昔から変わらぬ日本、子どもに冷たい社会に未来はない
――明石市では子育て支援をはじめ、障害者や無戸籍者の支援、犯罪者の更生支援、犯罪被害者が受け取る賠償金の立て替えなど、いわゆる社会的弱者に寄り添う取り組みを強化しています。泉市長が「やさしい社会」を目指す背景には何があるのでしょうか。
自分の生まれ育ちが原点です。先祖代々漁師で家は貧しく、弟は身体障害者で世間から向けられる目は本当に冷たかった。だから、困ったときにお互い助け合い、支え合えるような社会をつくりたいと、小学生の頃からずっと思っていました。その気持ちは今も変わっておらず、綿々と取り組んでいます。
――とくに子育て支援については、所得制限なしで「医療費・給食費・保育料・公共施設・おむつ」という5つの無料化を独自に実施しています。
子どもは自分の力だけで生きていけません。しかし親にも事情があって、全力で子育てができないこともあります。だから、社会のみんなで子育てを応援してしかるべきだと考えており、「こどもを核としたまちづくり」をしているのです。
子どもは「未来」です。私は40年ほど前に大学の教育学部で教育哲学を学び、日本という国は子どもに対してあまりにも冷たいとレポートを書きましたが、残念ながら今もこの社会は当時からまったく変わっていません。子どもを応援しない社会に未来はありません。
国がやらないなら、せめてふるさとの明石市を、子どもを応援する街にしようと市長を志しました。ずいぶん時間がかかってしまいましたが、やっと思いを実現できる立場になれました。
子どもに対する私の思いには、2つのポイントがあります。1つ目は、子どもは本人が主人公であるということ。いまだに子どもを親の持ち物であると捉える日本社会は国際的に見ても大変珍しく、この発想をすぐにでも転換すべきだと思っています。
2つ目は、「法は家庭に入らず」の発想は間違っているということ。今は昔のように大家族や村社会のようなセーフティーネットはありません。社会全体で、つまり政治や行政が家族問題に介入し、しっかり子どもに支援の手を差し伸べなければいけない時代です。それなのに、いまだに日本は家族のことは家族でやってくださいというスタンスです。
こうした観点から明石市では、2019年に関西の中核市では初となる児童相談所を独自につくり、児童虐待防止などにも力を入れています。
日本の子ども支援に足りない「発想・カネ・ヒト」の3要素
――泉市長は、「明石市が行う全国初の施策はグローバルスタンダード」だとおっしゃっています。世界各国と比べ、日本の子ども支援や教育支援はとくにどのような点で遅れていると感じていますか。
論点を絞ると、「発想・カネ・ヒト」の3つ。まず1つ目に、子どもを応援することが未来をつくるという「発想」が日本にはありません。子どもにやさしいまちづくりをすれば地域経済も回り、税収が増え、それを財源として市民サービスも向上し、子どもから高齢者まで誰にとっても住みやすい街になります。現に明石市は主要税収入が8年で32億円増加しました。こうした発想の転換や理念・哲学の浸透が日本は不十分です。
2つ目の「カネ」ですが、日本は諸外国の半分以下しか子どもの施策にお金を使っておらず、ここは大きな問題です。せめてもの思いで、私は市長に就任した際、子ども関連予算は従来の2倍以上に増額しました。それでも諸外国に比べれば少なく、ようやく欧州並みに近づきつつあるという状況です。
3つ目の「ヒト」については、子どもに寄り添う人材の確保や育成ができていません。明石市が子ども施策に力を入れられるのは、子どもを担当する職員数を3倍以上に増やしたからです。中央省庁から出向していただく人材だけでなく、全国公募で法務職(弁護士)、福祉職、心理職、DV相談員などの専門職や企業出身者など、多方面から有能な人材を常勤の正規職員として採用しています。児相職員の人材育成や学童保育の支援員の認定資格研修などにも取り組んでいます。こうしたことはほかの国では当たり前にやっています。
――とくに参考にしている国はありますか。
子ども施策はフランスをかなり意識しました。ケースにもよりますが、ドイツ、スウェーデン、ノルウェーあたりも参考にしています。養育費の立て替えは韓国の制度を採用、市内すべての市立学校の女子トイレに生理用品を配備する支援(2022年4月開始)はニュージーランドをまねしました。私は海外の成功事例を制度化しているだけなので、失敗するわけがないのです。
――子ども関連の予算や担当職員数の増強という大胆な取り組みを、どうやって実現されたのですか。ほかの自治体でも可能だとお考えですか。
予算は公共事業費を従来の半分にして捻出し、人材は新たに採用した専門職以外は部署間の異動で対応しました。公共事業費を減らしたといっても欧州と同水準にして無駄遣いをやめただけ。市長や知事の権限の最たるものが予算編成権と人事権なので、首長がその気になれば実は簡単なことです。
