「全員が中学校受験」という実績が認知されて人気上昇
神奈川県川崎市にある洗足学園小学校は、東急溝の口駅、JR武蔵溝ノ口駅から歩いて10分程度の所にある。幼稚園から小学校、中学校、高等学校、大学までが同じ敷地内にあり、通学の時間帯はとてもにぎやかだ。
中でも、近年注目されているのが小学校である。神奈川県内だけでなく東京からもアクセスがよいこと、また東京よりも神奈川の入試日程が早いことから、都内受験組の併願校としても人気がある。とくに、「中学受験をさせたい」という保護者からの評価が高いのは大きな特徴といえるだろう。
洗足学園小学校 校長の吉田英也氏も「本校は全員が中学校受験をする小学校です」と言い切る。例えば、同校の2020年度卒業生の進学先を見てみると、男子では筑波大学附属駒場や開成に麻布、女子では桜蔭や女子学院、豊島岡女子学園や共学の渋谷教育学園渋谷といった屈指の難関中学校が名を連ねている。付属の中学は女子校ということもあるが、内部進学で洗足学園中学校に入学した生徒は2割にも満たない。
「それまでも進学実績は高かったのですが、18年度の説明会でその点をはっきりと打ち出したところ、前年比で1.2倍以上に出願者数が増えました」
その後も出願者数は、右肩上がりに増えている。首都圏においては、少子化にもかかわらず中学受験者数は年々増えており、競争が激化している影響もあるだろう。低学年から受験塾に通わせる家庭も珍しくなく、それでも難関校に合格するのは難しいという厳しい現実がある。塾だけでなく、学校でも中学受験に向けたサポートがあると聞けば、保護者の関心が高まるのもうなずける。では洗足学園小では、いったいどんな教育やサポートをしているのか。
まず、中学受験に対応するため、授業のスピードが速い。小学校のカリキュラムは6年生の1学期までに終え、そこからは受験の準備期間になる。資料や過去問、卒業生の受験体験レポートを閲覧できる「進路サポートルーム」があるなど、進路支援も手厚い。とくに盛況なのが中学受験の「体験座談会」だという。
夏休みの過ごし方や家庭での学習法など、各家庭の実体験を、卒業生の保護者を招いて講演してもらう場だ。また、子ども自身が卒業生の話を聞ける同様の発表会もある。どちらも事実に即した具体的なエピソードが、保護者や子どもの共感を得ているようだ。だが吉田氏は「本校が行うのはあくまで支援であり、進路指導ではありません」と説明する。
「いちばん重要なのは本人や保護者の希望です。学校から実力に合わないことを押し付けることもありませんが、まずは基本の学力と知性をしっかり身に付けてほしい。そのためには、低学年のうちから家庭学習を習慣づけることが必要です。小学校の勉強だけでは、やはり最難関校の入試を突破することは難しいでしょう。学校や塾に任せきりにせず、保護者の方には家庭学習に責任を持って子どもと向き合ってほしいのです」
洗足学園小では、子どもたちが家でも毎日机に向かうよう促している。日記を書き漢字練習を行う「日記漢字」や、毎月実施する独自の「筆算検定」に向けた計算練習、さらに朝読書などの記録をつける「読破ノート」など、いずれも子どもたちに日課として定着させているものだ。こうした課題のフォローのほか、返却したテストや宿題のチェックなども、保護者に求められる家庭での指導の一環だ。
iPadなどのツールも活用し、効率的なICT教育を推進
保護者も一丸となって学びに取り組む姿勢は、コロナ禍にも大いに生きたといえる。2020年の一斉休校時には、保護者の協力を得ながら、なるべく普段どおりの学びを提供することを心がけた。国語や算数といった座学の授業だけでなく、朝の会や体育の授業などもZoomを使って行ったおかげで、家庭学習でも子どもたちの生活リズムを崩すことはなかったという。
また、同校では教育のICT化が進んでいたことも奏功した。世界の潮流を鑑み、また通学時の子どもたちの荷物を減らすべく、17年からiPadを「必須の文房具」として導入。3年生の子どもを対象にした試験授業を経て、ほかの学年でもすべての教科で活用していた。
どの授業でどんなふうにiPadを使えばいいかという知見や、子どもの反応に対する教員の経験もすでに十分蓄積されており、学内の環境も整備されていた。休校明けに実施したアンケートでは、実に96%の保護者が「学校の対応に満足している」と回答したそうだ。現在は2年生以上が1人1台のiPadを所有しており、1年生も適宜、学校備品のiPadを使用して授業を受けている。
「昨年の夏にすべての普通教室を改修し、プロジェクターとiPadをつないで投影できるようにしました。授業ではICT補助担当の教員を配置し、子どもたちの機器トラブルのフォローも行います。当初は知識の少なかった教員たちも非常に熱心で、今も自主的に勉強会を開くなど、試行錯誤を重ねながらICT活用の質を高めてくれています」(吉田氏)
受験は心を成長させる手段、育てたいのは社会のリーダー
吉田氏は「中学受験をよしとしない風潮があることもわかります」と言ったうえでこう続ける。
「大事なのは心の成長であり、これは学力と両輪を成す欠かせないものです。知識や教養は受験のための詰め込みではなく、社会のリーダーに必要な資質の1つなのです」
育てたいのは「人のため、社会のためになることをしたいと考える子ども」だ。
「政治家や大企業の社長のような、華々しい地位の人だけが社会のリーダーではありません。本校では努力を続ける根気強さ、正しい使命感、共感や思いやりなど、社会の真のリーダーに必要な力を伸ばしたいと考えています」
そうした「心を成長させる」ための取り組みが、洗足学園小にはいくつもある。異なる学年の子どもたちと班をつくって交流する「たてわり活動」もその1つだ。
「たてわり活動では、6年生はいやが応でもリーダーを務めることになります。また、下級生も年齢の違う子どもと接する中で学ぶことも多いでしょう。同学年の友達といるときとは異なる面を見せる子どももいるなど、それぞれにとっていい経験になっています」
子どもたちの身近にあるテーマを題材に考える独自の道徳の授業や、レベルの高いオーケストラ活動なども、心を育てる重要な機会だ。
「いろいろなことに興味を持つ子どもは勉強を楽しむことができ、入学後もしっかり伸びます。好奇心は入試ではなかなか測りきれませんが、さまざまな事柄に関心があるかどうかなど、面接でも尋ねるようにしています」
とくに合格のみを「目的」と捉えると、「中学受験をよしとしない風潮」は強くなるだろう。目的は達成されるに越したことはないが、洗足学園小の子どもたちが目指すのは、全国トップクラスの難関校ばかりだ。結果として、第1志望に不合格になってしまう子ども一定数出てくる。
そこで道徳の授業では「友達と同じ学校を目指していて、もし自分だけが落ちてしまったらどう思う?」あるいは「友達が落ちてしまったら何と声をかける?」など、実際に起こりうる事態について考えさせるという。残酷なようだが、洗足学園小の受験、努力を経験し、その道のりを評価して、人間性を育む「手段」であるともいえるだろう。その過程で高い学力がつくのだ。吉田氏は語る。
「本校について、『お勉強の学校ですよね』とか『子ども同士で足を引っ張り合っているのでは?』などと言われることもあります。ですが実際は『友達も頑張っているから自分も頑張る』という連帯感が生まれています。共に苦難を乗り越えた子どもたちは仲間意識が強く、同窓生としての絆で結ばれているのです」
(文:鈴木絢子、撮影:梅谷秀司)