国の方向性を変えた「所得制限なし」の子育て支援

――東京都では2023年度から「所得制限なし」で0〜18歳の子どもに月5000円の給付を行うことを決めました。これが一気に「所得制限」が基本だった国の方向性を変えたといわれていますが、この一律給付についての背景や狙いについて教えてください。

日本、そして東京の資源は「人」に尽きると考えています。しかし日本では今、次世代を担う子どもたちの減少が進んでおり、出生数は2021年が81万人、22年には初めて80万人を下回りました。

私はかねて国力の方程式として「国力」=「人口+経済+国防」×「戦略・意志」と申し上げてきました。その意味で、少子化対策は、国力の基本である人口に関わってくるものであり、本来国策として取り組むべき課題です。

今や国だけでなく、各自治体も取り組んでいかなければ課題解決は成し遂げられません。関東大震災後、東京の復興計画を推進した第7代東京市長である後藤新平は、必要なことは3つあるとして「一に人、二に人、三に人」という言葉を残しています。ボーイスカウト日本連盟初代総長を務めるなど人づくりを重視した方であり、都政の先輩として、私も後藤新平から人づくりを学びたいと思っています。

――確かに、人づくりは国のすべての基本になりますね。

ただ、いくら少子化対策を進めても、一人ひとりが生み育てたいと思わなければ、子どもは増えません。事実、日本の女性は多くの場合、子どもを産むとき、子育てか、仕事かという選択を迫られます。妊娠がわかって育休、都では今「育業」と呼んでいますが、育業に入る際、職場で「すみません」と謝ることが少なくありません。私はそうした日本の空気が、そもそもおかしいと思います。

こうした環境を変えるためにも、これからは社会全体で子どもたちを育てていく意識と仕組みが必要になります。そのため、東京都では所得制限を設けることなく、0~18歳まで「シームレス」に切れ目なくサポートしていく。私たちは今回の施策について「018(ゼロイチハチ)サポート」と名付けていますが、社会全体で子育てを応援しているというメッセージにしていきます。

給付の財源についても、都では財政運営上、これまで毎年度事業の見直しを行い、努力しながら財源を確保してきました。今回は人を育てるという、いちばん重要な課題に充てるという趣旨で、子育て支援の財源としたのです。

「マイナーからメジャー扱い」となった子育て政策

――今年10月からは0〜2歳の第2子保育料を無償化すると発表しました。今後の子育て支援策で計画されているものはありますか。

第2子保育料無償化や018サポートのほかにも、卵子凍結の支援、結婚予定者の住宅支援として都営住宅の提供など、チルドレンファースト社会の実現に向け、幅広いジャンルで子育てを応援していきます。予算規模は全体で1.6兆円。都の年度予算が全会計合計で16兆円ですので、その1割を充てることになります。

少子化、子育ての課題については、未婚化や晩婚化、女性の高学歴化などさまざまなテーマがあります。テーマが幅広いがゆえに、いざ施策を始めようとすると「フィンランドでは〜」とか「フランスでは〜」のように、他国の取り組みばかり研究する方がでてきます。これを私は「では錦(にしき)」と呼んでいます。さらに、「未婚よりも晩婚化が問題」といった「~よりも~が問題だ」のように議論が百出してまとまらない。「よりもの助」で、時間ばかりが過ぎていきます。

つまり、この国はずっと議論ばかりしている。何もやっていないわけではないけれど、子育ての強い後押しにはなっていない。だからこそ、都ではチルドレンファーストを目指して、パッケージとしてサポートしたいと考えています。

――国やほかの自治体の子育て支援策の現状をどのように見ていますか。

こども家庭庁を立ち上げるなど、国も積極的に子育て支援に取り組もうとしています。私は国会議員の時代から、ずっと子育てや女性参画について問題意識を持ち、活動をしてきました。当時は子育てといえば、マイナー政策の扱いでしたが、会議を開くと多くの省庁が顔を並べます。しかし、中心となる省庁がなかった。それが今やメジャー政策となり、担当省庁もでき、議論だけをしている段階は終わりました。

すでに生産年齢人口(15〜64歳)が激減していることに加え、そもそも合計特殊出生率(15~49歳の女性の年齢別出生率を合計したもの)の対象となる女性の人数(母数)も減少しているため、人口が加速度的に減少する懸念もあります。環境用語では一定の条件を超えると一気に現象が広がる時点をティッピングポイントというのですが、その転換点を少子化が迎えないうちに、今こそ手を打たなければならないタイミングに来ていると考えています。

――東京都ならではの課題、東京だからこそ取り組むべきことはありますか。

東京には子育ての際の孤立感や負担感の解消、育児と仕事の両立の難しさ、未婚化、晩婚化などさまざまな課題がありますが、これからもきめ細かく、かつ大胆にサポートしていきたい。実際、待機児童問題については、私が都知事に就任した2016年当時は待機児童数が8500人ほどいましたが、今では300人程度にまで激減しています。

社会が変化し、女性の働き方や雇い方が変わっていく中、育児休業も普及しつつあります。しかし、男性であれ、女性であれ、休業という言葉が付いていると取りづらい気持ちになるものです。こうした意識を変えるためにも、東京都では育児も「業」であると考え、育児休業の愛称を公募し、新たに「育業」と名付けました。男性の育児参画も促して、社会全体の意識改革を進めてまいります。

