「財務省からダメ出し」でも合意形成を
総選挙を経て、国会情勢が慌ただしく動く中、来年度予算案の査定・編成が大詰めを迎えている。関連して、先日、財務省の財政制度等審議会で、学校の働き方や教員の処遇をめぐって、重要な財務省案が発表された。
その翌日には、文科省が反論ペーパーも出している。一部の報道では文科省vs.財務省という対立軸を強調するものがあるし、「財務省案と文科省案どっちがいい?」と投票を呼びかけているものもある。X(旧Twitter)でも、どの案がよいといった投稿も多いようだ。
確かに教員給与をめぐってはずいぶん隔たりがあるが、学校の長時間勤務の問題などで双方の認識には近い部分もあるので、両省が組んで政府としてより強力に推進していけることも多いのではないか。ただし、双方の案に問題もある、と私はみている。
ここでは、財務省案を中心に、よいところや今後活用できることを解説するとともに、財務省と文科省案の双方の問題点について提起する。
「中央教育審議会(中教審)で2年近く議論したのに、財務省は無下にしている」「乱暴な案だ」などと、感情論を述べたり、中身をよく吟味しないままで拒否反応を示したりするのではなく、よいところは認め、改善点などは建設的に議論していくのが、教職員のため、ひいては子どもたちのために大事だと思う。
財務省の案は評価、活用できるポイントも多い
財務省案と文科省案の詳細については、元の資料を確認してほしい。
まずは財務省案を少し意訳しながら、ざっくりまとめてみた。
① 学校の働き方改革の進捗は、遅い、ぬるい。急激に少子化している中でも教員数はそれほど減っておらず、児童生徒当たりの教員数は増加しているのにもかかわらず、2006年と比べて2022年の残業時間(時間外在校等時間)は、小中学校ともに増えている。文科省、教育委員会、学校は何をしてたんだ?
② 教員にとってやりがいが小さく、負担感の重い事務などを抜本的に縮減するべき。教職調整額(公立学校教員には残業代は出ないが、基本給に上乗せして調整額という本給アップ措置があり現在は4%)を引き上げるのではなく、業務削減が教職の魅力アップにつながる。
③ 文科省ならびに各地の教育委員会は「もっと人を増やしてほしい」と言うけれど、市町村費負担の学校事務職員や用務員が配置されていないところも多く(地方交付税で国が財政支援しているのに)、要望する前にもっと自分たちでやれることをやるべき。
④ 文科省は来年度予算要求で教職調整額を13%にアップする案だが、アップしたところで残業が減る保障はないし、残業0時間の人でも調整額はもらえる一律支給であり、勤務実態に応じたメリハリがない。仮に調整額を今後引き上げるとしても、毎年1%ずつとして、働き方改革の進捗を確認したうえでとする。残業時間が減らない場合は、調整額を上げるのではなく、別の手段に予算を使ったほうがよい。
⑤ 学校業務の抜本的な縮減を図る集中改革期間(例えば5年)を設けて、時間外を月20時間以内に減らしたうえで、労働基準法の原則どおり、時間外勤務手当化する。
報道やSNSでは、給与制度、残業代を出すべきかどうかなど、上記④や⑤の話題が中心になりがちだが、財務省案はかなり幅広い。
とりわけ、「やりがいの少ない業務を大きく減らせ」と言っているのは、私も大賛成だ。次の資料のように、イギリスでは「教員がやらなくてよい業務リスト」を国が示している。
日本の学校の場合、このリスト中では、例えば以下のものは、まだまだ教員の手から離れていない。
・児童生徒の出席・欠席状況の把握。アプリなどで簡易に欠席連絡がとれる学校も増えてきたものの、それでも学級担任が中心となって管理している。ICTを活用していない学校ではいまだ電話連絡。保護者にとってもあまり便利とは言えない(電話がつながらないときもあるなど)。
・大量の印刷。ペーパーレスを進めている学校もあるが、授業研究会の前に何百部も印刷したり、保護者向けのお便りの印刷が大変だったりする。
・児童生徒のレポートの整理。レポートに限らず、図工・美術の作品なども含めて、教科担任の仕事。高校などでは、入試や就職に必要な書類(自己PRや志望動機など)を学級担任などが添削していて、生徒の進路のためならと、手が抜けない仕事に。
・試験の運営・管理。ほぼすべての日本の学校では教員の業務。高校などでは土日の模試の監督なども教員がやっている。
