「子どもたちの未来の選択肢を増やしたい」

——2023年度、板橋区立板橋第十小学校の「4年生の児童が1年間かけて1000人の大人と出会い、人生設計を考える」というプロジェクトは、公立小では前例のない取り組みであることから、メディアやSNSでも話題となりました。このプロジェクト立案のきっかけを教えてください。

2023年度、前任校から異動し板橋区立板橋第十小学校の4年生の担任になりました。4年生といえば、「2分の1成人式」を行う学校が多いと思いますが、「そもそも10歳の子どもたちが自分の未来を語るときに、人に語れるほどの世界を知っているのだろうか」という違和感がありました。

小泉志信(こいずみ・しのぶ)
鎌倉市教育委員会教育総務課企画担当、一般社団法人まなびぱれっと 代表理事
1996年生まれ。東京学芸大学教職大学院卒。教員1年目時に起業した「一般社団法人まなびぱれっと」を運営しながら教育現場で活躍。2023年度は板橋区立板橋第十小学校で1000人の大人と出会い人生設計を考える探究学習を実践

今、日本では、子どもの自殺が増えています。なぜ子どもたちが自ら命を絶ってしまうのかを考えたとき、“進む道”が少なすぎるからではないかと。「この道が合わなかったら、こっちに行こう」と子どもが自ら思えるようになれば、自殺しなくてすむと思うんです。

ところが、義務教育終了後、高校→大学→社会人とエスカレーター式に上がっていくことが一般的な通念として認識されているこの国は、失敗に寛容ではない風潮が少なからずありますよね。

そのため、何かに失敗したとき、「もうダメだ、ここにはいられない」と思って命を絶ってしまう子もいます。また、核家族化や共働き家庭の増加などにより、子どもたちは学校と家の往復が中心で、家族や教員以外の “知らない大人”と出会う機会が少ないという課題もあります。

子どもたちがたくさんの大人と出会う場をつくって関わり、一緒に何かを生み出すことで、自分がこれから進む道にはたくさんの選択肢があること、未来は自分で切り開いていけることを体感してほしいという思いがありました。

——なぜ、「1000人の大人」だったのでしょうか。

コロナ禍により、地域のコミュニティーなど人と人とのつながりが薄れてしまっていることを感じていました。そんな中、これは僕の直感なのですが、「100人の大人」だけだと、子どもたちに大きな影響を与えることはできないのではないかと思ったのです。

でも「1000人の大人」と、思い切ってひと桁増やすことで、子どもたちにとってよい出会いが生まれる確率を高めることができるのではないかと。同時に、本当に1000人の大人を集められるのか、起業家でもある僕自身にとってのチャレンジでもありました。

さらに、「1000人の大人と会う」という、これまで公立小学校にはなかった革新的な取り組みに挑戦することで、教育界に何らかのメッセージを届けることができるのではないかと考えました。この事例を参考に、あとから続いて実践する学校が出てくることも想定しながら、プロジェクトを進めました。

——総合的な学習の時間を中心にプロジェクトを進めたそうですが、4年生の1年間の学びはどのように進めたのでしょうか。

正式名称は、meet/make/mix(大人と出会う/大人と共に形にする/大人と子どもが混ざり合う)の頭文字を取り、「3Mプロジェクト」としました。1学期は「大人と出会う」をコンセプトに、大学生や起業家・アーティストなど多様な大人に人生設計をインタビューしたり、アーティストと作品を作ったりしながらその人の生き方にふれました。

1学期は「大人と出会う」、2学期は「大人と共に形にする」をコンセプトに学びを深めた

2学期は、「食」「ゲーム」「林業」など10のグループに分かれ、教員の伴走のもと、企業や専門家の大人と協働しながらゲームのグループではゲームを開発したりなど、それぞれのプロジェクトを形にしていきました。

その後は、これまでの活動をふまえ、子どもたち一人ひとりが自分の人生設計図を作成。その過程においても、100人の大人を学校に集め、100組のペアを作って子どもと大人が混ざり合って人生について対話しながら思考を深めたり、100人のアーティストを呼んで子どもとペアをつくり、自分で作った人生設計を基に「未来の自分に向けて」というテーマでアーティストの力を借りながら絵で表現したりなどの授業を行いました。

