やらされ感のある“研究発表のための研究”からの脱却

ここは、蕨市立北小学校の体育館。同校の教職員が3年にわたって取り組んできた研究発表会「北フェス」のメイン会場だ。入り口には「皆さんが思う『幸せな校内研究』ってなんですか?」と問いかけるボードが設置されている。記入された回答は会場の一角に掲示され、参観者同士で共有できるようになっている。

「皆さんが思う『幸せな校内研究』ってなんですか?」への回答が掲示されている
(撮影:長島氏)

体育館内にはBGMが流れ、教職員が生けたというミニフラワーアレンジメントが置かれたテーブルには、各研究グループの紀要を読み取るQRコード、児童の学習記録などが展示。お茶とお菓子のコーナーも設置され、参観者は和やかな雰囲気の中で展示を見たり、交流を楽しんだりすることができる。

校内で栽培した植物から作られたアロマスプレーの体験コーナーや、研究副主任の花岡隼佑氏によるユニークな「研究の小言」の掲示など、遊び心や創意工夫も随所に見られる。この日を待ち望んでいた教職員の熱意とパワーが、会場全体を明るく楽しい空気で包み込んでいるように見えた。

参観者は和やかな雰囲気の中で展示を見たり、交流を楽しんだりすることができる
(撮影:長島氏)
松原好子(まつばら・よしこ)
埼玉県蕨市立北小学校校長(2020〜2023年度)
(撮影:長島氏)

「従来の校内研究を否定したかったわけでは決してなくて。でも、『今までどおりのことはやりたくないよね』と。ここからのスタートでした」と話すのは、蕨市立北小学校校長の松原好子氏だ。

「本校は、2021年度から2023年度の3年間にわたり、蕨市教育委員会から研究委嘱を受けました。『主体的に活動する児童の育成〜ICT等の教育ツールの効果的な活用〜』を研究主題に『さあ何をやろう』と考えたとき、これまでのような『教科を特定して一部の教員が授業を行い、ほかの教員は裏方として支える』といった、いわゆる“研究発表のための研究”から脱却しようと。教職員全員を巻き込む形で取り組みたいという思いがありました」

2021年度から学力向上推進担当、研究副主任を務める花岡氏は、こう続ける。

花岡隼佑(はなおか・しゅんすけ)
埼玉県蕨市立北小学校
学力向上推進担当、研究副主任(ともに2021〜2023年度)
(撮影:長島氏)

「職員室は多様な教職員が集まる場なのに、1つの教科にしぼった一律一斉スタイルの校内研究だと、スタート地点でモチベーションギャップが生まれてしまいます。やらされ感がなく、教職員一人ひとりの興味関心を出発点とし、モチベーション高く取り組める校内研究を実現させたいと提案しました」

そこで、研究の“進め方”に主眼をおき、教職員それぞれが学びたいテーマでグループ研究を行うことに。1年目は「ICT」「学び合い」「学級経営&係&宿題」「自由進度学習」「体育」「遊び&PA」と6つのグループに分かれ、研究が始まった。ところが、早くも壁にぶちあたったという。

「全員の合意のもとでスタートしたのですが、初めての試みということもあり、グループ内でのチームワークがとれず、『これは校内研究と言えるのか』という意見が出始めたのです」と、花岡氏。当時はコロナ禍で、対面の機会が限られていたことも影響したという。

対話会「どんな校内研究が幸せですか?」

そこで力を入れたのが、「グループ同士の情報共有」と「対話」を増やすことだった。

小林千尋(こばやし・ちひろ)
埼玉県蕨市立北小学校
研究主任(2022〜2023年度)
(撮影:長島氏)

2022年度から研究主任を務める小林千尋氏は、「お互いのグループが何をしているのか見えにくいと、グループ同士のコラボなどの動きも出にくいもの。職員室に校内研究の専用ボードを作って各グループの実践や研究プランを書いたポスターを掲示してもらい、研究内容や進捗の“見える化”を図りました。

また、本校には、休憩時間に教職員が任意で集まり好きなことを学ぶ『キタカフェ(北カフェ)』があります。その場を活用し、研究に関することはもちろん、リースづくりなど研究とは関係ないことも一緒に楽しむことで、教職員同士の距離を縮めていきました」という。

