「デジタル教科書のほうがいい」今や6割の多数派に
茨城県の輝翔学園つくば市立谷田部中学校では、2021年10月から、デジタル教科書導入の実証研究を行っている。同校の英語科担当教諭・小松﨑亮氏も、新たな教材を使用した指導で2年目を迎えた。
「昨年度は中学1年生を、今年は中学3年生を担当しています。どちらの学年も問題なくデジタル教科書を使いこなしていますが、1年生のほうが最初に触れるときの好奇心が強く、自由な発想があるように思いました。一方で、3年生のほうが個別最適な学習につながる活用の仕方をしているようにも感じます」
小松﨑氏自身はもともとICT活用に関心が高く、市のパイロット校として選ばれたときも前向きに取り組むことができたと言う。その小松﨑氏の態度も、生徒や保護者の姿勢に影響していたかもしれない。端末導入時こそネットリテラシーに対する不安の声が上がったが、デジタル教科書の導入についてはスムーズに理解が得られた。
だが、子どもたちの戸惑いは完全なゼロではなかったようだ。
「デジタル教科書を使い始めてから、生徒たちに紙面とデジタルのどちらがいいかアンケートを取りました。そうしたら、大半の生徒が『紙面のほうがいい』と答えたのです」
情報を得るとき、紙のほうが安心感を得られると思う大人は多いだろう。意外なことかもしれないが、現代の子どもたちも、当初はそんな大人と同様だったと小松﨑氏は続ける。
「導入初期は、今日は紙面の教科書だけを使う日、今日はデジタル教科書だけの日……というふうに、教材を切り替えて授業を行いました。生徒たちが両者の特性やデジタル教科書の操作方法をつかんだら、その後は本人に任せるようにしました。これは何事も自己決定できる生徒を育てたいという思いでの方針です」
教員が強制せず、場面や状況に合わせて使いやすいほうを、生徒自身が選んで使う。その形式に慣れた頃に再度アンケートを取ると、デジタル派と紙面派の割合が逆転していた。今では6割の生徒が「デジタルのほうが使いやすい」と答えるそうだ。
「中には『今はデジタルのほうが安心できる』という生徒もいて、感覚の変化に驚きました。これはとにかく慣れの問題なのだと思います。中学生とはいえ、やはり少しでも早い段階でデジタル教科書に触れることで、ICT機器の使用への抵抗も少なくなるようです。このICTスキルが、いずれ自己調整学習にもつながっていくと思います」
同氏の授業中、例えば英作文の時間には、手書き派の生徒とタイピング派の生徒が混在している。教科書を読む際も、パソコン画面をピンチ操作する生徒もいれば、紙と画面の両方をごく自然に見比べる生徒もいる。
デジタル教科書が向いていること、向いていないことは
小松﨑氏の授業では、身に付けたい技能やシチュエーションに合わせたアプリケーションを併用することで、デジタル教科書のメリットをさらに生かしている。授業の冒頭では、クイズ形式の「Kahoot!(カフート)」で語彙力を鍛えつつ、生徒の関心を引き寄せることもある。教科書を音読する課題はMicrosoft社の「Reading Progress」で採点まで行い、生徒へのフィードバックでやる気を高めているという。いずれも生徒に結果が見えやすく、ゲーム感覚で取り組むことができるという特徴がある。小松﨑氏は「教員が教え込むのではなく、生徒自身が活動していると感じられることが重要だ」と補足する。
「デジタル教科書は、英語学習に必要なインプットとインテイクに向いていると思います。反対に足りないと思うのは、アウトプットのための生きたやり取りです。こうした点を補うアプリを正しく選び、デジタル教科書と掛け算をすることで、今後は会話など、コミュニケーション能力向上のための時間をさらに増やしていきたいと考えています」
今後に期待することとしてもう一つ、小松﨑氏は「副読本の充実」を挙げた。多彩な教材で授業内容が深まり、より実践的な課題設定が可能になったとき、それをアシストする別の本が欲しいと感じている。デジタル教科書推進の取り組みは小学校が先んじていたため、デジタルの副読本も、中学校より小学校のほうが充実している状況がある。
「小学生向けの音声付き単語集や表現集がありますが、中学生向けに、もう一歩進んだデジタル教材があるといいなと思います。生徒が教科書を超えた表現をしたいと思ったときに活用できる内容で、さらに誰もがフラットに使える内容だとベストですね」
そうした教材でも、紙の教科書との併用でそれぞれのよさを生かしたいと言う。あくまで生徒が効率よく、自分に合ったやり方を自己決定して学ぶことを重視している。
多様な生徒と教員の「個別最適」にデジタルを生かそう
英語科におけるデジタル教科書の強みは何か。小松﨑氏はこの問いに「いろいろありますが、やはり音声でしょう」と答えた。
「教員が『聞かせたい』と思う単語や英文を、すぐに母国語話者のような発音で再生してくれるのがとてもありがたいですね」
授業に質の高い発音が定着したことで、リスニングやスピーキングの力が伸びていると手応えを語る。小松﨑氏がデジタル教科書の価値を最も感じるのは、生徒一人ひとりが「何度でも」「いつでもどこでも」、そして「自分のペースで」学べる、いわゆる「個別最適な学び」が実現できる点だ。
「本校は公立なので、先へ先へと進みたい子もいれば、いわゆるスローラーナーの生徒もいて、みんなが一緒に学んでいます。例えば音声データなら何度でも繰り返し聞けるし、ゆっくりにしたり速度を上げたり、それぞれの生徒が望むペースで聞くこともできます」
文字を認識するのが苦手な生徒も、デジタル教科書なら拡大して読むことができる。これはリーディングのスキルアップにつながるし、音声データとともに「音と文の一致化」を助けることにもなる。また、授業で配布するプリントも減っているので、持ち物の管理が難しい生徒の負担も減らせる。授業中に「紙の提出物をなくした」などという申し出に対応する時間が減り、学びの本分に時間を割けるようになった。これは理解の早い生徒にとってもメリットになるだろう。課題提出もオンラインでスムーズにできるため、授業内で生徒をせかすことも少なくなった。
「家でじっくり課題に取り組むようになったことで、思考力・判断力・表現力といった、新学習指導要領で目指す力も伸びてきていると感じます。動画や音声にいつでもどこでも触れることができ、生徒の生活の中に、よりシームレスで個別最適な学びが根付いてきているようです。50分間の授業では十分でない内容の底上げをし、くり返し練習することが大切だと思います」
ICT教育の試みは、私立校での取り組みが注目されがちだ。さまざまな点で余裕があるため、先進的なプロジェクトも実施しやすいだろう。だが「自分のペースで」学べることにより、多様な生徒が一緒に学ぶ公立校で実感される利点は大きい。
小松﨑氏は「私は発音にあまり自信がないのですが、デジタル教科書はその苦手なことも補ってくれます」と笑い、「生徒それぞれの苦手分野の底上げをし、自信をつけてほしい」と語る。デジタル教科書とアプリの活用で差を補い、個別最適な学びの実現を目指す同氏の授業。この方針は、生徒のみならず教員にとっても大きな恩恵がありそうだ。
(文:鈴木絢子、写真:今井康一)