日本の教育は高パフォーマンスを維持できるか
──2023年12月5日、OECD(経済協力開発機構)の「国際学習到達度調査」(以下、PISA2022)の結果が発表されました。
OECD加盟37カ国の中で、日本は数学的リテラシーと科学的リテラシーでトップ。前回(PISA2018)11位と低かった読解力も一気に2位まで上昇しました。
数学的リテラシー:OECD加盟国中1位、全参加国・地域中5位
読解力:OECD加盟国中2位、全参加国・地域中3位
科学的リテラシー:OECD加盟国中1位、全参加国・地域中2位
※OECD加盟国は37カ国、全参加国・地域は81カ国
教員の労働環境などの課題が指摘され、コロナ対応も大変であったにもかかわらず、思考・判断・表現を重視して主体的・対話的で深い学びへの転換を目指した学習指導要領改訂後初めてのPISAで成果を出した日本の学校教員のミラクルな働きには感謝と敬意を表したいと思います。
──前回、OECD加盟国中最下位だった学校におけるICTの利用状況も改善しました。
「学校でのICTリソースの利用しやすさ」指標はOECD平均を上回り、5位まできました。ただ、学校間や地域間で格差があるのが実情です。ICT利活用が進んでいるのは全国約1700市町村のうちの200程度と見ています。
GIGAスクール構想によって小中学校に配布された学習用端末の更新についても、経済対策で総額2643億円の基金が創設されることになり、ハード面の問題は解決されました。次はソフト面の人の手当てなどです。都市部では、非常勤のICT支援員を集めることも可能ですが、地方では難しいところもあるかもしれません。
──現在、学校では教員不足が深刻さを増していて、これまで以上に現場は余裕がなくなっています。こうした良好なパフォーマンスを今後も維持できるのか、予断を許しません。
確かに疲弊した教育現場では辞めていく現役教員も増えています。子どもたちと向き合うことにはやりがいを感じられても、一部の極端な保護者への対応を夜中まで強いられるといったことには深い徒労感があり、教員の心理的安全性は担保されていません。
メディアの喧伝などで浸透した3Kイメージもあって教職は、学生らからも敬遠され、教員の親でさえ、子どもが教員になるのを望まなくなっています。
教育に関する国際会議やシンポジウムで、各国の教育行政のトップの人たちと話すと、教職の不人気、教員不足は世界的な課題のようです。もともと、教職が不人気な国もあれば、日本のように以前はあった人気が下がっている国もありますが、共通するのは民間志向が強まっていることです。
民間企業では、働き方改革など法制面の整備だけでなく、企業間の人材獲得競争によって労働条件、労働環境の改善が進みました。しかし、教育現場は改善が進まず、民間企業との働く環境の格差は広がる一方です。
──どうしたらよいのでしょう。
この構造的なギャップを埋めるには、教育の総人件費を引き上げることが必要です。とくに、日本は教育に対する公的支出のGDP比はOECDでも最低レベルです。
そんな状況でも高いパフォーマンスを出している教員の努力に、社会が理解を示さなければ、教育現場には「見捨てられた」という諦めが広がり、人材が民間企業に向かうことは避けられません。
職場環境改善には、社会の理解と財政支出が必要
──教員に残業代を支払わずに長時間勤務を強いてきた原因とされる給特法(公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与に関する特別措置法)の見直しも検討されていますが、議論はなかなか進みません。
財源確保の見通しが立たないことが理由でしょう。背景には少子化とシルバー民主主義の進行による負のスパイラルがあります。
児童のいる世帯の割合は1986年に46%でしたが、2022年には18%まで下がりました(厚生労働省「2022(令和4)年 国民生活基礎調査の概況」)。約半数の高齢者のいる世帯を含めて残り約8割の世帯に増税や年金予算の削減への理解を得て、少数派の子育て世帯のための教育財源を捻出することは政治的に難しくなっています。
ただ、教職員の方々は給料よりも休みが欲しいというのが本音でしょう。給特法改正も必要ですが、残業を減らすために部活動地域移行のための指導員やサポートスタッフを含めて人を増やすことも大事です。それも総人件費のアップが不可欠という点に帰着します。
十分な財源確保が進まないなら、親の代わりなど、現在、授業以外の業務も担ってもらっている教員への過剰な期待を見直すべきでしょう。
──社会の理解はどうしたら進むでしょうか。
地域住民が協力して学校運営に取り組むコミュニティ・スクール(学校運営協議会制度)は1つのヒントです。今も、1000万人の人々が学校ボランティアに従事してくれています。教員の仕事の大変さは、学校ボランティアとして児童生徒の前に立ってみればわかるはずです。学校に関心を持つ人が増え、学校ボランティアの体験が教員に対するリスペクトにつながることを期待します。
──労働環境を改善するための財源確保や、教員へのリスペクトによって、学校現場の人手不足は改善しますか。
教員志望者の都合に合わせて採用の柔軟性を高めることも有効だと思います。民間企業での経験を経て、教員になりたいと考える人が一定数いますが、教員免許がボトルネックになっています。
教員免許のない人でも採用し、採用内定後、都道府県の教育センターが大学と共同で提供する教職課程などで免許を取得してもらってから、教員として働いてもらえる仕組みも検討すべきでしょう。すでに東京都では、教員免許を持っていなくても採用試験を受けられるようにしていますが、これを現役大学生にも適用拡大すればいい。各県も東京都を参考にしてはいかがでしょうか。
また、民間企業の就職活動と重なっている教育実習の時期を見直すことも必要です。教員免許取得プログラムや採用スケジュール見直しなどについては、教育委員会と地元大学の教育学部や教職大学院が連携して進め、現場のボトルネックを一つひとつ解決していくことが大切です。
その点、教育委員会と大学との連携が取れている地域と、そうでない地域があり、もっと文部科学省が間に入って橋渡しをしてもいいのではないでしょうか。
とくに地方では単独で課題解決に取り組むのが難しいため、他県の大学と連携してオンラインを活用したリアルとオンラインを融合させた教育プログラムをつくるなどが考えられます。大学には教育行政を専門とする先生もいますので、地域の課題解決には何が必要なのか、大学にも提案力が求められています。
──これから教育をよりよくするために、日本はどんな方向に進んだらよいでしょうか。
社会からマイナス面ばかり指摘され、教員になろうという若者は顕著に減っています。今はオンラインで日本に居ながら海外企業で働ける時代です。日本社会に根強くある減点主義に見切りをつけた若者は、教員や官僚だけでなく、日本そのものから静かに立ち去ろうとしていることに早く気づくべきです。PISA2022の結果を素直に誇り、教員をたたえることは、少子化の負のスパイラルを好循環へと変えることにつながるのではないでしょうか。
(文:新木洋光、記事内注記のない写真:鈴木氏提供、トップページ写真:ペイレスイメージズ1(モデル) / PIXTA)