当時、都内の公立小教員で、現在はベネッセ教育総合研究所 教育イノベーションセンター研究員を務める庄子寛之氏がアドバイザーとして関わり始めたのも、この頃だという。

「学校外の学びの場で庄子先生とお会いしたことをきっかけに、研究2年目の2022年の夏、庄子先生を本校に招いて『どんな校内研究が幸せですか?』という問いで対話会を行いました。働き方改革が進み、研究にかけられる時間も限りがある中、対話会で多くの教職員から出てきた言葉は『持続可能』でした。身を削って準備して『すごい研究だけど、真似できない』と言われるよりも、フィードバックを重ねた日々の実践の積み重ねを見てもらい、『明日からやってみよう』と、小さなお土産を持って帰ってもらえるような研究をしていこうという空気が生まれました」と、小林氏。

「これまで教職員のモチベーションベースで研究をしてきたわけですが、『子どもでなく、教員が主語の研究でいいのだろうか』という疑念も、心のどこかにありました。でも、庄子先生が『(これまでの)方向性は間違っていない』と背中を押してくださったことで、迷いがふっきれた気がします」

こう話す花岡氏に松原氏も続く。

「自校の教職員だけだと自己満足で終わってしまいがちな側面もある校内研究ですが、外から第三者の立場で冷静にご意見をいただけて、前に進むことができました」

「仮説生成型」の校内研究とは

研究3年目。またしても試練が襲う。異動により、何と半数近くの教職員が入れ替わってしまったのだ。

「これまで研究を支えてきてくれたミドルリーダーの先生方がこぞっていなくなり、振り出しに戻ってしまった感がありました。正直、きつかったですね」と、花岡氏は振り返る。しかし、2年かけて培ってきた対話の土壌は、同校に確実に根付いていた。

「新しく来た先生たちを、とにかく巻き込もうと。残った先生方が、新しく来た先生たちにグループ研究のよさを知っていただけるようこまめに声をかけたり、キタカフェに誘ったりして関係性を深めていきました」

校内研究は、研究主題に加えて「仮説」がつきもので、最初に仮説を立てそのルートに沿って登っていく「仮説検証型」研究がほとんどだ。しかし同校では、1、2年目はあえて仮説を立てずに研究を行ってきたという。

そして3年目、これまでの取り組みをあらためて振り返ったところ、自分たちの研究は、今までやってきたことを土台とし、日々の実践の中で生み出したものを検証していく「仮説生成型」研究にあてはまることに気づいたという。

「『私たちがやっていたのはこれだ!』と気づき、『これまでやってきたことは間違っていなかった』と確信を得ることができました」(小林氏)

キーワードは「対話」と「関係性」だ。「教師も児童も“対話”を通して“関係性”が育まれることで、児童の主体性を引き出すことができるだろう」という仮説が研究3年目にして初めて立ち、自分たちが目指す校内研究の輪郭がより明らかになってきたという。研究グループは、最終的に、「ICT」「学級経営」「自由進度学習」「特別支援」「シェアスタ(学び合い)」の5つになった。

研究授業でなく公開授業、反省会ではなく北フェスタイム

「グループ研究」という新しいスタイルを、研究発表会でどう見せるか。教職員で対話を重ねた結果、授業に加え、グループごとにブースを出して主催者と参観者がともに楽しむことができる“お祭り=フェス形式”で開催することとなった。

フェス形式で開催するからには、少しでも多くの人に見に来てもらいたい。フェイスブックグループを立ち上げ、北フェスへの思いや内容を投稿し続けたところ、閲覧者が徐々に増加。「面白そうな校内研究があるらしい」と口コミ形式で広がり、当日は、北は北海道から南は長崎まで全国から約260名もの参観者が集まった。

研究会当日は、体育館でのオープニングセレモニーのあと、各学年の教室で「研究授業」ではなく「公開授業」が行われた。参観者は興味のあるグループの公開授業に自由に参加する。公開授業のあとは、「反省会」ではなく「北フェスタイム」と称した授業者と参観者との交流会だ。

