知られざる「作業療法士」の仕事とは?
国家資格である「作業療法士」について、具体的にどのような仕事を担っている専門職なのかよく知らないという人も多いかもしれない。
「作業療法士(Occupational Therapist:以下、OT)は、精神疾患のある人の地域生活を支援するため、アメリカで生まれた職業です。その後、第二次世界大戦後、戦争での傷病者のリハビリで医療的な役割を担うようになりましたが、そもそもOTの仕事のベースは、生活支援なのです。医療のように障害や疾病の改善に着目するのではなく、その人が意思を持って行う作業や活動の充実を目指し、具体的な手段を考えたりトレーニングや環境調整を行ったりします。そのため、身体だけでなく、心理学や社会学など幅広い知識やスキルを基に対応します」
そう説明するのは、飛騨市で学校作業療法士(以下、学校OT)として支援に当たっているNPO法人はびりすの奥津光佳氏である。
飛騨市はこれまで、乳幼児期から老年期に至るまですべての年代の困り事に対し、医療と福祉のさまざまな専門家が関わって支援する体制の構築に尽力してきた。OTも、そうした中で活躍してきた専門職の1つだ。
年々、発達に特性がある子や学習面での困り事がある子などが増え、学校との連携の必要性が高まったため、都竹淳也市長のリーダーシップの下、2022年度からOTを学校現場で活用することになったという。
モデル校での試行で成果が見られたことから、翌年には市内の全小中学校(小学校6校と中学校3校)に学校OTが月1回~年数回(各校による)訪問する体制に変更。さらに2024年度は、訪問を月2回に増やし、訪問の際は各校に学校作業療法室を設置する形でさまざまな支援を行っている。
主体的に「作戦」を立てて問題解決できるよう促す
では、学校OTは具体的にどのような支援を行っているのだろうか。
「各学校において、学校全体、学年・学級単位、そして個人相談という3段階で関わっています」と、奥津氏は説明する。
例えば、学校全体への関わりとしては、カナダのOTによって生み出された「CO-OP(コアップ)」という課題遂行アプローチを教える取り組みが挙げられる。自分で目標を立て、実現に向けた作戦を考えて実行するというサイクルを回すアプローチで、子どもたちが主体的に自身の課題を解決するスキルを身に付けることが狙いだ。これを奥津氏は「作戦マン」というキャラクターに扮し、「作戦を立てて実行し、目標や目的を実現しよう」と呼びかける形でわかりやすく伝えている。
学年・学級単位の関わりとしては、学級活動などの時間を使ってワークショップを行っている。その内容は、「作戦会議」と称して児童生徒が自分の目標とそれを実現するための作戦を立てたり、自身の扱い方を考えるマインドフルネスのプログラムを行ったりとさまざまだ。
個別相談は、学校作業療法室で行っている。児童生徒とその保護者、先生の三者は、診断や障害の有無に関係なく相談できる。
「個別相談では、先生から『この子が気になる』『頑張っているのにうまくいっていない』と支援の依頼を受けるケースのほか、本人が希望して対応するケースがありますね。子どもたちの間では、僕は“一緒に作戦を立ててくれる作戦マン”。そこでも子どもが問題解決に向け、主体的に作戦を立てて行動できるよう支援を行っています」(奥津氏)
診断が下りにくい「DCD」の子どもの支援も
これまで具体的にどのような相談を受けてきたのか。
例えば、友達とのトラブルが絶えない児童。休み時間や給食の時間なども含めて観察すると、周囲と仲良くなりたいものの相手の表情や空気を読むのが得意ではなく、距離を詰めすぎてしまう傾向があった。
そこで奥津氏は、どうしたら周囲と仲良くなれるかという作戦について、イラストと文字で状況を可視化しながら児童と一緒に考えた。すると、「ここに触られると相手は嫌な気持ちになる」「相手との間に、腕を伸ばした程度の距離をあけるといい」という気づきに至ったという。それを担任とも共有して振り返りを続けたところ、トラブルが減って周囲と遊べる時間が増えたそうだ。
朝起きられず、学校に行きたくても行けない生徒に対しては、普段の身体の動きや周囲とのコミュニケーションの様子、朝の覚醒状態を確認。すると、朝の覚醒が上がりづらく、週明けや連休明けはとくに覚醒が上がりづらい傾向が見えてきた。そこで奥津氏は、「君は週末に向けて調子が上がっていくんだよ」と図で説明。さらに家族とも相談し、休日でもアクティブに過ごす時間を設けるようにしたところ、その後は学校を休むことが減ったという。
現在、奥津氏は臨床心理士と一緒に学校訪問を行っており、学校での活動内容は各校の特別支援教育コーディネーターが調整を行っている。現場の実情に合わせ、通級の時間を個別相談や指導に充てるなど、通級と連携した体制を取る学校もある。