——2024年3月には、プロジェクトのしめくくりとして、渋谷にある創業支援施設「SHIBUYA QWS」で「1年間で大人1000人と出会った小学校4年生が語る人生設計発表会」を行いました。1年を振り返り、子どもたちの成長について感じた点を教えてください。

発表会の会場は学校の体育館でもよかったのですが、子どもたちにとって、非日常の空間に足を運んで発表を行うことも、大きな学びになりますよね。このプロジェクトは、「SHIBUYA QWS」が公募している未知の価値に挑戦する「QWSチャレンジ」にも採択されていたため、このような形で開催することができました。

プロジェクトのしめくくりは「SHIBUYA QWS」で発表を行った。この日も各テーブルに子どもと大人がまざり合い、対話した
(撮影:長島氏、撮影協力: SHIBUYA QWS)

1年間を振り返って、子どもたちの社会性は間違いなく伸びたことを実感しています。新しく出会う大人に対しても物怖じせず、自分の考えを伝えられるようになったことは、大きな成長だと思います。

加えて、このプロジェクトを通して、子どもたちが自分の未来について「○○になりたい」など職業をあげるだけでなく、「まず自分が幸せになって、周りの人も幸せにしていきたい」「挑戦することを大切にしたい」「自由に楽しく生きたい」など“自分はどう生きていきたいか”についてしっかり言語化している姿をみて、やってよかったと感じました。

さまざまな大人と関わる中で、家族や友達の大切さを再認識できた子も多かったですね。10歳の子どもたちが自らの手で作り上げた人生設計図が、今後の人生を歩んでいく中で何らかの財産になることができたら嬉しく思います。

学校風土やコミュニティ・スクールの存在も後押しに

——教員4年目、異動したばかりの小泉さんが、これだけ大きなプロジェクトをやり遂げることができた要因とは?

「板橋第十小学校にいたから、やり遂げることができた」と言っても過言ではありません。2023年度、板橋第十小学校では、冨田和己校長先生のもと「探究する子の育成」が研究主題でした。これらの研究の中で、「板橋第十小学校の研究を面白くする会(IKO)」という有志の教員によるプロジェクトチームが生まれました。

僕もこのメンバーの一員になり、赴任当初は何をしてよいかわからず周りを見回す感じだったのですが、同じ学年の先生が「やりたいことをやってみてください」と。もう1人の当時2年目の先生も「皆さんについていきますよ」と、背中を押してくださったんです。

これをきっかけに「子どもたちのためにできることは何だろう」と改めて考え、IKOの本プロジェクトのリーダーとなってプロジェクトを進めていきました。「人(大人)が集まらない」「この取り組みは本当に子どもたちのためになるのか」など、ピンチや試行錯誤も数え切れないくらいありましたが、校長先生はじめ、学年の先生方、周りの教職員の方々の理解や協力のおかげで最後まで走り抜くことができました。

——板橋区は「板橋区コミュニティ・スクール(iCS)」を推進しているそうですね。板橋第十小学校iCSの協力体制もあったのでしょうか。

「大人」を集めるための呼びかけから、「SHIBUYA QWS」での発表会の日の子どもたちの引率まで、iCS委員の方々にはさまざまな形で協力いただきました。学校に100人の大人を集めたときは、保護者の方が、来てくれた大人の方にふるまうカレーを作ってくださったんです。手前味噌になりますが、「地域の方と保護者の方が中心となって子どもたちの学びを支える」ということを体現していて、本当に素敵な学校だと思います。

「起業家教員」としてのキャリアを実践に生かす

——教員1年目に「一般社団法人まなびぱれっと」を設立した理由を教えてください。

学生時代から「せんせいのたまご」という団体を立ち上げ、多様な方々と交流していました。しかし教員になってから、学校外の居場所がないことを実感し、教員志望の後輩からも同様の不安の声が聞かれたのです。

教員をしながら起業して社会との接点を作り出すロールモデルが必要だと思い、あえて1年目で起業しました。「一般社団法人まなびぱれっと」では、「『せんせい』と『みんな』が安心して混ざり合う未来を」をミッションに掲げ、教育を軸とした学びやイベントを実施するオンラインコミュニティの企画・運営に加え、教育に興味がある学生コミュニティのサポート、教師教育、自治体や民間企業のサポートなどを行っています。

——起業家教員としてのキャリアが、今回のプロジェクトにどのように生かされたと感じていますか?

