同じ介入でも「子どもによって効果が違う」という事実

私は現在、ユヴァスキュラ大学とトゥルク大学(共にフィンランド国立大学)が、共同で学習困難についての研究を行う中核的研究拠点(Centre of Excellence for Learning Dynamics and Intervention Research、InterLearn;以下、InterLearn)にて、ポスドク研究員として働いています。

矢田明恵(やだ・あきえ)
公認心理師、臨床心理士
青山学院大学博士前期課程修了。フィンランド・ユヴァスキュラ大学博士課程修了、Ph.D. (Education)。日本で臨床心理士として療育センター、小児精神科クリニック、小学校等にて6年間勤務。主に特別な支援を要する子どもとその保護者および先生のカウンセリングやコンサルテーションに従事。夫と2013年にフィンランドに渡航。現在、ユヴァスキュラ大学およびトゥルク大学Centre of Excellence for Learning Dynamics and Intervention Research (InterLearn) ポスドク研究員、東洋大学国際共生社会研究センター客員研究員。インクルーシブ教育のほか、フィンランドでの出産・育児経験から、フィンランドのネウボラや幼児教育、社会福祉制度など幅広く研究
(写真:矢田氏提供)

InterLearnは、Research Council of Finland(※)の助成を受け、2022年に発足、2029年まで継続予定の研究拠点です。その大きな目的は、学習困難についての縦断研究や介入研究を含む幅広い研究を行い、その成果を社会に還元することにあります。

※日本でいう学術振興会のような、さまざまな研究プロジェクトに資金を提供する機関

ここで、医学的診断に用いられる「学習障害(Learning disabilities)」ではなく、「学習困難(Learning difficulties)」という用語を用いているのは、フィンランドのインクルーシブ教育が「社会モデル」に基づいており(関連記事参照)、学習障害だけでなく、「広く学習に難しさを抱える子どもについて研究する」という考えが背景にあります。

これまで、日本だけでなく、世界各国で学習障害を含む学習困難に関する支援や介入方法についての研究が行われてきました。中には、有効な介入方法も数多く開発・紹介され、実際の学校現場の教育実践に適用されています。

一方で、同様の介入方法を用いても、効果のある子どもとまったく効果を示さない子どもがいるのも事実で、その要因として神経発達、認知発達、自己統制、社会情動的発達、学校環境、家庭環境などさまざまな背景が関わっていると指摘されています。こうした多様な要因と介入方法、および学習困難のその後の発達がどのように関わっているかを、包括的に捉えた研究はまだまだ少ないと言われています。

そうした現状から、InterLearnでは、学習困難に関わる多面的なデータを収集し、支援の効果に影響を及ぼすさまざまな要因を網羅的に明らかにすることを目指しています。具体的には、6つの下位プロジェクトに分かれてデータの収集や分析等を行っています。プロジェクトの内容は、妊娠期から学齢期まで縦断的に子どもの発達を追っていくものや、脳科学と学習困難の関係を研究するものなど多岐にわたり、私はデータ分析などを担当するプロジェクトに所属しています。

その中に、問題行動、読み困難、算数困難がある子どもに介入を行い、その成果とさまざまな要因との関係を明らかにしようとするプロジェクトがあります。本稿では、今年2月から実際に介入が始まった、読み困難(Reading difficulties)がある子どもへの介入研究について紹介したいと思います。

クラス担任を持たない「特別支援教員」たちが協力

私の前回の記事(公認心理師が驚いた「フィンランドのインクルーシブ教育」、日本とは何が違う?)でもお伝えしたように、フィンランドの学校にはクラス担任を持たない特別支援教員が配置されており、特別な支援を要する子どもの対応に当たっています。

読み困難への介入研究は、そうした地域の小学校に勤務する特別支援教員との協力の下に行われています。この研究に関心を持ってくださる方を募り、今春はおよそ30名の特別支援教員の先生が参加してくれています。

読み困難への介入研究プロジェクトのキャラクター

研究の流れとしては、まず特別支援教員が担当する3、4年生で、読みに困難を抱える児童を挙げてもらい、昨年の秋にその子どもたちのアセスメントを「読み課題」を用いて行いました。そして、アセスメントの結果を基に、支援が必要と判断され、介入からより読解力の発達に効果を得られそうな子どもを選出しました。

その後、子どもと先生を対象に、介入前の測定を実施。児童からは、読みの能力を測る課題だけでなく、学習における自己効力感やモチベーションといった情動面に関わる質問や、学習環境や友人関係に関わる質問など幅広く聞いています。先生からもこの児童に関わる情動的・環境的な要因に関する情報を集めるだけでなく、これまでの経験やストレス、教えるに当たっての自己効力感など、先生自身への質問にも答えてもらいました。

また、先生たちを対象に、どのように読み困難への介入を行ってもらうかを研修しました。本研究では、新しい介入方法を開発することを目的とはしていません。私が勤務するユヴァスキュラ大学でも、長きにわたり読みや算数に困難のある子どもをサポートする方法やツールが研究開発され、それらの有効性がすでに研究で示されているからです。そのため、すでに有効性が示されているツールや取り組みを組み合わせてマニュアル化された介入プログラムを、先生たちに実践してもらっています。