・生徒の職業体験の運営・管理。地域学校協働活動推進員(コーディネーター)を配置して調整してもらっている学校もあるが、中学校などではキャリア教育の一環での職場体験の世話が教員にとって大きな負担となっている。
・ICT機器の管理。GIGAスクール構想で端末は整備されたが、壊れたときなどの業者との連絡調整や、4月に児童生徒が入れ替わるときの対応、ID管理などを教職員に丸投げしている教育委員会は少なくない。
ほかにもあるが、このくらいで十分だろう。イギリスのリストにはないが、日本では毎日のように掃除の時間もあるし、プールの管理も教員の仕事だ(水を出しっぱなしにして高額の水道代がかかったことなどが時々報道される)。
これまで文科省(ならびに中教審)は「必ずしも教師が担う必要がない業務」などと、やんわりした仕分けと働きかけを行ってきたが、もっと強く国が打ち出す、というのは1つのアイデアだと思う。
日本の場合、戦後、地方自治が重んじられてきたため、設置者(教育委員会)ないし学校のほうに権限がある業務が多く、文科省が強権的にはふるまってはいなかったのだが、国と自治体が協議のうえで、「学校がやらなくてよいことリスト」「教員の手から離すこと一覧」を作ってもいいと思う。
やらなくていいことを示すだけでは変わらない
とはいえ、学校現場からは次のような声、反論が聞こえて来るだろう。
・教員にとって一番メンタル的にもしんどくて、やりがいを感じないことは、一部の保護者等による理不尽なクレームや叱責です。これは学校が対応しなくていい、と国が示してくれるのは歓迎ですが、学校外の人(例えば教育委員会や弁護士)が最後まできちんと面倒をみてくれないと、私たちとしては、放っておけません。なぜなら、保護者の怒りは子どもにも向かってしまいます。その子のことが心配だし、家庭の問題は学級での荒れや問題行動にもつながっていきます。
「チーム学校」などとは呼ばれながらも、教員と事務職員以外の職の大多数は非常勤職のままだ。雇用も不安定だし(東京都でカウンセラーの大量の雇い止めが報じられた)、「ソーシャルワーカー(あるいはICT支援員)さんが次に来てくれるのは再来週です」みたいな状況なので、重たい事案ほど教員の手からは離せない。
私は、今回の財務省案を活用して、「チーム学校」がもっと機能するように、学校内に常勤の専門職や支援員を増やすことが重要だと思う。中学校区などに常駐してもらって頻繁に支援できるようにするなどもいいだろう。
ただし、財務省の③の指摘のように、自治体(教育委員会)が人員配置を怠ってきた問題もある。事務職員や用務員の配置増は、副校長・教頭の負担軽減にもつながるはずだ。
さらに、要約には含めなかったが、産育休の代替人員として正規職を採用した場合も国庫負担にしてよいなど、むしろ財務省にとっては予算増となるアイデアまで含めているのはこれまでになく、学校現場に寄り添っていると思う。
こうした学校業務の抜本的な縮減や、教員に頼りすぎない体制整備、産育休代替の財政支援などについては、文科省は、財務省の提案を採り入れるなどして、政府として強力に推進してほしい。
財務省案の大きな見落とし、文科省の反論も問題あり
とはいえ、財務省案について手放しでは歓迎できない部分もある。1つは処遇改善、給与について、もう1つは教員の多忙や負担の前提についての捉え方だ。
まずは処遇について。財務省の指摘の④⑤について、教職調整額を上げても、毎年1%ずつとするという案でよいかどうかは疑問だ。というのも、今年の骨太の方針にも調整額を10%以上に引き上げるなど、教員の処遇を抜本的に改善することは明記されていたのに、10%にするにも、まだあと6年以上もかかるとなれば、不十分かつ遅すぎはしないか。
確かに、財務省が批判するように、教員の給与アップのために、莫大な国家予算(ならびに自治体負担)がかかるのに、文科省は財源案(≒スクラップ案)を示さないし、将来世代に借金を増やし続けてよいのかというのは、うなずける。また、これまで文科省(文部省時代を含めて)が教職調整額は固定残業代ではないと答弁してきており、じゃあ、調整額とはなんなのかということをあいまいにしてきたツケは大きいと思う。
そうした問題は解消していく必要があるが、今回中教審で重視したのは、「高度専門職」にふさわしい処遇として、今の4%の調整額では微々たる処遇であり、せめて10%以上にしましょうという話だった。
