キャリア教育のメインは「探究学習」が77.6%

リクルートが行う「高校教育改革に関する調査『進路指導・キャリア教育編』」は、全国の全日制高校約5000校を対象に隔年で行われる調査で、今回で22回目を迎えた。先日(2023年1月)に発表された結果は、22年8〜9月時点で得られた943校の回答をまとめたものだ。

現在、キャリア教育に関する授業の77.6%が、「総合的な探究の時間」に行われていることが調査によりわかった。必要とされる社会人基礎力は前回に引き続き1位が「主体性」(50.6%)だったが、2位の「課題発見力」(47.4%)は前回よりも5ポイント上昇しており、年々割合が大きくなっているという。

リクルート「高校教育改革に関する調査2022『進路指導・キャリア教育』編」を基に東洋経済作成
リクルート「高校教育改革に関する調査2022『進路指導・キャリア教育』編」を基に東洋経済作成
赤土豪一(しゃくど・ごういち)
リクルート「キャリアガイダンス」編集長、元「スタディサプリ進路」編集デスク
国立大学法人東京学芸大学 客員准教授、麗澤大学 客員教授
(写真:リクルート提供)

そもそもキャリア教育の目的は、社会環境が大きく変化する中で、生徒たちがこれから社会的・職業的に自立できるよう特別活動や教科を通して能力を育てることだ。「職業観育成」という、働くことや働く人を調べることを中心とする学びだけではなく、最近では正解のないプロジェクト型の学びで自己の興味・関心を深める学校も多い。赤土氏は、「プロジェクト型の学びではこれまで、あらかじめ設定された課題に生徒が取り組むケースが多い印象でしたが、昨今ではそもそもの課題発見力に力点が置かれるケースが増えています」と語る。

「総合的な探究の時間では、『課題の設定→情報の収集→整理・分析→まとめ・表現』という順で学ぶ中で、社会や自己のあり方・生き方などの課題に向き合うことが理想とされています。ある課題に取り組むうちに、さらに新しい課題や興味関心が生まれ、その繰り返しが自分自身の生き方を考えるきっかけになるのです」

例えば、九州のとある高校の生徒は、京都への修学旅行中に「観光名所の景観には電柱がない」ことに気づいた。仕組みが気になった生徒はそのまま京都の市役所に赴き、担当者に話を聞かせてもらったそうだ。すると次は、「ではなぜ、地元では同じ取り組みをしないのか」という疑問が生まれる。そこで情報収集や分析を続け、大学進学時にも公共政策や社会学の研究を志望。その後は「地元をもっと観光で発展させたい」と新たな課題を持ち、市と組んだプロジェクトにも参加したという。偶然の課題発見が、キャリア教育が目指す志望校や志望分野の決定につながる結果となった。

調査でも、「『探究活動』の生徒の進路選択へのつながりについての考え」として、「志望校や志望分野選びにつながる」が前回より2.7ポイント上昇。そのほか、「地域や社会への興味・関心が高まる」「総合型選抜等、入学者選抜に活用できる」も上位に浮上しており、こうした要素を意識した授業が行われているようだ。

リクルート「高校教育改革に関する調査2022『進路指導・キャリア教育』編」を基に東洋経済作成

キャリア教育が行われているのは、「総合的な探究の時間」だけではない。赤土氏が印象的だと話すのは、「学食」でキャリア教育に取り組む学校の事例だ。コロナ禍で利用者が減った食堂に活気を取り戻すにはどうするか、と校長が投げかけると、課外活動としてたくさんの生徒が集まった。生徒たちは「どんなメニューなら人気が出るか」、「食材廃棄を減らすには」「地産地消に貢献できないか」「人気のないメニューを売るには」など、次々と課題を見つけては解決していったそうだ。

キャリア教育の課題は「教員の負担」が67.8%でトップ

一方で、調査結果からは今後の課題も浮き彫りになった。課題のトップに挙がったのが「教員の負担の大きさ」で、67.8%と前回よりも4.8ポイントもアップしている。

リクルート「高校教育改革に関する調査2022『進路指導・キャリア教育』編」を基に東洋経済作成

「日々考え方のアップデートや技術の進展がある中で、それらをどう普段の指導に生かしていくか、先生方はとても苦労されていることが多いです。多様化する学部や入試形態に加え、生徒の情報収集ツールも変化していますから、生徒に寄り添うには相当な下調べや準備が必要です。こうしたことが負担を増大させているのだと考えられます」

中でも、生徒の情報収集の方法はここ数年で大きく変わった。YouTubeやTikTokなどのSNSでは、社会の生きづらさやリスクに関する情報も入ってくる。確かに、将来の選択肢は多様化したが、一方で生徒が得られる情報にも偏りが生まれており、進路を早計に判断してしまう生徒が増えているようだ。例えば、インフルエンサーのようにアーティスティックな生き方を見る反面で、ブラック企業で働く人の嘆きを目にすれば、ビジネスパーソンへの印象は悪くなってしまう。また絵に興味があったとしても、自分より才能のある人が世界中にいると知れば、自ら自分の限界を決めて将来の可能性を狭めていってしまう。

