全国学力・学習状況調査の目的と、調査から得られる結果の活用

全国学力・学習状況調査(以下、全国学調)は、日本の教育の現状を明らかにし、教育政策や授業改善に具体的な方向性を示す取り組みの一環として行われている。教科に関する調査問題の作成・分析は国立教育政策研究所(以下、国研)が主体となり、文部科学省と連携して進められている。国研教育課程研究センター長の大金伸光氏は、その意義について次のように語る。

「全国学調の目的は、義務教育の機会均等と水準の維持向上を図ることです。児童生徒の学力や学習状況を把握し、教育政策の成果や課題を検証することが主な役割となっています。また、学校現場に調査結果をフィードバックし、授業改善につなげることも重要です」

全国学調は、学力のアセスメントとしての機能だけでなく、教育施策や学校現場での指導改善に寄与するための情報提供ツールとしての役割を持つ。この調査が実施される背景には、義務教育の水準維持と、全国的な教育の機会均等の実現という課題がある。

全国学調では、国語や算数・数学などの教科調査が実施され、そこから得られた結果と分析が教育現場で活用されている。それぞれの教科において、得られた知見は実践的な授業改善の指針となっている。

なお、正答率だけでなく、誤答や無回答の状況を総合的に分析し、課題を評価している点も特徴だ。正答率が高くても誤答を類型に分けて分析することで、理解の深さや指導の課題が明らかになる。

また、無回答率が高い場合、児童生徒のつまづきが明らかになるような設問の工夫が求められる。こうしたデータに基づき、教育現場は授業改善や指導方法の具体的な改善点を見出す手がかりを得ている。

各教科の現状と課題。調査結果から見えてくるもの

2024年度の調査では、国・公・私立学校の小学校6年生、中学校3年生を対象に、国語と算数・数学の教科調査が行われた。どのような特徴が見られたのか、教科ごとに詳しく見ていこう。

国語

2024年度の国語の調査では、児童生徒が目的に応じて情報を取り出すことや、事実と意見を区別して表現することに課題を抱えていることが明らかになった。具体的には、取材メモを基に自分の考えを文章にまとめる問題では、事実を並べるだけで、自分の意見として論理的に展開することができていない児童が散見された。

「例えば、『取材メモの事実を踏まえて、自分の考えを述べなさい』という設問で、事実をそのまま自分の意見として記述してしまうケースが多かったです。一方で、物語の全体像を捉えたり、情報を適切に関連付けたりする力については一定の成果が確認されています」

令和6年度 全国学力・学習状況調査の結果(概要)「教科調査抜粋版」
(出典:令和6年度 全国学力・学習状況調査の結果(概要)「教科調査抜粋版」)

表現や語彙の効果を考える力も比較的高い水準にあることがわかっており、学校現場での言語活動の取り組みが功を奏していると言える。大金氏は、次のような指導改善のポイントを挙げる。

「文章を書く際には、事実と意見を明確に区別して、書き方を工夫することが必要です。また、取り上げた事実が自分の考えを裏付けるものであるかを振り返り、書き直す過程を授業に取り入れることが有効だと考えられます」

算数

算数では、図形や速さ、割合といった基本的な分野において、児童が一定の知識を持ちながらも、その活用や応用に課題が見られた。特に「立体図形の体積を求める問題」で、誤答率が高い結果となった。

「直径22センチの球がぴったり収まる立方体の体積を求める問題では、22×22×22で解を求めるのですが、円周率を使った誤答や、辺の長さを誤解した計算が散見されました。

令和6年度 全国学力・学習状況調査の結果(概要)「教科調査抜粋版」
(出典:令和6年度 全国学力・学習状況調査の結果(概要)「教科調査抜粋版」)

この問題は、公式の使い方だけでなく、図形の構成要素を正確に理解する力を問うものです。児童の回答を分析することで、公式を覚えるだけでは不十分であることが改めて明らかになりました。公式の暗記だけでなく、公式がどのような意味を持つのかを理解し、必要な情報を判断できるようにすることが必要です」

また、速さに関する問題でも、日常生活に密接した場面を設定した問題で正答率が低かった。自転車の速さを問う問題では、単位量あたりの理解が不十分な児童が多く見られたという。

「速さの概念を単なる公式ではなく、生活の中でどう捉えるかを具体的に教える必要があります。例えば、家から学校までの道のりや移動時間を実際に測定し、それを速さとして考える授業を行うことで、児童の理解が深まるでしょう」

数学

中学校の数学では、基礎的な知識や技能の習得はおおむね順調であるものの、「数学的な表現を用いた問題解決」や「データの分布の傾向を読み取る」課題に難しさが見られた。特に、箱ひげ図(データの分布を視覚的に表すための統計グラフ)を用いたデータの解釈を問う問題では、判断の根拠を具体的に説明できない生徒が目立った。

「例えば、『車型ロボットの速度が速くなるとオーバーランの距離が長くなる理由を箱ひげ図で説明しなさい』という問題で、多くの生徒がデータの分布を正しく読み取れないか、根拠を記述できませんでした」

令和6年度 全国学力・学習状況調査の結果(概要)「教科調査抜粋版」
(出典:令和6年度 全国学力・学習状況調査の結果(概要)「教科調査抜粋版」)

こうした課題に対しては、授業でデータを扱う機会を増やし、日常生活に即した課題解決型の学習を取り入れることで改善を期待できるとのこと。総じて、数学的な知識を現実の問題に結び付ける力を養うことが求められているという。

「データを読み解き、それを言葉や数式で説明する力は、将来の社会でも必要とされる力です。授業では、データの収集、分析、発表という一連の活動を通じて、生徒がその力を自然に身につけられるよう工夫していくことが重要です」

調査結果をもとに、授業改善を目指す

調査結果は2024年7月下旬に報告書として公開され、各教科の課題や指導改善のポイントが詳細に記載されている。例えば、国語では「自分の意見を述べる際に事実と考えを分けて書く」指導が必要とされ、算数では「速さや割合の意味を日常生活に関連付けて理解させる」ことが重要とされている。

「調査結果をもとにした報告書には、調査問題を活用した授業アイデア例も掲載しています。現場の教員が取り組めるよう工夫しています」

2024年8月下旬には、全国学調の結果を踏まえ、各教育委員会の指導主事や現場の教員向けに全国説明会を開催。この説明会では、教科ごとの出題趣旨や調査結果のポイントを示しながら、授業改善に役立つ具体的なアイデアを提案している。また、指導主事や教員からの質問を受け付け、相互のコミュニケーションを図る場にもなっているという。

「説明会後に実施したアンケートでは、『単元で養う資質能力や、日常の具体的な場面を取り上げた説明があったことで、生徒に必要性を感じさせる指導の重要性を再認識しました。これを現場で実践していきたい』といった前向きな意見や、『調査を通じて見極めたい資質能力や、どのような誤答が多かったのか具体的な説明が非常に参考になった』との声もありました」

さらに、一部の地域では県独自の調査を行っており、「県独自の調査結果とも関連付けて分析を進めたい」といった意見もあったという。

全国学調は、日本の教育現場における羅針盤ともいえる。その結果をどのように活用し、課題を克服していくかが、今後の教育政策の成否を左右する。教育現場と政策立案者が連携し、子どもたちの未来を支える教育を形にしていくことが期待されている。

(文:末吉陽子、注記のない写真:pu- / PIXTA)