言い換えると、ぜひ学校の先生になってほしいと思えるような人材は、民間やほかの公務員でも雇いたい人材であることも多く、競争が激しい。金だけの問題ではないとはいえ(もちろん仕事の量ややりがい、職場環境なども大事だが)、給与水準も職業選択のときには重要でしょ、という話だ。
実際、先進国の多くは教員の給与水準を引き上げてきたにもかかわらず、これまで日本政府の動きは緩慢だった。国際比較の分析にあたったOECDシュライヒャー局長は、「日本では、少なくとも同様の資格を持った人が就くほかの職業と比べ、教員の給与はまったく魅力的になっていない」と指摘している(教育新聞2023年9月15日「日本の教員給与『競争力ない』 小中高ともOECD平均を下回る」)。
今の高校生や大学生には「学校の先生って、仕事は忙しくて、時にはクレームなんかも受けて大変な割には、給料は低くて、報われてないよね。ほんと子ども好きで頑張れる人だったらできる職業かもしれないけど」というイメージが広がっている※。これを転換していくのに、あと5年も6年もかけている場合ではない。
学校にだけ優秀な人材を寄こせなどと申し上げたいわけではないが、将来のすべての産業の人材の質にもかかわるのが、学校教育の場だ。
多忙の主因は、邪魔くさい事務作業だけではない
もう1つ、財務省案では抜け落ちていること(あるいは気づいているが、軽視していること)がある。これは文科省、中教審の案でも似たり寄ったりだと思うところだが、冒頭に要約した①に関連することだ。
次の資料のとおり、財務省は、2006年と比較して、残業時間が減っていないことを問題視している。
確かに、いまだ長時間勤務の人が多いことは、過労死等防止の観点からも心配だし、教員人気、とりわけ女性の受験者が激減していることにも関連していると私は見ている。
だが、財務省の捉え方は、ざっくりしすぎている。教員の多忙の主要因を、事務作業などのやりがいの低い業務がまだまだ多いことと、教員ないし校長などの見直し意識が低いことにある、と捉えているのではないか。そうだとすれば、これらの前提は、事実と反する部分がある。
残業時間の総計だけでなく、多忙の内訳、要因を丁寧に見ることが大事だ。財務省資料のとおり2006年、2016年、2022年に大規模な勤務実態調査が実施されているので、ここ15年あまりを比較してみよう。また、昔すぎると感じられるとは思うが、1952年にも文部省(当時)は勤務実態調査を実施しているので、参考値として掲載しておいた。ここでは小学校教諭のみを対象とする。
この表で、以前からの比較でわかること、考えられることを5点に整理する。
第1に、ここ15年あまりで授業を中心とする教科指導の時間が増加している。1つには、いわゆる「ゆとり教育」への批判以降、学習指導要領の改訂のたびに、授業時間数が増えていること(道徳や外国語の教科も増加)が影響している。加えて、正規の教育課程外の補習や指導(調査項目では「学習指導」となっている)も増えている。
実は、1952年の調査を紹介したのは、この調査が教員定数を決める義務教育標準法ができるときの根拠資料となったためだ。当時も教員の忙しさは問題視され、「教員一人当たりの授業担当時数は1日3時間(45分授業として4時限)、1週24時限程度にとどめる必要がある」と当時の文部省は考えていた(前掲井深論文を参照)。
当時は週6日授業での話だ。今は週5日なのに、週26コマ以上(つまり1日平均5コマ以上)担当する小学校教員は4割近くもいる(2022年の教員勤務実態調査、0コマと無回答は除いて集計)。
つまり、小学校教員の多くは、義務教育標準法が制定された当初には想定されていなかったような、限られた人手で、多くの教科と授業コマ数を担当し、疲れている。加えて、昨今教員不足が深刻化しているので、欠員が生じている学校では、平均値よりももっと厳しい状況であろうことは容易に想像できる。
学習指導要領で定める以上にたくさん授業数や補習を実施しているのは、学校の問題ないし個々の教員の意識もあるが、もともと教員数が少なくて、勤務時間中に十分に授業準備できる体制にはない、というのは、意識の問題でもなければ、校長のマネジメントの問題でもない。国(文科省ならびに財務省)が十分な制度的な措置をしてこなかったせいだ。
