板橋区での騒動を機に広がる「不登校ビジネス」の議論
まずは、不登校ビジネスがSNSやメディアで盛んに取り上げられるようになった経緯について、おさらいしよう。事の始まりは、2024年8月5日、民間事業者のスダチが「板橋区と連携し、区内の特定の小学校を対象に、スダチが展開するオンライン再登校支援を実施する」と発表したことにある。同社はこれまで自社のHPで「不登校を3週間で解決する」とうたい、不登校の子を持つ保護者に再登校支援サービスを提供してきた事業者だ。
同社の発表後、SNSでは賛否両論が飛び交う事態に。当初は「一部の学校で試行を始めた」と認めていた板橋区教育委員会も、批判の高まりを受けて「そうした事実はない」と否定に転じた。スダチもまたプレスリリースを削除。連携は白紙となった。
一方8月15日には、この一件を重く見た不登校支援関連の市民団体や有識者などが、連名で板橋区に公開質問状を提出。同区は、9月に区HPと公開質問状への回答を通じて、スダチとの一連の経緯についての説明と、「『学校に登校する』という結果のみを目標としない」等の従来の区の不登校方針が変わらないことを公表した。
しかし、騒動は収束した形となったものの、これを機に不登校ビジネスの是非を問う議論が広がり、今もなお教育界や社会全体に波紋を投げかけているのだ。
今回の騒動でクローズアップされたのはスダチだが、再登校支援のサービスを提供する事業者はほかにも複数存在する。なぜこうした不登校ビジネスが、問題視されたのか。
「『再登校を目指す』という選択肢を当たり前にすること」
これまでのスダチのHPやプレスリリース、代表の小川涼太郎氏の著書などを見てみると、まず同社は「不登校に悩むご家族やお子様にとって『再登校を目指す』という選択肢を当たり前にすること」を目標に掲げてきた※。実際に2020年7月にサービスを始めてから、1300人以上の子どもが再登校を実現しており、支援開始から再登校までの日数は平均17日、再登校できた子どもは90%以上に達するという。
※現在、スダチのHPでは「再登校をゴールとしていません」と表現している
また、不登校を「学校」と「家庭」の2軸で捉えており、どちらかの状況がよければ子どもはつらさを乗り越えて学校に行くことができると考えている。ただし、学校の状況を変えるのは容易ではない。そこで家庭の状況を変えることにアプローチしていくというのが、スダチのスタンスだ。
小川氏は、不登校の根本的な原因は「正しい親子関係を築けていないこと」にあるとしている。正しい親子関係とは、親が家庭の主導権を握り、ダメなことはダメという厳しさもありながら、愛情深く温かく子どもを守ることのできる関係とのことだ。
具体的な支援としては、サポーターと呼ばれるスタッフが、毎日オンラインを通じて保護者に対して親子の関わり方を提案・助言する。子ども本人を直接支援するわけではない点が特徴だ。そしてサポーターの助言の下、親は「毎日の起床時間・就寝時間」や「スマホやデジタルゲームの禁止」などのルールを決め、これを守るよう子どもに求める。こうして親が家庭の主導権を握る一方で、1日10回以上褒めるなど、子どもにたっぷりと愛情を注ぐことで子どもの自己肯定感を高めていくという。
これらの取り組みの継続により、正しい親子関係が構築され、短期間で再登校できるようになる、というのだ。なおスマホやデジタルゲームの禁止は、子どものデジタル依存が不登校を長引かせる要因になっているという考えによるものだ。
当事者に再登校の心理的圧力がかかることを懸念
では、板橋区に公開質問状を提出した市民団体らは、何を問題視したのか。提出団体の1つであるNPO法人多様な学びプロジェクト代表理事の生駒知里氏は、次のように話す。
「私たちがまず懸念したのは、自治体が再登校のみを目標とする不登校ビジネス事業者と手を組むことで、不登校の子どもや保護者に再登校の心理的圧力がかかり、孤立を深めることになるのではないかということでした」
文部科学省は2016年に出した「不登校児童生徒への支援のあり方について(通知)」の中で、「不登校児童生徒への支援は、『学校に登校する』という結果のみを目標にするのではなく」と言明している。板橋区の「不登校ガイドライン」にも、同様のことが明記されている。
にもかかわらず今回、そうした指針とは異なると思われる事業者との連携が取り沙汰されたため、「区は本音では再登校を望んでいるのではないか」という不安感を保護者や子どもたちに抱かせてしまったのでないか、と生駒氏は言う。
ただ前述のとおり、同区は後日、不登校支援の方針は変わらないことを明確に述べており、この懸念については払拭される形となった。
生駒氏は、今回の一件で全国の自治体が外部との連携に対して萎縮しないことを願っている。
「すでに取り組んでいる自治体もありますが、不登校への対応としては、誰もが安心して通える学校づくりと共に、多様な学びの場や居場所の提供を同時に進めることが重要です。そのためにも官民の連携は今後も必要であり、自治体は民間事業者と連携するうえで、監査なども含め公正な基準を作るべきでしょう。また現状、制限付きの支援も少なくありません。例えば教育支援センターでは、小学生は送り迎えが必要だとか、自学自習ができない子は受け入れないなどのケースが多いです。そのため、支援の拡充に当たっては、当事者である子どもや保護者の声を反映してほしいと思います」
