年間800万の学費、それでも目指す「全寮制インター」

インターナショナルスクール業界において近年顕著なのが、地方都市に続々と開校している、全寮制のボーディングスクールだ。岩手県に開校準備中の、英国のハロウインターナショナルスクール(以下、ハロウ校)安比ジャパンをはじめとして、長野県には白馬インターナショナルスクール、愛知県には国際高等学校と、2022年には続々と全寮制のインターナショナルスクールが開校する。

「全寮制の学校のいちばんの魅力は、何といっても、学びに没入できる環境が整っていることです。子どもの自律心を養うと同時に、勉強だけではなく課外活動にも、24時間体制で向き合うことができます。これまで日本には、全寮制の学校は少なかったのですが、欧米やマレーシア、シンガポールなどでは、ボーディングスクールが増えています。それは、子どもの自律心を育て、よりよい環境を与えてあげたいという保護者のニーズが高まっているからです。英国のハロウ校は、創立450年の歴史を持ち、ウィンストン・チャーチル元英国首相や、ノーベル物理学者などを輩出している、歴史ある学校です。ハロウ校は、バンコク、香港、上海、北京などに分校がありますが、中でもハロウ安比校は、アジアにおけるほかの分校よりも、本家である英国ハロウ校に近いといわれています。その証拠に、海外の分校は通学式ですが、ハロウ安比校はハロウ校の創立450年の歴史で初めて、英国以外につくられたボーディングスクールになります」

だが、ボーディングスクールに通わせるには、相応の学費がかかることも事実だ。それでもハロウ安比校の入学希望者は引きも切らないのだという。

ハロウ安比校、初代校長に就任するMichael Farley氏と、ハロウ安比校正門とエントランスのイメージパース
(写真:村田氏提供)

「一般的に、インターナショナルスクールにおける年間の学費は約300万円前後といわれています。これでもかなり高額ですが、日本一高額な学費のインターナショナルスクールになるだろうといわれているハロウ安比校では、1年間の学費は約600万円。それに加えて、寮費もかかります。また、ハロウ安比校は学業だけではなく、情操教育にも力を入れるため、生徒たちは自然豊かな環境で、スキーやトレッキング、ゴルフ、アートやミュージカルの発表にも取り組み、そちらも合わせれば年間にかかる金額はおよそ800万円程度になるのでは、と思います」

これだけの学費が必要になっても、なぜ人気があるのか。村田さんが一例を挙げた。

「入学希望者の一例をご紹介します。東北地方で歯科医院を開業されている方が、息子さんをハロウ安比校に入れたいと希望しています。それはなぜでしょうか。歯科医院の息子であれば、歯科大学を出て歯科医院を継げばいい、そう考える方も多いでしょう。ですが、この方は違いました。日本では現在、歯科医院はコンビニエンスストアの数と同じくらいあるともいわれています。規制産業が今後、規制緩和されれば食べていくのは難しいと考えているのです。息子さんには英国で医師、または歯科医師の資格を取り、海外で活躍してほしいと考えているということでした」

そのためには、高額の学費もいとわないのだそうだ。ほかにも、都立高校の教員をしている家庭で、自らが教えている教育ではない教育環境で子どもを育てたいと考え、ハロウ安比校を志望している人もいる。実はこの傾向は、ハロウ安比校だけのものではなく、インターナショナルスクール全般においていえるのだという。

親が感じる限界と、子に託す「教育」

「今までは、海外にバックグラウンドがある親御さんが、インターナショナルスクールを選ぶという傾向がありました。ただ、近年顕著なのは、親御さんが自身の受けてきた教育ではこれからの社会に対応できないと感じ、子どもはグローバルな環境で学ばせたい、とインターナショナルスクールを選んでいることです。今や大企業や有名企業に入れば、それでもう安泰という時代ではありません。親自身が、グローバルな環境で生き抜く大変さを知るからこそ、子どもには早くからそれに対応できる力を身に付けてほしいと考えるのですね」

そう考える親の職業はさまざまだ。

「例えば、東京都内で農家をしている方は、娘さんを東京・港区にあるインターナショナルスクールに通わせています。農家とインターナショナルスクール、一見遠く感じるかもしれませんが、この方は、娘さんにグローバルな農業経営を学ばせ、人脈をつくるためにインターナショナルスクールに通わせているそうです。インターナショナルスクールは、他国の外交官のお子さんなども通っているため、そのお子さんが自国に帰られた後に、強い人脈になるんですね」

