長崎空港から下道で約40分。風光明媚な大村湾の海沿いを進むと、左手から「諫早中核工業団地」と書かれた看板が目に飛び込んでくる。その先を左折すると、ソニーセミコンダクタマニュファクチャリングの長崎テクノロジーセンターが現れる。主にモバイル向けのイメージセンサーを生産している工場だ。
長崎工場の歴史は長い。ソニーが米フェアチャイルドセミコンダクターから半導体工場を買収し、ソニー長崎を設立したのが1987年。「プレイステーション3」向けに東芝、米IBMと共同開発したプロセッサー「Cell Broadband Engine」を生産するなど、基幹工場の1つだった。
しかし業績不振のあおりを受けて、2008年に長崎工場は、半導体に1兆円を投資すると宣言していた東芝に、約1000億円で売却。そこから2年半後の11年には、ソニーがCMOSイメージセンサーの需要拡大を背景に、約500億円で買い戻すこととなった。
紆余曲折を経て復活を遂げた長崎工場だが、23年には危機に陥る。当時、長崎工場では米アップルのiPhoneなど向けに、新型のCMOSイメージセンサーを量産しようとしていた。問題はその生産過程で起きた。
発生する不良品の数が多く、良品率を示す歩留まりの改善に想定超の時間がかかってしまった。ソニーグループの十時裕樹社長は、当時の決算説明会で「いくつかの新しい技術に挑戦しているのだが複数の問題があり、どうしても手間取ってしまった」と明かしている。また「根っこにある問題」として、「(材料の)ウェハーを投入してから出来上がるまで、改善の状況についてなかなか全貌がつかみにくい」と話した。
取り組んだ3つの改革
しかし23年度の終盤以降、24年度に向かって歩留まりは急速に改善していく。長崎工場はどうやって、この危機を脱したのか。
ソニーが進めた改革は大きく3つある。1つ目は生産現場の組織改革だ。複数ある部門に散らばっていた生産関係の部署を一本化した。




















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