「自分に責任がある」と追いつめられる保護者
生駒氏たちのグループでは、公開質問状の起案・賛同団体の会員を対象に、不登校支援をうたう事業者から被害を受けたと感じた当事者の声を集めるアンケートも実施した。すると、さまざまな事業者に関する体験談が寄せられたという。
生駒氏たちが気になったのは、不登校の原因を親子関係に求める事業者がほかにも存在したことだ。
「不登校の子を持つ保護者の多くが『原因は自分にあるのでは』と自身を責めます。しかし文科省の通知にもあるように、不登校の要因・背景は多様であり、不登校はどの子どもにも起こり得ること。そんな中で親子関係に強く原因を求める論理は、『自分に責任があるのでは』と悩む親をさらに追い詰めます。また原因や責任が保護者のみに押しつけられることにより、社会や学校のあり方を問い直す動きが置き去りにされる恐れもあります」
また、サービス料金の幅は広いが、高額な設定の事業者も少なくない。
「数十万円の支払いを求められるケースも珍しくありません。しかも、高額なお金を投じてサービスを受けたものの、『子どもも私も不自然な関わり方やさまざまな禁止で疲弊し、子どもは壁に穴を開けるほど暴れたりもしました』など、子どもの状態や家族関係がかえって悪化したという声が少なからず届いています」
このほか、「支援内容は脅しや洗脳のように感じた」「サービス料を振り込むまでは親身に話を聞いてくれたが、支援が始まると提供メソッド以外の考え方は受け入れてもらえず疑問も言えなかった」といった支援内容への違和感も散見されたという。
また、契約前の説明の際に「夫と相談してから判断したい」と答えたところ、丁寧だった先方の態度が豹変し、「シングルマザーでも1人で決めることができている。そんなことではお子さんは、ずっと不登校のままですよ」と不安をあおられ、契約を急かされるような対応をされたという回答もあったそうだ。
「私は頼る相手を間違えていた」
小学生の子どもを育てる40代のA子さんも、不登校ビジネス事業者によるサービスを受けたところ、かえって親子関係が悪化した1人だ。
A子さんの子どもが登校を渋るようになったのは、夏休み明けのこと。やがて教室にいると身体面に不調が現れ、「もう学校には行きたくない」と強く訴えるようになり、間もなく完全に不登校となった。
「子どもを何とか再登校させたい」と焦ったA子さんは、不登校ビジネスの情報をスマホでかじりつくように検索。そんな中で彼女が選んだのは、Instagramの広告で知ったスダチだった。「再登校率90%」といった文言やたくさんの成功事例の発信を見て、「うちの子だって、何とかなるんじゃないか」と思ったのだ。
A子さんは、契約前の有料相談(4万円)で「親御さんの覚悟でお子さんは絶対変わります」との言葉に背中を押され、契約時の34万円を支払って45日間のサポートを受けることにした。なお契約書には、サービスの内容を口外してはならず、破った場合には賠償金を請求する場合もあるといった口外禁止条項が盛り込まれていたという。
サポート開始後、A子さんはスダチのメソッドに沿って、「家族でルールを作り、デジタル機器を絶ち、1日10回以上褒める」を実践し始めた。ところが待っていたのは、子どもの強烈な反発だった。家中の物が壊され、褒め言葉に対しても「気持ち悪い。そんなことを言うな」という反応が返ってきたのだ。
スダチからは「最初に暴れるのはよくあることなので毅然とした態度で」と助言され、葛藤しながらも実践を続けたが、「90%以上の子どもが再び登校し始める」というサービス開始後の3週間が近づいてきても、改善の兆しは見られなかった。親子ともに疲れ切ってしまい、結局メソッドに取り組むことを途中でやめたという。
実はA子さんは、スダチとの契約終了後も別の不登校ビジネスを2社利用している。スダチと同じく保護者をオンライン上で支援するもので、費用として計43万円を支払った。しかし解決には結びつかず、あるとき「私は頼る相手を間違えていた」と気づいたという。きっかけは、不登校の親の会に参加し、同じ悩みを抱える多くの保護者に出会えたことだった。
「だいぶ救われ、視野が開かれました。不登校ビジネスを利用していた頃の私は、悩みを話せる人がおらず孤立しており、不登校解決という言葉にわらにもすがる思いで不登校ビジネスに手を出しました。最初から親の会につながっていたら、違っていたかもしれません。今、子どもは落ち着きを取り戻し、週に1回別室登校をしています。元気になるのをゆっくり待っています」
A子さんの証言からも、事業者が提供するサービスが合わない家庭は存在すること、そして親子関係をひどく悪化させていくケースもあるようだ。また、不登校の子を持つ保護者の不安や焦り、孤立がいかに深刻なものであるかがうかがえる。
このように著しい親子関係の悪化につながりかねないサービスは、不登校支援として適切と言えるのだろうか。不安をあおる行為や口外禁止条項などは、法的に問題はないのか。後編では、こうした疑問について、臨床心理士と弁護士、そして渦中のスダチに話を聞いた。
※プライバシー保護のため、特定の個人を識別することができる情報を一部置き換えて掲載しております。
(文:長谷川敦、注記のない写真:beauty-box/PIXTA)