今の子どもたちには「立体」が足りていない

アートとソリューションという、2つの軸を持つチームラボ。チームラボのミュージアムのアートプロジェクト全般に携わる工藤氏は、現実空間をデジタル技術によって拡張し、来場者が作品世界に身体ごと没入できるようなインタラクティブな体験をつくりあげるチームラボの取り組みや思いを、世の中に伝えている。

工藤岳
工藤岳(くどう・たかし)
チームラボ コミュニケーションディレクター
2009年末にチームラボに参画。ソーシャルブランディングチームを立ち上げ、コミュニケーションディレクターとして、ニューヨーク、ロンドン、パリ、北京など世界各地のチームラボのアート展などや、最近では、大型常設展「チームラボ フェノメナアブダビ」に携わる。 大道芸人などをしながら、大学卒業後2001年からアジア、アラブ諸国、欧州などの国々を約5年間放浪したのち、2006年からはスウェーデンはストックホルムに移住。4年に渡り、現地のゲーム雑誌の編集長として仕事をする。早稲田大学文学部哲学科卒業
(写真は本人提供)

「チームラボの根底にあるのは、世界が人間にとってどういうものであるのか、という根源的な問いです。豊洲の『チームラボプラネッツ』拡張エリアでは、デジタル技術を活用して身体を使いながら理解することを重視しました」と工藤氏は語る。

「単に写真や映像で情報を得るだけでなく、実際にその場所に身を置くことで、より深く世界を理解できるという考えに基づいています。例えば富士山の写真を撮り、その情報をデータとして理解するより、実際に富士山に行ってキャンプするなり登るなりしたほうが理解度が高まるのではないでしょうか。“本当にわかった”という状態になるためには、身体性が伴う必要があると感じています」(工藤氏)

新エリア「運動の森」は、「世界を身体で認識し、立体的に考える」をコンセプトに、空間認識能力を鍛える創造的な運動空間だ。

「かつて人間が自然の中で生活していたときよりも、今の都市生活は全体的に平面化しています。道路はきれいに舗装され、オフィスも平面的な空間です。さらにスマートフォンやタブレットなど、平べったいデバイスと四六時中にらめっこしていますよね。特に今の子どもたちには、立体が足りていません。平面に囲まれた生活は便利かもしれませんが、これは果たして人間にとって正しいのかどうか」と、工藤氏は疑問を抱いてきたという。

チームラボ運動の森「イロトリドリのエアリアルクライミング」
「イロトリドリのエアリアルクライミング」。ロープで吊られた棒が、空中に立体的に浮かんでいる。落ちないように棒を使って空中を立体的に渡っていくが、棒は連結されているため、他の人による棒の動きが、自分が乗っている棒に影響を与える
(写真:チームラボ《イロトリドリのエアリアルクライミング》©チームラボ)

「平面で生活するマウスに比べて、複雑な場所で生活するマウスの海馬(=記憶や空間認識能力に関わる脳の部位)の容量が4倍になったという有名な実験結果があります。ロッククライミングやサーフィンのように複雑で立体的な動きや、立体的な空間を把握できる力こそ今後さらに重要になるのではないか、という仮説の下に作品をつくりあげました」(工藤氏)

チームラボ独自のデジタル技術「接続現実」

自らの身体で探索し、発見し、つかまえ、観察することで好奇心を広げていくことをコンセプトにした「つかまえて集める森」も、教育的プロジェクトの目玉エリアの一つ。この森にはさまざまな絶滅した動物が住んでおり、専用アプリをダウンロードしたスマートフォン上で「観察の目」を放つと絶滅動物をコレクションでき、オリジナルのデジタル図鑑をつくれる。

チームラボ つかまえて集める絶滅の森
「つかまえて集める絶滅の森」。動物に近づいたり、触ったりすると、逃げたり、振り向いたりする。スマートフォンのカメラで、空間を歩いている動物を見て、そのカメラに写っている動物に「観察の目」を放つと、現実の空間に「観察の目」が飛ぶ。「観察の目」が当たると空間からその動物は消え、自分のスマートフォンに入り、コレクションされる
(写真:チームラボ《つかまえて集める絶滅の森》©チームラボ)

注目したいのは、AR(拡張現実)やVR(仮想現実)とは異なる独自のデジタル技術「接続現実」だ。

「ARは現実空間にデジタル情報を重ね合わせますが、基本的にはスマートフォンなどのデバイスを通してしか体験できません。また、VRは完全に仮想的な世界に没入しますが、現実とのつながりは断たれます。一方、チームラボの接続現実は、現実空間そのものをデジタル技術によって拡張させることで、自分たちがそのままデジタル空間に入って、その世界を他の人々とともに共有できるのです」(工藤氏)

来場者がスマートフォンでつかまえた多様な生き物は、画面上でスワイプするとリリースされ、空間内で自由に動き回る。他の人が捕獲した絶滅動物もそこに現れるので、お互いに影響を与え合いながら、刻々と変化する生態系が映し出されるというわけだ。工藤氏は「現実世界における他者との共存を、デジタルテクノロジーを通じて直感的に理解してもらう試み」だと説明する。