東京都では育児も「業」であると考え、新たに「育業」と名付け、男性の育児参画も促す

また東京都の特徴として人口に占める若年層(15~34歳)の割合が高いことが挙げられます。まさに結婚適齢期の若者が多いわけですが、アンケート調査によれば、結婚に関心がある若者のうち、婚活を行っていない方が7割もいることがわかっています。そのため、都では今年度から「AIマッチング」を始める予定です。さらに、都が保有する施設を活用した交流イベントの開催や、民間と連携したマッチングも行っていきます。

ちなみに私は国会議員時代から婚活・街コン推進議員連盟(当時)を創設し、活動を行ってきました。子どもを持てる社会にするためにも、ぜひこうした取り組みは続けていきたいと考えています。

「英語力の東京」を掲げる狙い

――教育施策については「英語力の東京」を掲げて、ALT(外国人英語等教育補助員)の配置拡充や都内2つ目となる体験型英語学習施設を多摩地域に開設するほか、高校生の海外交流事業の強化も行っています。英語力の向上に力を入れる理由を教えてください。

日本では長年英語教育に力を入れていますが、これほど英語を話せない国民も世界では珍しいのかもしれません。英語力という点では世界的基準から見ても、物足りないものがあります。日本人として仕事ができる人でも、日本語だけとなれば、世界の労働市場からすれば、その価値は大きく下がってしまいます。これからさらにグローバル化が進む中で生き抜くためには英語力は必要不可欠なスキルの1つだといえます。

こうした世界的な人材の競争力を高めるためにも、英語力の強化を図っていきたい。その施策の1つとして都立高校の入試において、中学校英語スピーキングテスト(以下、ESAT-J)の結果を活用することとしました。

――今年の全国学力・学習状況調査(全国学力テスト)でも、中学英語で「1人1台端末」を使ったスピーキングテストが行われました。ESAT-Jの導入については、賛成・反対などさまざまな意見、反響がありましたが、なぜ「スピーキング」なのでしょうか。

読み、書き、聞くという技能に、話す技能を加え、必要な場面で英語が使えるような人材を育成したいと考えています。日本人は国際会議に出ると「3S」とよく言われます。その3Sとは「スマイル」「スリープ」「サイレント」を示しています。つまり笑顔か、寝ているか、発言をしないということで、海外の方からは日本人は何を考えているのかわからないと思われがちです。G7などでも通訳を付けている閣僚は、残念ながら日本だけの場合も少なくありません。日本の国際競争力が落ちているのはスピーキング能力が低いことが大きいと考えています。スピーキングは交渉そのものであり、人間同士の付き合いでも必要なものです。

これからスピーキング能力を高めていくためにも、東京都では都立高校の入試だけでなく、中学1年生、2年生でもスピーキングテストを実施していきます。全国学力テストでもスピーキングテストが導入されましたが、これからの教育の柱として英語力、中でもスピーキングに力を入れていきたいと思っています。

小池百合子(こいけ・ゆりこ)
東京都知事
1952年兵庫県生まれ。76年カイロ大学文学部社会学科卒業。帰国後、アラビア語通訳・講師として活躍。その後、テレビ東京「ワールドビジネスサテライト」の初代キャスターを務める。40歳のときに参院選に出馬し、92年7月参議院議員。93年7月衆議院議員。2003年9月環境大臣。04年9月内閣府特命担当大臣(沖縄及び北方対策)兼任。06年9月内閣総理大臣補佐官(国家安全保障問題担当)。07年7月防衛大臣。10年9月自民党総務会長。11年10月予算委員会理事。16年7月東京都知事。現在2期目

――都立高校改革にも取り組んでいますが、現状の課題と今後の計画を教えてください。

目下、教育ではICT化の課題がある一方、不登校やヤングケアラー、日本語の指導が必要な外国に由来する子どもたちの支援などさまざまな課題があります。こうした課題に確実に対応するとともに、東京都教育委員会では、「都立高校の魅力向上に向けた実行プログラム」を通して、デジタルを活用した多様な学び、主体的な学びの充実、そしてグローバル人材の育成を図っていきたいと考えています。

例えば、民間事業者を活用した都立普通科高校への支援を進めています。こちらは大学入試が複雑化する中、進学希望者のニーズに応えるため、今夏から予備校のノウハウを活用した取り組みを開始します(進学指導推進校に指定されている15校※1)。具体的には夏休みや冬休み、放課後の時間を使って学習支援の特別講習を行います。また、普通科高校の生徒の実践的なスキルアップ向上のため、スキルアップ推進校15校※2も指定します。こちらについても民間事業者と連携しながら、英検やデジタルスキルの講習、職場体験の機会を設けていきます。

東京都では取り組むべき課題が山積していますが、大先輩である後藤新平が行ったように、人づくりに向けたサポートをこれからも積極的に行っていきたいと考えています。

※1 三田、豊多摩、竹早、北園、墨田川、城東、武蔵野北、小金井北、江北、江戸川、日野台、調布北、多摩科学技術、上野、昭和

※2 大森、深沢、田柄、光丘、青井、多摩、野津田、武蔵村山、羽村、五日市、板橋有徳、蒲田、足立東、東村山、秋留台

(文・國貞文隆、撮影:尾形文繁)