)。夏にはテントでのキャンプも行う(右下)
(写真提供:浦和ルーテル学院小)

福島氏は「近年、文部科学省が提唱している『探究』や『協働』も、本校では何十年もごく普通に取り組んできたことだと感じています」と言いながら、同校のギフト教育を次のように説明する。

「最も重要なのは、才能だけでなく人間性を育むことです。大人が『あなたの個性はこれだ』と示したり、やみくもに自分を信じろと言ったりすることは、必ずしも才能を伸ばすことではありません。他者が決めつけるのではなく、子ども自身が自分のよさに気づき、『もっとやれる』『ここまでか』など、自分で判断できるようにすることこそが教育です。そうでなければ、大人が一生子どものそばについていなければいけなくなってしまいますよね」

子どもに正解を示したがることも含め、近年の保護者には、答えをすぐに求める傾向があると感じている福島氏。子ども同士のトラブルでも、じっくり子どもに話を聞くより「それで結局、どちらが悪いのか」と結論を迫られることもあると語る。

「小学生の保護者はデジタルネイティブ世代になってきていて、スマホで検索するようにすぐに正解を求める方がいるように感じます。でも教育とは、『答えらしいもの』が出るのに時間がかかるものです。まして本校のギフト教育は一人ひとり異なる個性を重視し、個別最適化の教育を目指すものです。例えばサブスクサービスのように、出来合いのストックを求めに応じて即座に提供できるようなものではありません」

教育とは何か、浦和ルーテル学院の方針は何かを理解してもらうために、福島氏は説明会でも言葉を尽くしているという。

浦和ルーテル学院小中高等学校校長・福島宏政氏

「何十年も経ってから、小学校での学びが腑に落ちた」

福島氏にはとくに印象的な教え子がいる。6年生のクラスに、あるおとなしい男子児童がいた。彼は休み時間にも一人で本を読むなど寡黙なタイプで、周りのやんちゃな子どもたちには「ちょっと変わったヤツ」という扱いを受けていた。だが福島氏は、彼が小さい頃からバイオリンを続けていることを知っていた。福島氏がその児童に「みんなの前でバイオリンを弾いてみてくれないか」と頼むと、彼は快くその腕前を披露してくれた。いつもは目立たないクラスメートの新たな一面に教室は沸き立ち、子どもたちは彼を絶賛したそうだ。

「そのとき、周りの子どもたちもびっくりしていたけれど、実はバイオリンを弾いた本人もとてもびっくりしていたそうです」

彼はプロのピアニストである母の厳しい指導を受けていたため、あまり褒められたことがなかったのだという。そのため自分の腕にも自信がなかった。

「ほかの子どもたちに『すごいよ!』と褒められて初めて、彼は自分自身のギフトに気づいたのだと思うのです」

やがて彼は東京藝術大学を経て、世界で最も優れると評される米国の音楽大学へ進んだ。現在は著名なオーケストラでプロとして演奏を続けているが、近年、その卒業生の言葉が、再び福島氏の心を打った。彼は聖書の「だれかがあなたの右の頬を打つなら、左の頬をも向けなさい」という言葉を挙げて、小学校時代の思い出をこう語った。

「その言葉を学んだとき、ありえない教えだと感じて理解できませんでした。でも大人になってみると、世の中には本当にいろいろな人がいて、攻撃的な態度で接してくる人もいる。そうした人と意見が衝突したときに相手と同じ攻撃的な態度をとってしまうと、周囲から同じレベルの人間と見なされてしまう。卒業して何十年も経ってから、聖書のあの一節のような姿勢でいられる人間性の重要さに気づき、あのときの学びが腑に落ちたのです」

海外では他者との衝突も日本の比ではなかっただろう。これは福島氏の「教育には時間がかかる」という言葉を裏付けるエピソードでもある。福島氏は笑顔で語る。

「キリスト教の教育が彼の中で生きていると感じられてうれしかったです。また、とくに芸術分野では、トップを目指すには海外に出ることが重要です。でもなかなかそれができる日本人がいないのは、経済的な問題もありますが言葉の壁が大きいと思います。その点、本校では小1から外国人教師による英語の授業があるので、そこも彼の未来を開く一因になったかと思います。国際教育が役に立ったのだなと、これもうれしい限りです」

青山学院大への進学をサポートするのはもちろん、芸術系や医学・薬学系など、同大学にない分野に進みたい生徒の指導も、これまでどおり注力していくという。

入試動向や学力水準の上昇も含め、福島氏は現状を「過渡期」と表現するが、その一方で「ギフト教育は変わりません」と断言する。浦和ルーテル学院小を目指す保護者に求められるのは、系属校化による変化と不変の教育方針の両面を注視し、わが子とのマッチングを見定めることだろう。

(文:鈴木絢子、注記のない写真:風間仁一郎撮影)

関連記事
洗足学園小、中学受験強い私立小が人気の事情 進学実績には「筑駒、開成、桜蔭…」最難関校
倍率13倍、新設3年「農大稲花小」が超人気な訳 つねに高倍率、都会のど真ん中の意外な学び