大胆なデジタルシフト、背景に「消滅可能性都市」の危機感
――2013年の市長就任以来、先駆けてデジタルシフトに取り組まれてきた理由とは何でしょうか。
最大の課題は人口減少です。私が市長に就任した翌年、加賀市は消滅可能性都市であると日本創生会議から指摘されました。1990年代に8万人いた人口が現在は約6.4万人、2040年には4.2万人とほぼ半減すると予測されています。
加賀市は石川県と福井県との県境にあって金沢市の通勤圏からも外れており、“住みよさランキング”などではいつも厳しい評価をされています。また、加賀市は昭和の大合併以来、合併を繰り返しているため町が多極分散しており、無駄なインフラも抱え込んでいて自治体運営としては効率が悪い。これらの状況を何としても打開したいという思いでデジタルシフトに取り組み始め、スマートシティを目指すようになったのです。
――加賀市といえば、「加賀温泉郷」といわれるように観光が有名ですね。
もちろん加賀市は観光が基幹産業ですが、景気に左右される傾向にあり、コロナ禍でも大きな打撃を受けました。もう1つ、加賀市には部品メーカーが多いという特徴がありますが、ニッチな分野の技術力はあるものの、世界的な建設機械メーカーであるコマツを擁するお隣の小松市のように、地域周辺に産業が集積する産業構造にはなっていません。
そのため、新たに産業集積が起こるような産業をつくっていくしかない。そう考えるようになったのは市長就任当初、ちょうどAIやIoT、ロボットなどにより産業に一大変革の波が来ていたからです。第4次産業革命でさらに産業構造が変化していく中で、このトレンドに乗らなければ加賀市は沈没すると思いました。そしてデジタルシフトの要として、人材育成を大きな柱として先端技術をどんどん導入していこうと決めたわけですが、この方針は今もぶれていません。
――先端技術の導入としては、行政のデジタル化のほか、次々とイノベーション関連企業と連携協定を結びさまざまなIoT実証事業を推進されていますが、どのような成果が出ていますか。
新たな産業集積を目指すには、まずデジタル基盤の整備が欠かせません。その1つが行政のデジタル化です。ブロックチェーンも活用して約170の行政手続きについて電子申請を可能にしたほか、マイナンバーカードは22年9月までに、申請率82.7%、交付率74.8%と高い水準まで持っていくことができました。
将来的にはエストニアのように100%の普及を目指しており、そのためには民間サービスとつながるなど、市民のメリットを高めるサービスの充実が必要だと考えています。人口減少に歯止めをかけるという結果を出すまでは、成果とはいえません。その意味ではまだまだ道半ばで、目に見えるような変化はこれからという状況です。
AIやロボットを「使いこなす人材」の育成が必要
――2020年末にはスマートシティ課の陣容を2倍にされましたが、デジタル人材の育成はどう進めていますか。
世界的に見ても、シンガポールなどのスマートネーションといわれる国では、国家公務員にデジタル人材を高い水準で確保しています。私たちもデジタル人材を内製化し、彼らが主導していくような体制をつくっていきたい。いつまでも外部のベンダーのみに頼っていては、自分たちで判断できないままに振り回されることになってしまう。スマートシティの実現にはデジタル人材の内製化は必須です。
そのため外部人材の活用も進めており、民間企業出身の方々をCDO(Chief Digital Officer)をはじめ、デジタル人材として積極的に採用しています。今後も副業を含め、外部から人材を取り入れたいと考えています。
さらに、市内に大学がないという地域的な弱点をカバーしてリスキリングを可能にするため、今年1月には地元企業と「デジタルカレッジKAGA」を立ち上げました。デジタル人材の育成や起業家教育に取り組み、地場産業の底上げをする環境を整えていきます。
――15年から市内で毎年「ロボレーブ国際大会(※)」を開催、17年度からは市内の全小中学校でプログラミング教育を開始するなど、若年層に向けたICT教育にも注力されています。
※ 自ら組み立てプログラミングをしたロボットを使って競う競技。毎年20カ国以上で開催
将来的に人間の仕事の約50%がAIやロボットに置き換わるという話がありますが、AIやロボットに“使われる”のではなく“使いこなす”人材を育成しなければ、地域は立ち行かなくなるという危機感があります。
日本では30年にIT人材が約80万人不足するといわれていますし、やはり子どもの頃から最低限の知識や技術を身に付けさせて、将来的により高度なテクノロジーを使いこなしていけるような人材をつくっていかなければならない。子どもたちにとっても、ロボットやプログラミングの教育で得たスキルは将来、生きていくためのすべになるでしょう。そのために自治体として力を入れています。
