FRCは競技会形式の「STEAM教育プログラム」
FRCを主催するFOR INSPIRATION & RECOGNITION OF SCIENCE & TECHNOLOGY(以下、FIRST)は、青少年の科学教育振興を目的として1989 年に米国で設立されたNPO団体だ。創設者はセグウェイや電動車椅子のiBOTなどの発明で知られる起業家・発明家のディーン・ケーメン氏。現在、FIRSTではFRCを含む5つのロボット競技会を開催している。
これら競技会の日本大会の主催・運営などを行っているのが、2004年に設立されたNPO法人青少年科学技術振興会(以下、FIRST Japan)だ。毎年日本代表チームを選出し、これまで約120チームを世界大会に送り出した。
FRCは15~18歳を対象としており、FIRSTの競技会の中でも最高峰とされる大会だ。毎年世界35カ国から約3800チームが参加している。
10名以上でチームを構成し、重量50kg超のロボットを約6週間で製作するが、活動はそれだけではない。協働してくれるメンター探しから、製作費や大会登録費などにかかる200万円以上に上る活動資金の調達まですべて自分たちで行う。
まるでスタートアップ企業の立ち上げのような経験をするわけだが、こうした参加過程そのものが、グローバル人材の育成につながっていくという点に大きな特徴がある。FIRST Japan事務局FRC統括ディレクターの鈴木健太郎氏は、次のように説明する。
「FRCは、ロボット競技会の形式を取ったSTEAM教育を通して、世界をよりよく変えていこうという教育プログラムなのです。そのためロボット開発だけでなく、資金調達のために数百社に営業したり、広報活動をしたり、実社会をよくするためのビジネスと同じ経験ができるので、技術者だけでなく技術者と一緒に仕事をする人材も育ちます」
だから、アドバイスについても鈴木氏やメンターたちは正解を教えない。やらせてみて失敗するプロセスを大事にしているという。「そもそもモノづくりは失敗の積み重ねです。失敗を体験しながら、チームで話し合い、役割分担し、最終的に目標に向かってやり遂げる力を学んでほしいと思っています」(鈴木氏)。
FRCを機に世界に飛び立つチャンスを得た参加者も
これまで日本は、2015年から約50名がFRCに出場している。直近でも22年4月に北海道の高校生らで構成されるチーム「Yukikaze Technology」が世界大会進出を果たした。
FRCの出場経験者は、海外の大学や国内トップクラスの理工系大学に進学するケースが多く、その後は国内外でエンジニアとして活躍する人材も出てきているという。中には大会を機に新たな道を切り開く若者も少なくない。その1人が、米国のリベラル・アーツ・カレッジ、マカレスター大学で神経科学などを学んでいる中嶋花音さんだ。現在、FIRST JapanでFRCチームメンターとFRC委員も務めている。
中嶋さんが初めてFRCに参加したのは、高校1年生の頃。交換留学先の公立高校にFRCの部活動があり、友人に誘われて参加した。当初は動画編集を中心に活動していたが、しだいに技術のハード面も手伝うように。「その中で、エンジニアリングが自分の手に届く分野であることに気づきました」と、中嶋さんは話す。そして帰国後の17年にFRCチーム「SAKURA Tempesta」を立ち上げ、世界大会3年連続出場を果たした。
FRCは毎年1月にルールや社会課題に沿ったテーマが英語で発表され、そこから参加者はロボット製作やプログラミングをスタート。そして3月~4月初旬の地区予選に通ると、4月下旬の米国での世界大会に出場できる。大会終了後は、次のシーズンに向けた技術講習会、メンバーやメンターのリクルーティングなどを行う、という流れになっている。
「FRCの活動で得ることができたいちばんのスキルは、コミュニケーション能力、そして自分がやりたいことがどんなに困難に見えても突き進むことができる力です。仲間の存在が大きかったですが、工学という分野をまったく知らず、物理ができるわけでもない私でも、参加して数カ月でまったく違う視点を持つことができ、自分が夢中になれることを見つけることができました」(中嶋さん)
FRCにはもう1つ、アウトリーチという重要な活動がある。自分たちが住む地域やコミュニティーで学んだスキルを活用したプロジェクトを行う社会貢献活動で、ここを評価する「Regional Chairman’s Award」という賞も用意されている。中嶋さんは、企業とのロボットワークショップの開催やイベント出展のほか、マララ・ユスフザイ氏やディーン・ケーメン氏との対談などのアウトリーチ活動が評価され、この賞を2回受賞している。
「かつては受動的にテスト対策のためだけに勉強していた私にとって、ボランティア活動と聞いても、自分では大したことができないと思っていたし、興味もほとんどありませんでした。しかし、アウトリーチ活動を通して、私でも何かしら役立つ、社会的インパクトを与えることができることに気づくことができました」(中嶋さん)