こうした事実認識は、財務省ペーパーにも、文科省の反論資料などにも薄い。学習指導要領や教科書の内容を精選するといった話も、双方の案に出てこない。
第2に、会議や事務が大きな負担となっているわけではない。2006年と比べて2016年、2022年は会議が減り、事務は若干増えているが。1952年調査では、職員会議や雑談にもっと時間をかけていて、職員室に「ゆとり」があった。もちろん、非効率な会議をする必要はないし、必要性の低い書類や手続きを撲滅することには賛成だが。
第3に、保護者・地域対応は大きな負担とはなっていない。ただし、これは限られた調査期間中でのことであり、かつ、平均値の話である。大きな問題がひとたび生じると、多くの教員が疲弊することとなるので、今回のデータだけで判断するのは早計だ。前述のとおり、学校外で対応することも含めて、対策が必要だ。
第4に、では何が大きな負担となっているかと言えば、前述の教科指導のほかは、生徒指導と特別活動などの教科外指導である。ここ15年あまりで生徒指導・教科外指導は減少トレンドであるとはいえ、1日に占める時間は長い。給食、掃除、昼休みの見守り(調査項目としては生徒指導(集団)となっている)などで約1時間かかるだろうから、当然と言われればそうなのだが。これまでの働き方改革の中では、こうした生徒指導関連にはほとんどメスが入っていなかった。
給食や休み時間の世話をしてくれるランチスタッフが配置されれば、小中学校等の働き方はずいぶん変わってくるだろう。
これら2点目~4点目は、関連する先行研究とも整合的だ。神林寿幸さんの研究(『公立小・中学校教員の業務負担』、大学教育出版、2017年)では、1950~1960年代ならびに2010年前後(2006年~2012年)に実施した勤務時間調査を分析している。これによると、事務処理に費やす時間や保護者等の対応時間は増加していないが、生活指導・生徒指導(給食などを含む)や課外活動(部活動等)に費やす時間が増えている。
第5に、授業準備と研修が細っている。ここ15年あまりで教科数や授業コマ数が増えているにもかかわらず、それほど授業準備時間が増えていないのは、授業準備が薄くなっている可能性を示唆する。授業準備が自宅への持ち帰り仕事や土日の業務になっている教員も多いことだろう。
研修について、TALIS2018(OECD国際教員指導環境調査)でも、諸外国と比べて日本の教員は少ないことがわかっているが、ここ15年あまりでも減少トレンドである。1952年調査では表の一番下のほう、「個人的研究」が1時間近くあった。具体的な内容は不明だが、おそらく教員には自己研鑽や探究的な時間があったということだろう。こうした豊かな時間が「高度専門職」としては重要だ。
例えば、最近の症例や判例を知らない、不勉強な医師や弁護士のお世話になりたいとは思わないだろう。教員にも、勤務時間中に学べる時間が必要だが、2000年代以降、おそらくほとんどの教員にとって、こうした「ゆとり」はなくなっている。もちろん、この問題は教員人気を考えるうえでもマイナスだ。
長くなったが、多忙の内訳を見て、以上5点に対応する国・自治体の政策ならびに学校等での取り組みを打ち出す必要がある。今回の財務省の案には問題もあるが、重要な提起をたくさんしてくれている。チャンスともとりたい。これほど深刻化している学校の窮状の背景には、何かひとつやふたつの要因だけがあるのではない。国、教育委員会、学校、保護者・社会ができることは、まだまだある。
※拙稿「教員人気を上げるには?大学生の調査に見る『最も現実的な方法』は何か」。また、文科省委託の大学生向け調査(2022年2月、3月に教職課程を置く大学等に所属する4年生向けに実施)によると、「中学校の先生の仕事はどんな仕事だと思いますか」について、「とても当てはまる」「まあ当てはまる」の割合は、「世の中のためになる仕事」「子供のためになる仕事」では多いが、「給料が高い仕事」では約3割にとどまる。「人気がある仕事」とも約75%の大学生は感じていない。浜銀総合研究所「教職の魅力向上に関する取組の推進 (教職課程を置く大学等に所属する学生の教職への志望動向に関する調査)成果報告書」(令和4年3月)
(注記のない写真:キャプテンフック / PIXTA、route134 / PIXTA)