ただ、それをやると公共事業に関係する企業や団体、急な異動を命じられた市役所職員などの強い反発に遭います。そういうことも含め、腹をくくって取り組むのが市長や知事の役目です。
――コロナ禍でも、個人商店や学生に上限100万円を緊急支援するなど、独自に20の支援策を迅速に展開されました。
溺れている人がいたら何が何でも助けるんです。助けるという結論ありきで方法を考えて実行するだけ。そのため、街を歩いて話を聞くほか、市長への意見箱に届く毎週50~100通の意見もすべて目を通しており、市民の声に基づく運用変更も頻繁に行っています。
教育の権限があれば欧州並みの環境をつくれる
――教育支援については、どのようなお考えをお持ちですか。
市長に与えられていない権限に3つの分野があります。警察、医療、教育です。警察と連携ができないので児童虐待や消費者被害の救済などは臨機応変には対応できません。医療についても、コロナ禍でもどかしい思いをしました。
教育も同様です。例えば過去に教員の不祥事が発覚した際も、「私に調査権限や教員に対する指導権があれば、迅速に再発防止策が取れたのに」と思いました。
教育の権限を県や教育委員会から移譲してもらえれば、欧州並みの教育環境はつくれます。いじめや不登校を減らせると思いますし、もっとインクルーシブ教育に力を入れたい。ヤングケアラーや障害のある子、医療的ケアの必要な子などに、より手厚い教職員の配置を行うなどいろいろ可能になりますが、今はできる範囲のことを全力でやるしかありません。
明石市独自の施策としては、きめ細かな教育を実現するために、2016年度から全28市立小学校の1年生で30人の少人数学級を導入、21年度からは兵庫県内初となる市内12中学校1年生の35人学級を実施。いずれも新たに必要となる教員配置の費用は本市が全額負担しています。また、21年度は全国初となる全学年少人数学級の小中一貫教育校も開設しました。
一方、子どもの成育過程はさまざまなので、学校には行っても行かなくてもいいと思っています。なので、学校外の居場所づくりにも力を入れています。21年度は、無料で利用できる公設民営のフリースクール「あかしフリースペース☆トロッコ」を9月に開設しました。NPO団体との連携で実現したもので、全額公費で助成しています。
また、これまでも2つの小学校内の適応教室で不登校の子どもを支援してきましたが、22年度4月からは学校外の適応教室「朝霧もくせい教室」もオープン。子どもから大人まで利用できる「明石市ひきこもり相談センター」も開設しました。これは中核市としては全国初です。さらにセンター以外に3カ所、まったりできる居場所もつくりました。
子ども関連手当の所得制限はナンセンス
――2023年4月にこども家庭庁が創設される予定です。期待することや求めることはありますか。
私も子どもを担当する中央省庁があるべきだと考えており、この動きには私も当初関わっていたので期待していました。しかし現状は文部科学省が組み込まれず、こども基本法案の骨子に子どもの人権を守る第三者機関「子どもコミッショナー」の設置が盛り込まれないなど、子どもが主人公であるという発想に基づいたものになっておらず残念に思っています。これでは子どもファーストの政策は望めません。
政府はこども家庭庁を中心に、子ども関連予算を倍増したいとの考えを示していますが、それは最低ライン。本来なら3倍くらいは増やさないと。お金がなかったら、どんなにいい政策を思いついても実現しません。
また、政府は待機児童対策の財源を、一部の高収入世帯の児童手当の削減によって捻出することにしました。しかし、子どもにかかるコストは社会全体で負担するのがグローバルスタンダードであって、所得制限はナンセンス。こうした現状から、予算については心配しています。
――教育現場に立つ先生方へメッセージをお願いします。
きっと子どもの頃から勉強ができて大学の教職課程を経て先生になった人や、学校生活が楽しかったから教師を選んだ人も多いのではないでしょうか。
ただ、その先生同士の属性の近さにより、人生の多様性への想像力が足りていない面もあるのではないかと思うんです。子どもの生育過程はさまざまで学校が大嫌いという子もいます。医者や弁護士も同様ですが、学校の先生には今、自分とは違う立場の人に対してどこまで想像力の翼を広げられるかが問われていると思います。
教育実習まで行ったにもかかわらず先生とけんかして1単位だけ落とし、教員免許を取得できなかった私が言っても説得力がないかもしれませんが、多様な子どもの立場や状況を理解してほしいと願っています。
(文:田中弘美、写真:明石市提供)