研修後、先生たちには13週間にわたり、このプログラムを使って対象となる子どもへの介入を行ってもらいます。この間にも、追加の研修が1回、必要に応じて先生へのガイダンス、そして子どもへの3回にわたる簡易な測定が行われます。13週間の介入を終えた後、最後に介入後の測定を行い、終了となります。

タブレット端末を用いた「ゲーム課題」を活用

では、いったいどのような介入を行っているのでしょうか。今回用いている介入プログラムには、週に1回、対象となる子どもたちが対面で集まり、グループごとにさまざまな読み課題を行う取り組みが含まれています。

読み課題はいくつかあるのですが、例えば、「1分読解課題」があります。子どもたちはそれぞれ自分で、あるいは先生と一緒に選んだテキストを、時間を測りながら1分間声に出して読み、どれくらい正確に読めたか、どれくらいの時間で読めたかを読解チャートに記録していきます。同じテキストを数回繰り返して読むので、子どもたちはチャートを見ることで自分のスキルの向上を確認することができます。

そのほか、学校での自主学習や家庭学習における介入も実施しています。例えば、自主学習としては、ICTツールを用いたゲーム課題に取り組みます。「Lukukupla」と呼ばれるユヴァスキュラ大学のUlla Richardson教授が率いる研究チームが開発した、オンラインの読み課題を行うゲームです。

オンラインの読み課題を行うゲーム「Lukukupla」
(写真:Ulla Richardson氏提供)

子どもたちはまず、学校のタブレット端末にそのゲームのアプリをあらかじめ先生にダウンロードしてもらい、自分のキャラクターを選んで課題を始めます。ゲームは、ある教授の研究室に訪れて課題を解決するところから始まり、読解課題をクリアする度にシャボン玉の中の星を集めることができるという設定。

最初にキャラクターを設定(左)。読み課題をクリアすると星を獲得できる(右)
(写真:Ulla Richardson氏提供)

初めの3つの課題でその子の読み能力をアセスメントし、能力に合わせた課題へと移行して習熟度に合わせて進んでいく流れになっています。私たちの介入研究では、子どもたちはこのゲーム課題を週に3回(1回15分)、クラス担任と決めた時間に行ってもらっています。

ICTツールは長所と短所を理解して活用を模索

ICTツールを用いた学習にはさまざまな声があることも事実です。ICT先進国である隣国のスウェーデンは最近、これまでの積極的にICTを教育に用いていく方針から、古典的な紙の本を導入するための資金を投入して、ややアナログな方法に戻ることを発表しました。フィンランドでも、ICTツールを用いた学習がコロナ禍以前から行われてきましたが、これらの過度な使用が子どもの集中力ひいては学習力の低下につながっていると警鐘を鳴らす現場の先生もいます。

私たちのプロジェクトも、ICTツールを全面的に用いて介入を行うことは考えていません。先行研究の中には、ICTツールを子どもが一人で行っても効果は上がらず、先生などの大人と一緒に行った場合にのみ読み能力に効果があったことを示すものもあります。

一方で、ICTツールを用いる利点もあります。例えば、前述したゲームは、子どもの習熟度に合わせて進めていくことができますし、子どもも楽しんで行うことができ、読むことに対するモチベーションも上がる可能性があります。また、子どものレベルに合わせた教材を準備する十分な時間が取れない先生たちの助けにもなります。

ICTツールは日々進化し、新しいテクノロジーの使用にはつねに恐怖が伴います。しかし、それを怖がって全面的に禁止するのではなく、その長所と短所を理解し、最も有効な活用の仕方を模索していくことが必要だと私たちのプロジェクトでは考えられています。

今回、このICTツールを含む介入プログラムが読み能力の促進に効果があるかどうかという部分も重要ですが、前述したように、介入で効果が非常にある子もいればそうでない子も出てくると考えられます。

そうした違いに関係している要因(情動的要因、環境要因、先生の要因など)があるのかどうかを明らかにすることが本研究の一番の目的です。介入効果の違いに影響がある要因がわかれば、今後はそれらの要因に配慮した介入や、その要因そのものにアプローチする介入もできるようになることが期待されます。

現在、13週間の介入と測定まで終わっており、これから集められたデータの点検や予備分析を進めていきます。また、同様の13週間の介入を来春にも行う計画で、協力してくださる先生方と子どもたちは増える予定です。

数年先にはなりますが、今回の研究成果は、学術論文として発表するのはもちろん、集めたデータを基に参加された先生や保護者にフィードバックを行ったり、近年の研究動向やInterLearnの研究成果を説明するセミナーを行ったりと、現場に届く形での発信も行っていきます。

日本にもその成果を発信できたらと思いますが、InterLearnについて詳しくお知りになりたい方は、私たちのホームページと下記の参考文献をご覧ください。

■参考文献
Aro, M., & Aro, T. (2023). Two Future Challenges for Learning Disability Research. LD 研究 (Japanese journal of learning disabilities/日本 LD 学会編集委員会編), 32(3), 216-222.

(注記のないイラスト:Terese Bast)