「エリア×偏差値」ではなく「自分軸」で学ぶ場を選べる
どの高校を受験するのか。その決断は、自宅から通えるエリアと、合格が期待できる偏差値との組み合わせで下されることが多い。この縛りを解き、北海道から沖縄まで多様な地域の高校から「自分軸」で学ぶ場を選ぶという新しい選択肢を提供するのが、地域・教育魅力化プラットフォームの「地域みらい留学」だ。
具体的には、2つの選択肢がある。高校3年間を丸々過ごす「地域みらい留学」と、高校2年時に単年留学する「地域みらい留学365」だ。生徒たちを受け入れる地域・公立高校は、初年度の2018年度は13道県34校だったが、22年度には32道県90校にまで拡大した。また、説明会参加者数は18年開催時が1173人だったのに対し、21年は4024人と増加の一途をたどっている。
岩本氏は「地域みらい留学生は、21年度で約500人。確実に認知が広がってきており、不可逆の流れになりつつあるのではないかという手応えを感じています」と話す。
ポイントは、単なる国内留学ではないということ。「地域」と「みらい」という言葉が名称に含まれているとおり、地域みらい留学を実施したい公立高校は、地元の市町村と協働して魅力ある高校づくり(以下、高校魅力化)を一体となって行うという前提で初めて参画が可能になる。つまり、自治体は地域での留学生の受け入れ環境や教育資源を提供し、高校は地域をフィールドにした学びを提供していくことになる。
参画する高校のある地域は主に非大都市圏。自然に恵まれ独自の文化が息づく反面、人口減少、少子高齢化、経済縮小など、日本が抱える社会課題が、現実のものとしてその地域を覆っている。生徒たちは、そのリアルな社会の縮図の中で大人たちと共に地域資源を生かしながら、PBL(Project Based Learning/課題解決型学習)に取り組める。大都市圏ではなかなか難しい、自分の興味・関心に基づいた探究的な学びをまさにハンズオンで実践できるわけだ。実際の留学生は、どんな子たちなのか。
「豊かな自然や地域の活動に興味があるとか、海洋に興味があるから海に近い高校を選ぶとか、やはり自らの興味関心、テーマを持っている子が多いですね。帰国子女や中高一貫校に通っていた生徒も結構います。留学生たちは言葉にはしませんが、進路の選び方をはじめ既存のやり方に対する違和感や、もっと違う世界を見たいという好奇心、探究心、さらに『周りによってつくられた今の自分』を超えて成長したいという気持ちが共通して根底にあるように思います」
生徒だけでなく、受け入れる高校・地域も大きく変化
10代半ばにして親元を離れて寮などで生活をし、3年間あるいは1年間を見ず知らずの土地、新しいコミュニティーで過ごす。そう覚悟を決めた子たちだからこそ、その変化と成長には目を見張るものがある。
例えば、横浜市に住んでいた鈴木元太さんは、地域活動が盛んな島根県立津和野高等学校に進学した。放置竹林という地域課題に取り組む中で、町づくりやコミュニティーについてもっと深く学ぶために、東京大学に入学。コロナ禍で授業がオンラインになったことで津和野に戻り、母校でインターンをしながら、工学部都市工学科で住まいやコミュニティーのあり方、人々を支えるための建築についての探究を続けているという。
また、東京生まれの前田陽汰さんは、趣味である釣りが高じて離島にある島根県立隠岐島前高等学校へ。島で暮らすうちに、少子高齢・人口減少社会においては地域の活性化・存続がすべてではなく、人が幸せな人生の閉じ方を望むのと同じように、町もそこに暮らす人々が望むエンディングがあってもいいのではないかと思うようになった。そこで大学進学後、「まちの終活」という概念を掲げ、NPO法人や株式会社を立ち上げ、「右肩上がりを問い直す・死と日常の分断を溶かす」活動を展開しているという。
こうしたユニークな視点と行動力を持つ生徒を受け入れる高校、地域の変化も顕著だ。
「留学生たちが、リーダーシップを発揮して部活動や生徒会の長を務めることもよくあります。すると、地域の子たちは悔しいと思うんですよね。もともと地域にいる自分たちがもっと頑張るべきだと意識が変わるようで、『どんどん意見を言うようになった』『積極的に外で活動するようなった』『コミュニケーション能力が上がった』という話をよく聞きます。地元に興味がなく都会に憧れているような子も、留学生の目を通して地元の魅力を再発見するケースも多いようです」