自由進度学習グループのブース
(撮影:長島氏)

公開授業の振り返りに加え、ICTグループのブースにはたくさんのパソコンが並べられ、参観者が授業で使用したアプリを体験したり、自由進度学習グループのブースでは、お互いの実践について語り合ったりなどの姿も見られた。

パソコンが置かれ、参加者が授業で使用したアプリを体験できるようになっている
(撮影:長島氏)

「一方通行の研究発表会ではなく、参観の方にも主体的に参加いただき、教員や子どもたちの姿を見て対話を楽しんでほしいという思いを形にしたら、こうなりました」と、花岡氏は話す。

公開授業では、子どもたちがのびのびと学びに取り組んでいた。6年生の算数の自由進度学習では、友達と廊下でブロックを組み立てながら目当てを検証したり、「今日は1人で学習したいから」と、机に向かってひたすら問題を解いたりなど思い思いのスタイルで学びに集中している。

6年生の算数の自由進度学習。 ブロックを組み立てながら目当てを検証している
(撮影:長島氏)
3年生の英語の授業。英語のクイズを作る活動に取り組んでいる
(撮影:長島氏)

ICT機器やパソコンツールを活用した3年生の英語の授業では、パソコンを携えて自分が学びたい場所に移動し、ALTのサポートを受けながら英語のクイズを作る活動に取り組んでいた。どの教室の教員も子どもたちも、肩肘はらず、笑顔で学びを楽しんでいる。「対話」と「関係性」を大切に学んできた教職員の姿が、子どもたちにそのまま反映されていることがひしひしと感じ取れた。

全体会のあとの庄子氏による講演会は、参観者が聴くだけのスタイルでなく「参加型講演会」。庄子氏が研究発表の振り返りを行いながら、「北小の研究発表をみてどう思った?」「校内研究で『楽しい』って、なんですか?」などの問いを掲げ、参観者同士で活発に意見交換を行った。熱気に包まれた「北フェス」は、大盛況のうちに終了した。

「北フェス」は大盛況のうちに終了した

教職員が主体的に学ぶ姿が児童に伝わった

「繰り返しになりますが、『これまでの校内研究はよくない』と、言っているのではありません。『校内研究のスタイルに正解はないけれど、私たちはこんなスタイルでやってみました。いかがでしたか?』と、提案したかった。それが皆さんに伝わったと思います」という松原氏。

「これまでの当たり前を考えると型破りな校内研究だったと思いますが、準備も当日も、本当に楽しかったです。ただ、僕たちがこれだけ楽しむことができたのは、何があっても『大丈夫よ』と言ってくださる校長先生がいたからこそ。今回の研究を通して失敗を怖がらなくなったのは、自分の中で大きな成長でした」

こう語る花岡氏に、小林氏も続く。

「校長先生は、私たちの挑戦をすべて、面白がってくれるんです。そんな校長先生の姿をみているので、私たち教員も、『子どもたちの挑戦にダメ出しするのでなく背中を押せる存在になりたい』と自然に思えるようになりました」

もちろん、課題もある。花岡氏、小林氏は「グループ同士の情報共有や、同じグループの中で実践を見合い、話し合う場が足りなかったところが課題に感じています。今後に向け改善していきたいと思います」と口をそろえて言う。

とはいえ、「これまでの校内研究の常識を疑い、より良いものに変えていきたい」という北小学校の思いが多くの教育関係者の心に響いたのは、まぎれもない事実だ。

「校内研究は学校経営の一環であり、教職員としての学びの根幹です。本校の教職員は、3年間にわたり、学校の中でお互いに成長しあいながら楽しい学びの場を創出し続けてきました。今回の研究で身につけた『主体的に学ぶ姿』が、児童に確実に伝わっていることを日々実感しています。本校で6年間学んだ子どもたちが、中学校に進学するとどのように成長していくのか。今後は中学校との連携も視野に入れながら、校内研究のあり方を考えていきたいと思います」(松原氏)

※それぞれの役職は取材当時

(企画・文:長島ともこ、注記のない写真:蕨市立北小学校提供)