NVCとはNonviolent Communicationの略で、日本語では非暴力コミュニケーション、あるいは共感的コミュニケーションと訳されている。

これを簡単に言えば、コミュニケーションを取る際、頭で考えて判断や批判をするのではなく、まずは自分自身と相手の心の声に耳を傾け、感情や大切にしていること(ニーズ)を互いに明確にして、共感的なつながりを構築することにより、心からのコミュニケーションを目指そうというものだ。

いわば、支配・対立・緊張・依存といった人間関係を協力的な関係へと変え、互いを豊かにする関係性を生み出していくものになるという。

このNVCは、米国の臨床心理学者カール・ロジャーズ博士に師事したマーシャル・B・ローゼンバーグ博士(以下、マーシャル)によって、1970年代に体系づけられたコミュニケーションの方法で、現在は学校や企業のほか、家庭、コミュニティー、社会活動などさまざまなところで注目されている。

「人の心が通い合う対話とは何か」を考える中で出合ったNVC

だが、日本ではNVCについて詳しく知っている人は、まだそれほど多くはない。今回話を聞いたyukikazet代表の今井麻希子氏は日本におけるNVCの専門家の1人だが、NVCのことを初めて知ったのは2015年ごろだという。

今井氏は、国際基督教大学で平和学を学んだ後、外資系コンサルティングやアニメ制作会社などに勤務した経歴を持つ。若い頃から恵まれた環境で仕事をし、都会での洗練された生活を満喫していたが、社会人10年目を迎えた頃、ふと「このままでいいのかな」という思いを抱くようになった。そこで「一度東京を離れ、自分を俯瞰で見られる環境に身を置きたい」と考え、08年に仕事を辞めて名古屋に引っ越し、組織に所属する仕事も辞めることにしたという。

「等身大の自分が生活を紡いでいくとは、どういう感じなのかを知っておきたいと思ったのです。直感的に引っ越した名古屋でしたが、偶然の重なりから10年の生物多様性条約会議(COP10)に環境NGOとして関わることになり、その経験をきっかけにサステナビリティーやソーシャルをテーマとした執筆・編集の仕事をするようになりました。SDGs策定プロセスにおける政策提言活動などにも携わるようになりましたが、そうした活動を続ける中で、結局いろいろな問題の根本にあるのは人間関係にまつわるものが多いと思うようになったのです」

今井麻希子(いまい・まきこ)
yukikazet 代表/一般社団法人日本NVC研究所代表理事
(撮影:今井康一)

例えば、ある問題をめぐり理論武装をして言葉で戦い、互いに消耗するときもあれば、同じ関心事を持っている者同士にもかかわらず情熱があるがゆえに、目的とは別のところでいがみ合って疲れ切ってしまうときもある。課題解決のためには対話が必要と頭では理解していても、自分と異なる意見を持つ人と対峙すると、ともするとお互いを否定し合う展開になってしまう。今井さんは、そこに疑問を感じた。

そして、ある現場で活動する当事者から「何が正しくて、何が間違いかではなく、互いに何を大事にしているのかを話す場をつくりたい」という言葉を耳にしたことが、今井氏を方向転換させるきっかけとなった。

「『人の心が通い合う対話とは何か』を勉強するうちに出合ったのがNVCの本でした。雷に打たれたような衝撃を受けたのです。これまでの自分の葛藤に対する解決策がNVCに集約されている。もっとNVCを学んで考え方を身に付けたい、多くの人と共有したいと思うようになりました。そこで16年から、のめり込むように国内外のNVCのワークショップに通い始めました」

そこから今井氏は勉強を続け、21年に米国に本部を置くCNVC(Center for Nonviolent Communication)の認定を受け、CNVC認定トレーナーとなった。ちなみに認定課程を修了するには3~5年を要するとされ、認定トレーナーとなることで「NVC」という語の使用許可が付与されるが、あくまで個人でNVCの精神性をベースに探求を続けていくという意味で、世間的な「資格」とは異なるという。

言い方より「どんな意図を持って」相手と関わるかが大事

では、このNVCはコミュニケーションをどう変えていくのだろうか。その入り口として、次の問いについて考えてみてほしい。

「あなたのとった何らかの行為が、誰かの人生をよりすばらしいものにするうえで役立った、ということはありませんか?」

そう言われたら皆さんはどう答えるだろうか。今井氏はこう説明する。

「NVCの創始者マーシャルは、世界のあらゆる土地でこの問いを投げかけました。すると、誰もがとてもうれしそうな表情を浮かべたというのです。『人は、誰かの人生をすばらしいものにすることへの貢献に喜びを感じる』のは、過酷な対立の現場に立ち会い仕事をし続けたマーシャルが身をもって実感した、人間が持っている本質です。そうした人間の本質を前提に、NVCは支配・対立・緊張・依存といった社会や組織の構造的な影響から脱し、人が持つ、人生を豊かにするために、互いを生かし合う関係を築く力を思い起こさせてくれるものなのです」

通常、私たちはコミュニケーションをする際、どのような言い方をすればいいかを考える。だが、NVCでは、言い方よりも「意図」を大事にする。どんな意図を持って相手と関わっていくのかが、スタート地点となるのだ。

例えば、価値観の異なる人と関係性を築くとき、誰もが難しく考えがちだが、そう思えば思うほど自分の心理的安全性が脅かされ、武装的なコミュニケーションに陥る傾向がある。しかしNVCでは、自分は何を求めているのか。話を聞いてほしいのか、安心して会話をしたいのか、あるいは価値ある人間だと思われたいのかなど、まずは自分が大切にしたいこと(ニーズ)に立ち返る。

