中学受験勉強は子どもたちからたくさんの「時間」を奪う
地方に比べれば児童数の大幅な減少が抑えられていた首都圏だが、これから先は年々減っていくと予測されている。しかしながら、首都圏の中学受験は依然として活況を呈し、今春(2024年度)の中学入試ではかなりの激戦が繰り広げられた。首都圏の児童数は減少している一方で、中学受験率は上昇しているという。子どもの数が少なくなければなるほど、子どもたちひとりひとりに手厚い教育を授けたいと望む保護者が増えているのだろう。あるいは「1人っ子」のご家庭では、良い教育環境を整えるためには出費を惜しまない保護者も多いのかもしれない。
あくまで中学入試の実質倍率動向からの予測にすぎないが、首都圏の中学入試で第1志望校に合格できるのは、男子で「約4人に1人」、女子で「約3人に1人」とされる。第1志望校合格のかなわない子のほうが圧倒的に多くを占めるという実に厳しい世界だ。
そのため、中学受験に臨む子どもたちの大半は、中学受験を専門に指導する進学塾に通い、何年もかけて学習に打ち込む。入試で出題される主要教科のどれもが、大人が取り組んでも難解に感じられる問題だ。早期のうちにこれらの基盤を構築することは、その後の学びに好影響を及ぼすことが多いし、何より「ゴールデンエイジ」と形容されるほど知識の吸収力に優れた小学生時代に中学受験勉強に励むことは、大きな意義があると考えている。
一方で特に5年生・6年生の2年間は、「塾通い」が生活のメインになる。何かに一意専心することは、何かを捨てなければならないことの裏返し。友人と遊びに出かけたり、習い事に打ち込んだり、趣味やスポーツに没頭したりという時間が奪われてしまうのはたしかだ。
ティーンエイジを「塾漬け」にしないために大切なこと
異論はあるだろうが、わたしの考えは次の通りだ。わが子に中学受験を選択させるなら、保護者は「たとえ第1志望校ではなかったとしても、どこかの中高一貫校に進学させる」という覚悟を持つべきである。中学受験では、6年生時点での学力状況を冷静に捉えて『挑戦校』『実力相応校』『安全校』を組み合わせて受験すれば、どこにも受からないことはない。そこで、合格が確実だと思われる『安全校』であっても、進学先の候補の学校にすべきということだ。
私は塾講師だが、決して「全員合格をうたいたいから」という我田引水の価値観で申しているのではない。先ほども言及したが、中学受験は子どもたちの時間を奪うものだ。「このレベルの学校でなければ通う価値がない」と保護者が判断して地元の公立中学校に通い、高校受験でリベンジを目指すとなれば、中学入学後またすぐに塾通いをしなければならない。
さらに「大学はこのレベルでなければ進学する意味がない」と、高校入学後もまた予備校に通うことになる……。こうした保護者の思考には、「中高一貫校はすでに先取り学習をしているから、追いつかなければ」という焦りがある。
お気づきだろうが、これではわが子のティーンエイジは「塾漬け」になってしまうのである。塾講師の私が口にするのはおかしいかもしれないが、この時期に受験勉強以外に一意専心する機会を失ってしまうのは「不幸」ではないか。
この事態を回避するには、繰り返しになるが、中学受験をするならどこかの中高一貫校に進学させると腹をくくったほうがよいと考えている。さらに個人的には、受験勉強がさほどハードではない小学校4年生以前なのであれば、中学受験をやめて高校受験にルート変更してもよいと考えている。
コスパの連呼は「貧乏くさい」
先ほど、「挑戦校」「実力相応校」「安全校」という表現を用いたが、その大まかな基準を紹介したい。
東京都・神奈川県であれば、2月1日より中学入試が始まるが、上記の「安全校」を2月2日午前までに確保しておけば「全敗」の憂き目に遭う可能性はぐんと低くなる。
中学受験は受験校選びさえ間違えなければ基本的にどこかしらに合格できる世界だ。挑戦校ばかりの強気の受験パターンを組んだ結果どこにも受からなかったというのなら、辛辣な言い方だが、それは親の責任である。
「中学受験をして『安全校』に進学するのは、コスパが悪いのではないか?」
そう不安に陥る保護者がいるかもしれない。ここで言う「コスパ」とは「こんなにお金をかけて中学受験をさせて、さらに中高一貫校に通わせてもなお、一流大学に手が届かなければ意味がないのではないか?」ということだろう。しかし、どんなに「難関校」と形容される学校に進学したところで、いわゆる「一流大学」に進める保証はどこにもない。それよりもわが子の中高生活が、勉強だけでなく、部活動や趣味などに全力で取り組める6年間であること、そこで出会える生涯の友、そして、支えとなる恩師の存在……こういうものに「プライスレス」な価値があるのではないかと考える。
中高一貫校の魅力は何も「偏差値」だけでは決まらない。わが子が嬉々として中高生活を謳歌できるのなら、そここそが「良い学校」なのだ。このように、少し肩の力を抜いてわが子の学校探しを始めれば、より幅広い選択肢が見つかるのではないかと思う。
先日、私はX(@campus_yano)でこんな発信をした。
すると、それに応えるように知人の塾講師がある呟きをした。これを簡約しよう。
そうならないよう、中学受験する意味を親子でもう一度熟考しつつ、わが子が日々の学習に励めるよう支えてやってほしい。本稿がその機会になれば幸いだ。
(注記のない写真:C-geo / PIXTA)