ほかにも一般企業に勤めている親が、グローバルな視点を持ってほしいとインターナショナルスクールに入れることも珍しくないそうだ。

年間100万円台からのインターナショナルスクール

加えて、年間100万円台の学費から通えるインターナショナルスクールが増えていることも追い風なのだという。例えば、東京都三鷹市にある「ムサシインターナショナルスクールトウキョウ」は年間の学費はおよそ150万円前後。ハード面の資金投資をできるだけ抑え、その分を授業の質などのソフト面に回すことで、学費を抑えている。グラウンドやスイミングプールは自校では持たず、公共施設を使用して体育や水泳の授業を行っているそうだ。

ムサシインターナショナルスクールトウキョウで行われているロボティクスなどの授業風景
(写真:村田氏提供)

このようなインターナショナルスクールが増えたこと、また、一般家庭でも「海外志向」が高まっていることでインターナショナルスクールを選択する家庭が増えてきた。しかし、海外大学への進学だけを考えれば、私立、公立問わず、進学指導をする日本の学校も増えてきている。あえてインターナショナルスクールを選ぶ理由とはいったい何だろうか。

「インターナショナルスクールの最大の特徴は、多様性でしょう。教師も生徒も多国籍で、多様なバックグラウンドを持っています。通うだけで、グローバルな環境に身を置くことができるのです。さらに、インターナショナルスクールでは、1980年代からICT教育が取り入れられています。大手外資系企業の会議室で行われているようなことが、探究的な学びとして取り入れられているのです。例えば、自分で見つけたテーマを研究し、タブレットを使ってプレゼンテーションするといったような、実践的なスキルを早くから身に付けるのです。こうしたことから語学はもちろんのこと、ICT教育も含めて、わが子をインターナショナルスクールに入れたいと考える親御さんは増えていると感じますね」

さらに、と村田さんは続ける。

「独自の発展を遂げてきたインターナショナルスクールだからこそ、特色を持った学びを実践しやすく、新しい学びの形を取り入れるのも早いといえます。例えば、東京都港区にある『ローラスインターナショナルスクールオブサイエンス』は、日本で唯一のサイエンス・インターナショナル・スクールを標榜している、STEAM教育に特化した学校です。子どもの思考力を育てるには、サイエンスがいちばん適しているという考え方に基づいて、生き物、恐竜、宇宙など、子どもの興味を引く切り口でSTEAM教育のカリキュラムを取り入れています。英語はあくまでもツールで、発想力や論理的な思考力を伸ばすことに主軸を置いているのです。ほかにも、算数やテクノロジー分野の教育に力を入れたい親御さんは、インド系インターナショナルスクールの『グローバル・インディアン・インターナショナル・スクール』を選んだりしていますね」

ローラスインターナショナルスクールオブサイエンスの授業。サイエンスと科学的なプロセスを重視している
(写真:村田氏提供)

子どもをインターナショナルスクールに通わせるというのは、もはや特別なことではなくなった、と村田さんは続ける。

「これからの社会は、ますますグローバル化していきます。その中で、自分をどう表現すればいいのか、それぞれの目標や志向・ワークスタイルを考えていく、これは必要なことです。選択肢が増えた社会では、海外を視野に入れた教育を求める人が多くなっていることも、必然でしょう。さまざまな形のインターナショナルスクールが開校しているということは、社会の要請がそこにあることを指します。今後重要なことは、海外型の教育を受けるかどうか、インターナショナルスクールに通うかどうかではなく、それぞれの子どもに合った教育の場所を求めていくことでしょう」

村田 学(むらた・まなぶ)
国際教育評論家、ieNEXT編集長、インターナショナルスクールタイムズ編集長。米カリフォルニア州トーランス生まれの帰国子女。人生初めての学校である幼稚園をわずか2日半で退学になった「爆速退学」の学歴からスタート。帰国後、千葉・埼玉・東京の公立小中高を卒業し、大学では会計学を専攻。帰国子女として、日本の公立学校に通いながら、インターナショナルスクールの教育について興味を持つ。2012年4月に国際教育メディアであるインターナショナルスクールタイムズを創刊し、編集長に就任。その後、都内のインターナショナルスクールの理事長に就任し、学校経営の実務を積む。その後、教育系ベンチャー企業の役員に就任、教育NPOの監事、複数の教育系企業の経営に携わりながら、国際教育評論家およびインターナショナルスクールの経営とメディア、新規プロジェクトの開発を受注するセブンシーズキャピタルホールディングスの代表取締役CEOを務める。10/23(土)に、村田氏も参加する「インターナショナルスクールフェア2021」がオンラインで開催される。幼小中高のインターナショナルスクールが集結予定だ
(撮影:今井康一)

(文:松井佐智子、注記のない写真:Fast&Slow / PIXTA)