「先生が『この子はちょっと気になるな』と感じるのは何かしら理由があるもの。OTは身体や心、さらには背景にある人間関係や家族関係などさまざまな角度から見立てを行い説明するので、先生は子どもへの理解が深まり、子どもは気持ちが軽くなるなど、スッキリするようです。もやもやしたものが解消されるといった声をよくいただきますが、学校の中に入らせていただけるからこそ、できることだと思っています」(奥津氏)
作業療法士が学校現場に直接入っていくメリットはほかにもある。例えば、縄跳びや文字をうまく書けないといった不器用さがある発達性協調運動障害(DCD)への対応だ。DCDの悩みを相談できる専門家はまだまだ少ないが、学校OTはDCDの子どもの悩みにも寄り添う。
「実は、CO-OPアプローチは、カナダで年々増加するDCDのお子さんに対応するため、国が作業療法士の団体に依頼して開発されたものなのです。DCDの不器用さはトレーニングで改善するものではありませんので、不器用さを治そうとするのではなく、その後の人生も見据えてどう対応していくかという作戦を立てるのです。例えば、定規を使ってもどうしてもグラフが書けないと相談してきたお子さんには、さまざまな定規を試してもらいました。その結果、その子には厚めの三角定規が押さえやすいとわかり、それを使うとグラフが書けたのです」(奥津氏)
ここで大切なのは、「本人が自分で見つけること」だと奥津氏は述べる。
「誰かに与えられたものではなく、『これが使いやすい』と自分で実感できたからこそ、普段の授業や生活で使えるのです。また、そうした自分なりの道具や手段という作戦を持っていれば、何かうまくいかないときも自分で対処できますよね。DCDはなかなか診断が下りませんし、『不器用だから』で済ませられがちですが、学校にOTがいれば支援できます。DCDに限らず、診断がなく相談先がない子たちに手が届くのも学校OTの意義の1つです」(奥津氏)
保護者との合意形成がしやすくなった
学校OTの活動は、現場にどう受け止められているのか。モデル校として市内で最初に学校OTの支援が始まった飛騨市立古川小学校で、通級指導教室を担当する宮嶋康代氏はこう話す。
「昨年は奥津さんに全校に向けて作戦マンの活動をしていただいたことで、『自分にはできない』と諦めるのではなく『作戦を考えてやってみよう』という考え方に変わった子は増えた気がします。今年度は、集中力を高める瞑想などの授業をしていただくほか、困り事のあるお子さんの個別相談を優先し、主に次年度の就学に向けて奥津さんに見立てや検査、保護者へのフィードバックをしていただいています。保護者の方も悩んでいますから、発達に関わる点も専門家から直接お話ししていただけるのが心強いですね。専門家の見立てがない中で検討していたときは不安もあったのですが、今は就学に関して保護者と合意形成をしやすくなりました」(宮嶋氏)
ほか、昨年度はCO-OPやウィスクの結果の見方、SP感覚プロファイルなどを学ぶ教員研修を奥津氏に対応してもらっていたが、今年度も引き続き実施している。
古川小学校では、学校OTの取り組みが今年で3年目を迎えた。校長の上口淳氏は、学校OTの意義と今後についてこう語る。
「奥津さんには、困り感がある子の支援とともに、周囲の子や教職員がその困り事や支援の必要性を理解できるようなアプローチもしていただいており、これからもそこは絶対に大事にしたいですね。児童や保護者の意見ももっと吸い上げながら対応したいと思います。学校作業療法室のニーズは今後さらに増えるはず。学校OTの方が増えて、よりタイムリーに相談できる体制が実現できればと考えています」(上口氏)
福祉と教育が協力しあうことで学校OTの体制を構築してきた飛騨市。そのために必要なこととして、教員経験がある教育委員会の都竹由梨氏はこう述べる。
「支援が必要なお子さんが多い一方、教員や学校は働き方改革を求められています。現場はやることが山積みで日々悩んでいましたが、飛騨市ではこの数年で大きく状況が変化しました。市長の強い思いから始まり、総合福祉課の地道な働きかけを経て実現した学校作業療法室を、今後もとにかく継続していきたいですね。そのためには、子どもや学校にとってどんなメリットがあるか、教員の皆さんが理解してくださっていることが重要です。教育委員会としても学校OTと学校をしっかりとつなぎ、両者に負担がかからないようサポートしていきたいと思っています」
現在、学校OTとして訪問支援を行っているのは奥津氏1人のみだという。人材の育成と確保が目下の課題のようだが、OTという専門家の視点と見立てが生かされる仕組み作りは、子どもはもちろん、保護者や教員にとっても大きな力となるはずだ。
(文:吉田渓、注記のない写真:飛騨市立古川小学校提供)