異動教員の「口コミ」で広がった

昨今、学力向上の目的や新型コロナウイルスの影響などで土曜授業を行う学校が増えているが、東京都目黒区の小学校は完全学校週5日制を維持しており、振り替え休業日がない土曜授業はいっさい行っていない。2007年度から全小学校で二期制と夏休みの短縮をスタートしており、これらの施策が授業時数の確保に貢献しているのだという。

そしてもう1つ、区内の一部の小学校で授業時数の確保に効果を発揮しているのが、「40分授業午前5時間制」だ。全国に先駆け、02年に同区立中目黒小学校で取り組みが始まった理由について、同区教育委員会事務局教育指導課長の竹花仁志氏はこう説明する。

「02年は学習指導要領施行に合わせて完全学校週5日制が始まり、授業時数の確保が大きな課題となった年でした。中でも中目黒小は当時、東京都教育委員会の『少人数学習集団による指導法』の研究推進校に指定されており、教員がその打ち合わせ時間を確保する必要もありました」

そこで導入したのが、「40分授業午前5時間制」だ。多くの小学校では午前中に45分の授業を4コマ行うが、1コマ40分の授業を午前中に5コマ行うことにしたのだ。研修や保護者面談などで午後の授業ができない場合、従来のスタイルでは2コマを潰すことになるが、この方法なら6校時のみをカットすればいいため、授業時数をあまり減らさずに済む。

その結果、中目黒小では狙いどおりに授業時数が確保できただけでなく、学力が向上したほか、子どもたちが落ち着いて生活できるようになったという。

こうした成果から徐々に区内の小学校で導入が増え、現在15校にまで広がっている。中目黒小で午前5時間制を経験した教員が異動し、新しい赴任先でそのメリットを語るという“口コミ”のような形で導入が始まったケースが多いという。

「学びの午前」と「活動の午後」でゆとりを生む

同区では、1日を“学びの午前”と“活動の午後”と捉えている。集中力の高い午前中に40分×5コマの授業を行って学力の定着を図り、午後は総合的な学習の時間など活動的な学習を中心とする形で午前5時間制を行っているのだ。

例えば、午後は「マイタイム」という裁量時間で学力向上を狙いとした20分ほどの短時間学習を実施するほか、マイタイムと6校時を組み合わせた60分授業にして実験や調べ学習などに充てて「思考力・判断力・表現力等」の育成を目指すなど、各学校や各学年の実態に応じて午後の時間を活用しているという。

「40分授業午前5時間制」の時間割例。授業間には5分休みを設けている

学力向上が見られる学校もある。例えば、長年午前5時間制に取り組む中目黒小では、昨年度も区の学力調査で前年度より成績を伸ばしたというが、竹花氏は次のように分析している。

「午前に集中して学べることが、学力の向上につながるのかもしれません。また、下校時間も通常の学校より30分ほど早くなるため、子どもたちは遊ぶ時間が増えてストレス発散できたという声もありますし、教員や保護者も子どもの話を聞いたり、個別指導をする時間を増やしたりと十分なケアができるようになりました。その結果、子どもの心にゆとりが生まれ、学校でも落ち着いて学習に取り組めるようになったのではと思います」

こうした時間割によって、10分前後ずつ登校時間が早まり給食の時間が遅くなることから、「朝食をしっかり取るようになった」「生活リズムが整ってきた」という保護者の声が聞かれる学校もあるという。

「以前、他県で午前5時間制を行う自治体から『給食の時間が遅くなる』というご相談がありましたが、よくよく話を聞くと45分授業で実施されていました。40分授業で行えば空腹の問題は起こりにくく、『早寝早起き朝ごはん』の習慣化が期待できます」(竹花氏)

教員の「働き方改革」にも一定の効果が

午前5時間制は、教員にとってもメリットが大きい。子どもたちが早く下校するため、教員はそこで生まれた時間を会議や研修、授業準備に充てることができ、「働き方改革にもつながっていると言っていい」と竹花氏は言う。中目黒小学校校長の横溝宇人氏もこう語る。