信頼できるビジネスパートナーの方々をゲストティーチャーとして授業に招く機会を多く創出できたのは、起業家としての広い人脈によるところが大きく、その点では貢献できたのではないかと思います。起業家としての経験により、「SHIBUYA QWS」とのご縁も生まれました。

また、2学期のプロジェクト学習では、複数の企業とコラボしながら実践を進めたのですが、起業家と教育者、2つの視点から企業さんのニーズを理解したうえで学校教育とマッチングできたことには大きな価値があると思っています。

ただ、企業と打ち合わせを重ねながら、子どもたちのより深い学びにつながるアプローチを探ったのですが、企業の求める学びと子どもたちの現状に合わせた学びのチューニングは思いのほか難しく、教員が持つ専門性の大切さを改めて実感しました。

新天地の鎌倉市教育委員会で挑戦したいこと

——2024年4月から、鎌倉市教育委員会で勤務されています。教員からの転身を決意した理由を教えてください。

「3Mプロジェクト」に全身全霊で向き合いながら、自身のこれからの働き方を考えたとき、一教員というプレーヤーとして十分な手応えを感じました。

もともと20代で民間人校長となり、学校改革に挑戦することも視野に入れて活動していました。しかしこの1年間で、学校という場ではなく、教育に関する重要な行政機関で “学校文化”そのものを作り、それを広める役割を担ってみたいとも思うようになりました。

鎌倉市教育委員会は、高橋洋平教育長のもと、ふるさと納税のしくみを活用し、外部の人材や組織とのコラボを通してプロジェクト型学習などを行う「鎌倉スクールコラボファンド」をはじめ教育のアップデートに果敢に取り組んでいます。外部との連携は、僕の得意分野でもありますし、これまでのキャリアを生かしながら教育の新たな可能性に挑戦していくことができるのではないかと思い、鎌倉市教育委員会が募集する教育行政職に応募したところ、採用いただきました。

——新天地で、どのようなことにチャレンジしていきたいと考えていますか。

企業など外部と学校(教員)が手を取り合いながら、子どもたちがワクワクする教育を作りあげていくための橋渡し役として、教員が外に出る、企業も学校に入るという流れをもっと生み出していきたいですね。学校をより開かれた学びの場にしていけるよう、企業の教育系コンテンツの開発など自分のもてる力を最大限に発揮していきたいと思います。

また、僕は広島大学の教師教育者のためのプロフェッショナル・ディベロップメント講座を受講し、「まなびぱれっと」で教師教育も行ってきました。「まなびぱれっと」で後輩や教員志望の学生たちと関わる中で、若い世代は本当に優秀であることを感じました。

鎌倉市においても、これまでの経験を生かし、研修や伴走を通して若手教員がやりたいことに挑戦できるような風土をつくっていくことができたらと思っています。

——20代という若さで大胆なチャレンジを続けています。若手が教育現場で成長していくためには、どのような心構えが必要でしょうか。

まずは、先人の実践を理解することが大切だと思います。日本の教育は、教科教育も特別支援教育も非常に価値が高いものです。長年にわたって培われてきたノウハウや、子どもたちへの深い理解に基づいた教育方法は、世界からも評価されています。

今、目の前にいる先輩方の教育観や、その方が教育において何を大切にしているのか、なぜ大切にされてきたのかきちんと向き合うことが、すべてのスタートになるのではないでしょうか。

また、若手は、自身の経験不足などにより、つい、思い込みや自分が知っている世界だけで物事を判断してしまいがちです。これは、周囲とのチームワークを妨げる要因となることがあると思います。周りの先生たちの好きなことや得意なこと、やりたいことに目を向け、共感する姿勢を忘れないこと、自分がやりたいことが見つかったらそれを発信し、ていねいに巻き込みながら教育活動を展開していくことが大切だと思います。

(企画・文:長島ともこ、注記のない写真:小泉氏提供)