中嶋さんは、このほかFRCで新人賞3つ、「FIRST Dean’s List Finalist」にも選出された。そして、FIRSTでの活動が評価対象となる「FIRSTスカラシップ」を利用して現在の大学を受け、合格を勝ち取った。現在はミネソタ大学医学部での研究活動や、公共機関での医療系ボランティアなど、学外の活動にも励んでいる。
「教育、公平性、医療にずっと興味を持ち続けて活動をしてきているので、将来は誰もが自分が本当に興味あるものを見つけ、そこに突き進むことができるような世の中をつくることに貢献したいと思っています」と語る中嶋さん。日本でのSTEAM教育の普及に当たっては、格差が課題だと指摘する。日本では最近、子どもを対象としたプログラミングやロボットスクールなどの習い事が人気だが、経済的な要因や地理的格差によってそうした教育機会を享受できない児童生徒もいるからだ。
「こうした格差を公平かつ迅速に解消するには、公教育の一部にFRCのような『実社会のテクノロジーに触れるプログラム』を入れることが必要だと思います。それが無理でも、全国の科学館やコミュニティーセンターなどの公的施設で部活動のようなものの一環として学校単位、または地域単位で行うことも可能ではないでしょうか。米国では地元企業や商工会議所がメンターを提供するなどFRCの活動をサポートしてくれています。定年退職をされたシルバー人材の方々がメンターとして若い中高生をサポートしていくなどのモデルは、日本でもピッタリなのではないかなと思っています」(中嶋さん)
「世界はロボットをホビーではなく科学技術と捉えている」
今、日本では理系人材の不足が企業課題となっており、将来の人材を確保するためにFRCの場で自社をアピールすることは企業にとってもメリットは大きいだろう。そう考える企業の1つが、テクノロジーを活用したシステム開発やデジタルコンテンツの制作などを手がけるチームラボだ。
同社は、10年ほど前から国内のロボコン参加者コミュニティーの支援を複数行ってきたが、2019年にはFIRST Japanとパートナーシップ契約を締結し、国内FRC支援の第1号企業となった。同社マネージメントチーム・リクルーターである山田剛史氏は、その支援内容について次のように語る。
「FIRST Japanへの資金提供のほか、技術面でのサポートと活動場所の提供をしています。具体的には当社のハードウェア開発を担当しているロボットエンジニアチームとFRCメンバーの生徒・学生たちが、チャットを使って技術的な質問への応答や意見交換を行っています。また、活動場所がないという要望が多く、オフィスの一部を提供しており、メンバーは日常的に部室のように使っていますね」
技術面、コミュニケーション能力ともに優れた生徒・学生が多く、「正直、ほかの企業さんに彼らの存在を知られたくないほどです」と、山田氏は言う。しかし、支援の目的は将来の人材確保だけではない。山田氏は、支援を通じて日本チームの活動環境の劣勢を挽回したいと考えている。
海外ではFRCの認知度は高く、例えばAmazonやGoogle、Apple、NASAなど大きな企業や団体が大会運営や参加者の活動をフルサポートしている。しかし日本は、企業が支援によって税金の控除が受けられるシステムが米国ほど整っていない。「中高生では採用までに時間がかかる」と考え投資をためらう企業も多く、海外に比べ日本チームへの支援は足りていないのだという。
「例えば、eスポーツでは日本チームが世界3位となった途端に注目度が一気に高まりましたが、FRCも日本チームが優秀な成績を残せばニュースになり知名度も上がるはず。今は企業からの資金調達が難しい状況ですが、将来的には協賛企業が増え、グローバルに負けないサポート環境が整うことを願っています。だからまずは、世界大会でもいい成績が残せるよう、現在の日本チームたちをできる限り支援していきたい。それが、日本の将来を担う人材の育成につながればと思っています」(山田氏)
FIRST Japanも思いは同じだ。ただ、日本では課題も少なくない。事務局長の近藤敬洋氏は次のように語る。
「日本でもロボコンはたくさん開催されていますが、どうしてもバトル的なホビーの域を抜け出ていません。世界のロボコンは日本のそれとはまったく違うもので、科学技術の1つ、社会的課題を解決する手段として捉えています」
欧米ではすでにコンピューターサイエンスやロボティクスの授業などが公教育の場でも当たり前となっており、質量ともに日本は大きな後れを取っている。日本も小中高とプログラミング教育が導入され、STEAM教育の強化が叫ばれているが、カリキュラムや教員人材、教材などが欧米と比べまったく足りていないという。FIRST JapanはFRCを通して日本にSTEAM教育を浸透させることを目指しているが、そのためにも地域や企業の支援が欠かせないと近藤氏は言う。
「米国では企業がCSRの一環としてスポンサーになったり、技術メンターを提供したりなどは当たり前で、企業の方々が生のエンジニアリングを子どもたちに伝えています。FRCは地域の活性化、地域創生のツールとしても機能しますので、学校、企業、そして地域のリソースをつなぎ合わせて地域コミュニティーを創出し、日本の将来を担う子どもたちを育成していきたいと考えています」
(文:國貞文隆、注記のない写真:NPO法人FIRST Japan提供)