実際に、「これからの社会の高校生にとっての好ましさ」という調査では、55.5%が「好ましくない社会だ」を選択。理由としてフリーアンサーには、「日本の若者や弱者への政策不足や、経済状況の悪化の改善への見通しができないため」「個人を取り巻く環境の変化への対応が多様化しているので個人で切り開く能力が問われるため」といった声に加え、「二極化」「格差」などのワードも見られた。

リクルート「高校教育改革に関する調査2022『進路指導・キャリア教育』編」を基に東洋経済作成

「生徒が進路を決めにくい要因には、コロナ禍でオープンキャンパスや会社訪問の機会が少なかったこともあるでしょう。今後イベントが復活すれば、生徒が抱く不安も少しずつクリアになっていくと期待しています」

続いて、キャリア教育の今後の課題で2番目に多かったのが「実施時間の不足」だ。1回の進路面談で1人の生徒に割ける時間は15分程度。しかし、この短い時間で将来の方向性を定めるのには無理がある。

「先生方がお忙しいことは十分承知していますが、教員と生徒が日頃から対話の機会をつくることが大切だと考えます。面談だけで進路を決めるのは難しい側面がある中で、総合的な探究の時間での取り組みなどをきっかけに、日常的な声かけや問いかけを通して一人ひとりの興味・関心を深掘りするというアプローチも打ち手の1つだと考えています」

保護者の考え方も変化してきている

ほかにも、「高校生と保護者の進路に関する意識調査2021」(リクルートキャリアガイダンス調べ)の結果にはコロナ禍の影響で変化したと見られる項目もある。これまで、生徒が将来や進路について相談する相手は「母親・友人・父親」という順番だった。しかし最新の調査では「母親・父親・友人」の順に変わっているという。

「コロナ禍で家族との会話が増えたことが理由でしょう。改めて、両親の学生時代や就活の話を聞く機会にもなり、子どもも相談しやすくなったのかもしれません。

また、親の考え方も変わりました。直近でも新型コロナや戦争などさまざまなことが起こり、社会が今後どうなっていくかは大人にも予測がつきません。そんな中で親も、『勉強さえできれば生き抜いていける』という意識を見直し始めています。頭ごなしに『勉強しろ』と言うのではなく、子どもを尊重して『自分の好きな選択をしなさい』『自分で考えて決めなさい』という声かけが増えているようです」

実際、多くの大学が取り入れ今後も増加傾向にある総合型選抜入試では、「これまで何をしてきたか?」「これから何を学んでいきたいか?」が重要になってくる。そのためにも高校で自分の興味・関心に基づいた学びに取り組むことは欠かせない。

ただ、キャリア教育の一環としても捉えることが可能な、起業家精神やスキルを育む「アントレプレナーシップ教育」については、現在「導入・活用している」「導入・活用を検討している」高校はわずか18.1%。「導入・活用をしていないし、する予定もない」が過半数を占めていた。理由としては、「担当する教員の負担が大きい」「どうしたら実務経験者と持続的な関係を築くことができるかが課題」という不安の声が多いという。

そこでリクルートでは、「高校生Ring」というアントレプレナーシップを身に付ける参加型プログラムを開催している。自分の「半径5m」に目を向けて、自分が感じた問いからそれを解決するためのビジネスを考えるプログラムで、グランプリ・準ブランプリを取ったアイデアにはサービスの試作版を作るまでの人的支援が受けられる「プロトタイピングプログラム」を提供するようだ。

「高校生RingAWARD2022」イメージビジュアルと授賞式の様子
(写真:リクルート提供)

いずれにせよ、「キャリア指導の時間を増やす」ことが現実的でない以上、「各教科や教科外の時間において、日々少しずつ問いかけをし続けていくことも工夫の1つ」だと赤土氏は言う。その際は、他教科の教員や、進級した先の担任にも過去の成果や内容が受け継がれるよう、ポートフォリオを残したり、教員側が連携体制を整えることも必要だろう。

最後に赤土氏は、高校生や高校の教員へ向けて、「『半径5mの範囲』など、身近な課題を見つけることを起点に探究のサイクルを回す中で、自分の生き方やあり方を考え続けてほしい」と語った。「総合的な探究の時間」で取り組むテーマと各教科での学びが結びついたとき、生徒の日々の授業への関心はもちろん、進路選択への意識も高まるだろう。「キャリア教育」の今後に期待が高まる。

(文:酒井明子、注記のない写真:Fast&Slow / PIXTA)