「本校が7校時目まで授業をしたとしても、45分授業を6校時目まで行う学校と比べ20分くらい早く下校となるので、教員の精神的な余裕が増えた印象です。実際、45分授業の学校から異動してきて最初は戸惑うものの、しだいに慣れ『ゆとりができた』と言う教員は複数おり、中には退勤時間が早くなった教員もいます」

横溝宇人(よこみぞ・たかと)
目黒区立中目黒小学校校長
(写真:目黒区立中目黒小学校提供)

しかし、授業時間が短くなったことで、デメリットはないのだろうか。

「大規模校を中心に図画工作や家庭科など2コマ続きで行う専科授業を午後に割り当てるのが難しくなったという声はありますが、本校では7校時目まで授業を行うことでこのデメリットを解消しています。その代わり、月曜日は全学年が午前で帰宅できる時間割にし、午後は会議やクラブ活動などの時間に充てています」(横溝氏)

また、1コマ40分と授業時間が短く、学びの時間をしっかり確保することが難しい点に関しても、さまざまな工夫を行っているという。

「例えば、体育科。跳び箱の場合、準備と片付けだけで10分ほど授業時間が削られてしまいます。そのため同学年の体育科の授業は、連続して行っています。そうすることで準備と片付けが1回ずつで済み、学ぶ時間の確保につながるのです」と、横溝氏は話す。

毎週月曜日に校庭に集合して行っていた、全校朝礼も廃止。移動時間を省くため火曜日の朝に放送やICTを活用したオンラインライブで行うことで、スムーズに1校時目が始められるようになった。この工夫により、月曜日の朝には、1週間の行動予定を各児童が計画する「マイプラン」という新しい活動も始めることができたという。

ICTによる効率化で「学ぶ時間」を確保

同区では今、区立小学校15校が文部科学省の研究開発学校(2019年度~23年度)に指定されており、「40分授業午前5時間制」をテーマに創意工夫ある教育課程や指導方法、適切な授業時数のあり方などについて研究開発を行っている。

中目黒小も研究開発学校の1つであり、今年度からは「単元内自由進度学習」に取り組み始めた。授業の始めに教員が学びの手引きを提示し、子どもが自分で学びの計画を立て、自分のペースで学習を進めていく学習法だ。1人はもちろん、ペアやグループを組んでもよい。

生活科や社会科の授業で取り入れているが、すでに子どもが意欲的に学べるようになってきているという。「教員も『なぜ今までこれをやらなかったのだろう』なんて言っており、すごく反応がいい」と、横溝氏は手応えを感じている。

「単元内自由進度学習」の様子。ICTを活用する児童も
(写真:目黒区立中目黒小学校提供)

同区では昨年度から子どもたちにiPadを配り、授業ではGoogleの「Classroom」を使用しているが、横溝氏はその有効性も実感している。例えば、これまで物語を読んで感想を書く国語の授業では、教員がノートを集めて児童の感想を転記してプリントを作り、次の授業で配付して話し合っていた。しかしタブレットを通じてクラウド上に記入することで、全員の感想をその場で見ながら話し合うことが可能となった。

また、児童がタブレットを持ち帰って自宅で調べものをすることで、翌日の授業では発表するところからスタートできるように。おかげで、40分と短い授業時間の中でも話し合いの時間をたっぷり確保できるようになったという。「ICTは時間短縮にすごく有効です。教員の作業も軽減され、働き方改革にもつながると感じています」と横溝氏は言う。

研究開発学校15校による「40分授業午前5時間制」の詳細な成果は、23年度の研究発表会で示される予定だ。「その際、児童の学びや授業の質の向上、教員の働き方の有効性について、ぜひ広く伝えたい。それを踏まえて区内の22の小学校すべてに、40分授業午前5時間制を拡大できればと考えています」と、竹花氏は語る。

(注記のない写真はiStock)