また、堂々と校則に異議を唱えたり、アルバイト禁止など学校独自のルールに疑問を呈したりする留学生と接する中で、学校の先生たちも自分たちの価値観や多様性について考えさせられることが多いという。さらに地域でホストファミリー的な役を担う「まち親」も、自身の子どもが巣立ったことで薄れていた学校や教育問題に対する関心や張り合いを取り戻すことにつながっているそうだ。
「留学生の『この地域のこういうところが面白い』『卒業後もまた帰ってきます』といった言葉に、地域の人たちはとても元気づけられ、“自地域肯定感”が高まったという声をよくいただきます。後継者がおらず自分の代で終わりだと思っていた事業や技術について、若い世代が戻って来られるようにするためにどうすればいいのかを考えるようになるなど、町づくりの活動に参加する人が多くなったという地域も少なくありません」
生徒全体の「資質・能力の向上」が調査でも明らかに
地域・教育魅力化プラットフォームでは、三菱UFJリサーチ&コンサルティングと共同で、高校魅力化の効果検証も行っている。その第1弾として2019年11月、地域みらい留学が始まる以前から高校魅力化に取り組んできた島根県の高校を事例に、社会・経済効果の分析結果を公表。高校魅力化により地域の総人口が5%超の増加、地域消費額3億円程度増加、高校魅力化に伴う町村の財政負担額の約1.8倍の歳入増効果があるという推計結果を明らかにした。
22年3月に発表した第2弾の調査結果では、地域みらい留学が、高校生の転入を誘発するだけでなく、中学生以下の子がいる世帯の転出抑制・転入増加に寄与している可能性を示唆。
また、島根県における19~21年の「高校魅力化評価システム」(※1)のデータからは、高校と地域の協働が生徒の資質・能力(※2)を高めること、学びの土壌を豊かにするためには地域との協働体制の構築と教員以外のスタッフ(コーディネーターなど)の配置が有効であるなどの結果が得られた。20 年の県外生(留学生)割合が30%以上の学校の生徒は、21 年にかけて学習環境に対する肯定的回答の割合が上昇しているなど、留学生の存在が地域の生徒によい影響を与えるという岩本氏の話とリンクする結果も出ている。
※1 高校魅力化の影響を定量的に可視化する評価ツール。現在全国186校で採用されており、島根県では38校の全県立高校に導入
※2 「高校魅力化評価システム」の核となる4項目(学習活動、学習環境、生徒の能力認識、生徒の行動実績)を分析
「これまでも留学生たちの成長は把握できていましたが、今回の調査で、地元の子たちの資質・能力も向上していることが数値として『見える化』できました。多様性のある教育環境を創出する地域みらい留学の教育的価値が、越境する側と受け入れる側双方にあると証明されたことは大きな成果です。また、魅力ある高校の存在が高校生のいる世帯以外にも影響して、UターンやIターンなど新しい人の流れをつくる一助になっているという地域的価値が示唆されたのもポイントだと思います」
前述のとおり、調査からも高校魅力化には学校と地域をつなぐ人材がカギとなることがわかったが、すでに同財団は6道県11市町と連携し、コーディネート人材の採用・配置・育成を支援する事業を開始している。自治体や学校、コーディネーターを対象にした研修プログラムを実施し、教育環境の向上を推進していく。
また、20年度から始めた国内単年留学の「地域みらい留学 365」の認知拡大をさらに図っていくという。22年度は33人がこの仕組みを利用。1年間という期限があるからこそ失敗を含めてチャレンジしやすいようで、地域の活動に積極的に関わる留学生がより多い印象だという。
「地域の特産品を自分の地元にも伝えたいと母校の購買での販売を実現した子もいました。入学したら卒業するまで同じ高校で過ごすことにとらわれがちですが、必ずしもそれがベストとは限らないということです。また、今までの越境は『都会to地方』がほとんどでしたが、『地方to地方』があってもいいわけで、こうした新しい人流もつくっていきたいと思います」と、岩本氏は語る。
今年度から高校の新学習指導要領が施行され、持続可能な社会の創り手の育成が本格化している。地域みらい留学の拡大が、より多くの生徒たちの成長や活躍の機会を広げ、持続可能な社会の実現が加速していくことを期待したい。
(文:田中弘美、注記のない写真:一般財団法人地域・教育魅力化プラットフォーム提供)