ロボレーブは、米国で01年から続く、ロボットプログラミングを使った教育プログラムです。つまり、米国はだいぶ早い段階から将来を見越して手を打ってきたわけで、日本はまだまだ遅れている。だから私たちは、このロボレーブの大会の開催をヒントに、教員研修をいち早く行い、20年のプログラミング教育必修化を3年前倒す形でスタートさせたのです。
――地域ICTクラブやラズベリーパイ教室の開催など授業外でも子どもたちのICT支援を行っています。19年には日本初のコンピュータクラブハウスの取り組みとして「コンピュータクラブハウス加賀」も設立されました。
コンピュータクラブハウスは経済格差や地域格差によって、ICT教育に差が生じないように子どもたちの誰もがテクノロジーに触れられる学校や家庭以外の第三の場として生まれたもので、1993年に米ボストンでマサチューセッツ工科大学(MIT)の関係者らが協力して設立し、現在は世界21カ国100カ所以上に設置されています。これを私たちは公教育を補完する意味合いで導入することにしました。子どもたちは、公立図書館のように気軽に利用してくれています。
――教育現場で何らかの変化は出ていますか。
ロボットやプログラミングの分野に精通する子や能力を発揮する子が少しずつ出てきています。ロボレーブの国際大会は2015年以降、国内外から400人を超える参加者が集まり、市内の小・中学校や高校からも多数のチームが参加していますが、毎年のように上位入賞して世界大会に出場するチームがあります。初期のロボレーブ大会に出場した子どもたちは高校生くらいになり、高齢者を見守るIoTのシステムを独自に生み出したりするような生徒もいます。
「教育に予算を投じてこなかったことが今の停滞につながった」
――2014年の「加賀市人口減少対策アクションプラン」策定から5年で教育予算を約2倍以上に増やしたそうですが、教育予算についてはどのようなお考えを持っていますか。
教育は、必要な将来への投資です。教育に予算を投じてこなかったことが、日本の今の停滞につながっているように思います。政治家も教育に力を入れても票に結び付かないので、あまり熱心ではなかったのです。
しかし、教育という目に見えない価値がいかに重要か、そこに早く気づくべきです。すでに国力はどんどん衰退しているじゃないですか。国会でもそういうことが議論にならず、正直言って意味がわからないのですが、批判ばかりしていても仕方ない。とにかく自分のところで「まず隗(かい)より始めよ」という気持ちで、何よりも優先して子育ての領域に取り組んでいます。
とくに子育ての負担軽減だけでなく、同時に「教育内容の充実」を図ることが重要だと考えており、幼児、初等、中等教育の内容を一刻も早く変えたいと強く思っています。これまでの型にはめるような画一的な教育を脱し、いわゆる21世紀型教育に転換しないとダメ。世界には、モンテッソーリ教育やレッジョ・エミリア教育など、幼児教育から優れた事例がたくさんあります。今後はそういった先進的な教育を踏まえ、子どもたちの自主性や判断力、創造性が養われていくような教育を重点施策に位置づけたい。
10月から教育長になっていただく島谷千春さんと連携し、幼児教育を含めた最先端モデルを加賀市から発信できたらと思っています。島谷さんは、文部科学省の初等中等教育幼児教育課などを経てきた方で、非常に期待しています。
一方、教育の転換に当たっては、学校に限らず、地域や行政も含めた根本的なマインドセットが必要です。今すぐ総力を挙げて発想を変えていかなければ、地方だけではなく日本の将来はないでしょう。
――デジタル庁の「こどもに関する各種データの連携による支援実証事業」にも取り組まれています。
これはマイナポータルから行政が保有する情報を分析・連携して、子どもたちや家庭に対して必要な支援を行っていくものです。今、いじめや不登校、虐待、貧困、ヤングケアラーなどの問題がありますが、こうした子どもたちを客観的なデータに基づきいち早く見つけてきめ細かくケアをしていこうということ。個人情報の取得についてご理解いただくなどの課題もありますが、骨組みを整え、実証に動き出す予定です。
――今年3月には、「デジタル田園健康特区」にも選定されました。
私たちは「医療版情報銀行」を目指しています。健康寿命をいかに延ばしていくかが基本的なテーマで、病気の予防・未病を推進していくために、健康・医療データを収集し、適切な処置を講じていきます。今は、関係当局と内容を詰めている段階ですが、各自治体でも使えるような汎用性のある標準モデルを構築していきたいと考えています。
――今後、加賀市をどのような街にしていきたいですか。
私たちの合言葉は「消滅可能性都市から挑戦可能性都市へ」。人口減少に歯止めをかけて、子どもたちの夢が実現できるような、みんながワクワクするような街にしたい。そのためにも、全力で改革に取り組んでいきたいと思っています。
(文:國貞文隆、写真:加賀市提供)