こうして自分にゆとりをつくったうえで、相手とどういう関係性をつくりたいのか。気持ちよくつながっていたいとか、安心してものを言える関係でいたいとか、うまく自分を伝えつつ相手のことも理解しながら関係性をつくっていく。この「どういう関係性をつくりたいのか」という意図を持つことが、NVCの基本となる。うまくいかなかったら、意図に立ち返りながらやり直すことが大事だという。

「NVCのカギとなる意図は3つあります。1つ目は、お互いの人間らしさが見えるつながりの質をつくることを目指す。2つ目は、お互いのニーズが満たされることを同じくらい大切にする。3つ目は行動を起こすときは自然な分かち合いからできることを目指すです」

こうした意図をもって対話をするためにはどうすればいいのか。その前提として、NVCでは「観察(Observation)」「感情(Feeling)」「大切なもの/ニーズ(Needs)」「リクエスト(Request)」という4つの要素を使って、自己の内面を探っていく。

相手と対話するとき、とくに大人は感情を抑えることが多く、怒ったり、ネガティブなことを言わないようにする傾向が強い。その結果、自分の心の居場所がなくなってしまうことがある。今井氏のワークショップでは、こうした不満の感情の奥に大事なことがあるということを対話型かつ共感的な姿勢で解きほぐしていく。

「何か起こったときや言われたときに、自分の中に起こる反応や感情を受け止める、そうした自己受容につながる視点を持つことができます。そのため、人に何か言われたとき、反応している自分に気づき、実際に起こったことが何か、そしてそれをきっかけに浮かんだ考えや解釈は何かということに気づく、観察の視点に、まずつながります。そして心に浮かんでくる感情やニーズに意識を向け、本当はどんなことを大事にしたいという願いがあったのかを深く探っていくのです。

例えば、相手と対立したら感情に流され、“そんな言い方しないで”と言いたくなるかもしれません。そんな自分に気づき、 “本当はこれを大切にしたい・分かち合いたい”という自分本来の願いに、内省的に耳を傾けていくことができるのです。NVCには観察・感情・ニーズ・リクエストという4つの要素がありますが、私のワークショップでは、まずお互いに「聴きあう」ことを通じて、“自分の大事なことをわかってもらえるというのはこんな感じだったのか”ということを体験する探求の場を提供しています」

宮城大学まちなかキャンパスで実施したSDGsとNVCをテーマにしたワークショップ「SDGs ーつながりを知る・つながりを育む ー 」。前半でSDGsについて紹介、後半でNVCのワークを入れ、「どんな未来をつくりたいか」を話し合い、お互いに共感的に聴き合う対話の場を持った。未来に対して自分が思うこと(不安・希望・願い)、そしてその奥にあるニーズを受け止めてもらう体験そのものが、安心安全な場づくりにもつながっているという
(写真:今井氏提供)

NVCでは褒める代わりに「感謝を伝える」ことを勧めている

こうしたNVCの共感的なコミュニケーションを繰り返していくことで、どんな感情に対しても自分で受け止める耐性ができるという。この視点を身に付けることが大事だと今井氏は指摘する。

現在、このNVCは国内でも少しずつだが、学校の校内研修などでも取り入れられるようになっている。例えば、東京の私立かえつ有明中・高等学校では教員同士のコミュニケーションでマインドフルネスを実現させるために、教員研修にNVCを導入しているという。

一方、海外ではどうか。例えば、韓国ではNVCが社会で普及しており、学校に「共感的なつながりをつくるための部屋」を設置し、もし生徒同士がけんかしたときは、NVCを学んだ大人から話を聞いてもらい、自分自身の怒りや相手に対する敵対意識を受け止めてもらうことで、生徒同士が共感的なつながりを持てるようにしているところがある。また、ベルギーでも学校のほか、青少年育成施設、難病の子どもたちに対して、NVCを伝えているという。

マレーシアのインターナショナルスクールで先生たち向けに行ったワークショップ
(写真:今井氏提供)

「私のワークショップでもNVCの実践を通じて『子どもとの関係が変わった!』と保護者の方がびっくりするケースがよくあります。例えば『子どもが反抗的で言うことを聞かない』と悩んでいた保護者の方がいました。子どもに腹が立つし、そんな自分にも嫌悪感を持っていたのです。しかし、共感的に聴いてもらう実践を通じて、自分自身の感情をありのまま受け止め、その感情の奥には、わかり合うこと、つながり、安心、信頼といったニーズ(願い)があることに気づきました。本当に大切にしたいことに気づくと、ご自身の言動も自然に変わってきて、今では子どもと感情や願いを素直に話し合える関係になっているそうです」

ここで誤解してほしくないのは「話し上手の人だけがNVCを使えるのでは?」と思ってしまうこと。NVCは誰もが使えるものだ。例えば、学校の現場ではオルタナティブスクールをはじめ、いじめや不登校で悩んでいる子どもたちに対しても有効だという。

最近ではSNSでのやり取りが増え、対面によるコミュニケーションや自己表現を苦手とする若者も少なくない。NVCを知ることによって「自分のことがよくわかった」と話してくれる若者もいたという。NVCで他人に共感的に話を聞いてもらうことで、自分の考えが整理され、自己理解(自己共感)が進む、「実はこの、『自分自身とのつながりを育むことが、他者との豊かなつながりも育む』という実感が、NVCを学び続けるモチベーションにつながっているのかもしれない」と今井氏は話す。

「よく教育の現場では、褒めることが推奨されますが、NVCでは褒める代わりに『感謝を伝える』ことを勧めています。うれしい気持ちになったときの出来事は、たいてい自分のニーズが満たされたとき。それを観察とともに伝えるのです。例えば、『あなたが私にこんなことをしてくれたとき、私はこんなこと(ニーズ)が満たされてうれしかった。だから、ありがとう』と」。

(文:國貞文隆、注記のない写真:Graphs / PIXTA)