「学ぶ!未来の遊園地」は、共創(=みんなで自由に世界をつくること)をテーマとした教育的プロジェクトであり、実験的なエリアだという。

チームラボ こびとが住まう宇宙の窓
「こびとが住まう宇宙の窓」。光のペンで線を描いたり、光のスタンプを押して、絵を描く。描かれた線は、色ごとに不思議な力を持っていて、こびとたちの世界に影響を与える。押されたスタンプは、こびとたちの世界に出現して、動き出す
(写真:チームラボ《こびとが住まう宇宙の窓》©チームラボ)

「自分でつくったクリエイティブに誰かが手を加えることで新たな世界がつくられ、さらにその世界を他の人とともに楽しめることに価値があると感じています。『こびとが住まう奏でる壁』には、ニュートンの運動の3法則(慣性の法則、運動の法則、作用・反作用の法則)が取り入れられています」(工藤氏)

チームラボ こびとが住まう奏でる壁
「こびとが住まう奏でる壁」。キノコや羊小屋、長い氷の棒などいろいろな形のスタンプを壁にくっつけると、スタンプがこびとたちの世界に出現する。スタンプの種類によって、こびとたちは滑ったり、ジャンプしたり、よじ登ったりする
(写真:チームラボ《こびとが住まう奏でる壁》©チームラボ)

デジタル起点で生まれる地域と学校の接点

チームラボには、クライアントの課題解決をミッションとするソリューションチームがある。同チームを率いる堺氏は、北海道の安平(あびら)町立早来(はやきた)学園のICT空間設計を手掛けた。

北海道の安平(あびら)町立早来(はやきた)学園
©チームラボ
堺大輔
堺大輔(さかい・だいすけ)
チームラボ 取締役
1978年、札幌市出身。東京大学工学部機械情報工学科、東京大学大学院学際情報学府修了。大学では、ヒューマノイドロボットのウェアラブル遠隔操作システムについて研究。主に、ソリューションを担当
(写真は本人提供)

「背景には、2018年の北海道胆振東部地震で校舎が倒壊して使えなくなったことがありました。50年後の学校の姿を想像したときに『単に箱としての校舎を再建する未来は考えられない』という町側の強い思いがあり、チームラボが持つデジタルクリエイティブの知見をもとに、ソリューションチームがICT空間設計を行いました」(堺氏)

ここから、デジタルテクノロジーを活用した革新的な学校づくりがスタートした。プロジェクトのベースとなるコンセプトは、「町のハブとなる学校」だ。

「目指したのは、生徒や教員だけでなく町民も気軽に集まれる場所。人口7500人程度の安平町では、子どもたちは親や教員以外の大人と接する機会が限られています。そこで、学校を核としてさまざまな世代の人々が交流し、新たなコミュニティーを育むことをイメージしました」(堺氏)

北海道の安平(あびら)町立早来(はやきた)学園
©チームラボ

これまで学校をつくったことがなかったチームラボのメンバーは、社員同士のコミュニケーションが活発に行われている自社オフィスの空間設計を参考にしたという。

「50年後AIが急速に発展したとしても、さまざまなバックグラウンドを持つ人々が何か新しいことを創るために、共創するという行為は残るだろうと考えたのです。

具体的な例を挙げると、校舎の図書館を公民館としても利用できるようにしました。これにより、学校の図書館として生徒や教員が利用するだけでなく、つねに町民が訪れる複合的な空間が生まれました。子どもたちが本を読むそばで、新米ママたちが赤ちゃん連れで集まったり、おばあちゃんたちが井戸端会議をしたりする光景が見られます」

ほかにも、調理室や音楽室は、授業で使用しない時間帯で町民向けの料理教室やコミュニティスペースなどに活用されているという。

北海道の安平(あびら)町立早来(はやきた)学園
©チームラボ

「教室から共用スペースの様子が見えるよう、教室の一部はガラス張りで設計しました。町民の姿を身近に感じることが、子どもたちの社会性を育むことにつながるのでは、との思いからです」(堺氏)

デジタル技術が共創空間を支えている点も見逃せない。

北海道の安平(あびら)町立早来(はやきた)学園
©チームラボ

「生徒は顔認証システムを使うことで専用スペースと共用スペースを自由に行き来できます。また、町民はウェブサイトから簡単に共用スペースの予約ができます。予約状況やイベント情報はオンラインでデータベース化され、校内だけでなく町役場などのデジタルサイネージにリアルタイムに表示。学校内で何が行われているのか、地域でどんなイベントがあるのかが一目でわかるので便利です」(堺氏)

共創の理念のもとにデジタルを活用した空間設計と運営システムを組み込んだことで「子どもたちは自然とさまざまな世代の人々と触れ合え、町民は子どもたちの様子を垣間見られ、お互いに刺激になっている」と堺氏。学校におけるICT活用が世代を超えた交流を生み出し、地域社会全体の活性化に貢献していると言えるだろう。

最後に、チームラボとしての信念を工藤氏と堺氏に尋ねた。

「長年トライアンドエラーを繰り返しながら数々の学びを積み上げ、来場者のことを一番に考えた作品づくりを心がけています」(工藤氏)

「利用者の目線から絶対にずらさないこと。べストだと思うものから中身を曲げないこと。そのためには、どんな困難なハードルでも乗り越えていきます」(堺氏)

今年4月にはアブダビ(アラブ首長国連邦)に「teamLab Phenomena Abu Dhabi」をオープンしたばかりのチームラボ。今後の動向から目が離せない。

(文:せきねみき、注記のない写真:チームラボ提供)