「進学指導重点校にICTはいらない」に愕然
「まさかこの学校の校長になるとは思いませんでした」と、東京都立青山高等学校(以下、青高)統括校長の小澤哲郎氏は言う。
実は、さかのぼること11年前、小澤氏は東京都教育委員会(以下、都教委)でICTの推進を担当していた。当時の状況について、こう振り返る。
「ICT機器導入の初期で、まずは教材を画面で提示しようという段階でした。最初の5年間は失敗してしまいました。パソコンにお金をかけすぎてプロジェクターはスペックが低いものになってしまい、どの学校にもプロジェクターを使ってもらえなかったのです。
その反省から、次の更新で十分なスペックのプロジェクターにしたら、ようやく活用が始まりました。ところが、一部の学校が使ってくれない。その1つが青高でした。更新時に青高から『進学指導重点校にICTはいらない』と言われたときはショックでしたね。そういったこともあり、不要だと言う学校には機器の台数を少なくする傾斜配分としました」
その後、指導部に異動してからも教員にICT研修を行うほか、ICT支援員を育成するなど教育の情報化に奔走し、「ミスターICT」と呼ばれていたという小澤氏。しかし、なかなか都立高でのICT活用は広がらない。歯がゆい思いをしているさなか、青高の統括校長という「まさかの人事」が降ってきた。
BYODもオンライン授業も反対に遭う
2016年、小澤氏は着任してまず、プロジェクターの整備に取りかかった。前述のように自身がICT機器を傾斜配分した影響で、3年生の教室にプロジェクターが付いていなかったのだ。1年かけてすべての普通教室に設置すると、教員たちはしだいにプロジェクターを使うようになったという。
これでやっとインタラクティブなICT活用の段階に進める。そう意気込んでBYODを提案したところ、「全員から反対されました」と、小澤氏は苦笑する。
「そうこうしているうちに、新型コロナです。3月の時点で『今こそオンライン授業をやろう』と言ったのですが、また反対されました。自分がICTに抵抗がなくても苦手な先生をかばう人もいて、『一律にやるのはよくない』と言われ孤立無援に。仕方なく生徒に課題を郵送することになりました。手間も郵送代もかかり、本当に大変でしたね」
しかし、新学期も臨時休校が続くことがわかると、教員たちは、都教委提供の学習支援システム「Classi」の活用にとどまらずオンライン授業に挑戦するようになり、ゴールデンウィーク明けからは本格的に取り組んだという。
「ライブ配信で50分の一斉授業を6コマやるのは現実的ではない。大事なのは、教え込まないこと。例えば、解説や例題の提示を少しやったら生徒にドリルをどんどん進めてもらうなど、指導後に知識や技能を活用する機会を生徒に与えることが大切だと思っています。
だから『最長15分、最短5分でいい。形式もライブ、録画、スライド、音声だけなど何でもいい。自分にできる指導を模索してください』と先生方にお願いしました。その結果、すべての教科科目でオンライン授業ができました」
ところが、5月下旬から分散登校が始まると再びICT活用はトーンダウン。小澤氏が「コロナの第2波は来る。オンライン授業日を設定しよう」と呼びかけても理解が得られず、自宅学習日にオンライン授業に取り組む教員も一部にとどまった。
そんな中、頼もしい助っ人が現れる。現役大学生の卒業生が、オンライン授業のサポートを申し出てくれたのだ。機材のセッティングや録画の手伝いなど何でも対応してくれたおかげで、土曜日の受験生向け講習や夏期講習の一部をオンラインで実施できたという。
また、その卒業生はほかの卒業生を50名ほど集め、生徒たちの学習相談に乗る「LINE質問箱」も開設してくれた。これとは別に、日頃自習室に教えに来ていた卒業生のチューターも、Zoomで「オンライン質問室」を開いてくれたという。
ICT化が加速した訳とは?
卒業生のICT支援もあって何とか学びを止めることなく2学期を迎えると、若手を中心に教員たちがオンライン授業の研究に励み始めた。そのきっかけについて、小澤氏は次のように語る。
「休校中の勉強量について生徒たちにアンケートを取ったら、多くの生徒が1時間未満しか勉強していなかった事実が判明しました。やらなかったのではなく、やれなかったのでしょう。とくに1年生は入学式もなかった。やはりいい指導や教育がなければ主体的には取り組めないのです。課題を郵送して安心していた先生方も『しまったな』と思ったのでしょう。『来年度からBYODにするぞ』と改めて宣言したことも、先生方の背中を押したのかもしれません」
こうしたことから週2日は「オンライン授業日」とし、年明けには3日間の「オンラインウィーク」も設けた。この1年のオンライン授業の成果について、小澤氏はこう話す。
「数学や現代文はライブ配信が適していますが、地学・歴史などはスライドや音声などで繰り返し視聴できるオンデマンド型のほうがいい。英語はアクティビティーが大切だからZoomのブレイクアウトルームのような形が向いています。試行錯誤したからこそ、こうした知見を積み重ねることができました」
このほか、保護者会や大学入学共通テストの出願指導、進路ガイダンスなども密を避けるためにZoomで実施した。都教委が採用した「Microsoft 365 Education」、とくにTeamsの活用もだいぶ進み、動画や課題の配信提出、教職員間の校務連絡がスムーズにできるようになったという。都教委の「学習データ等の活用方法研究」にも協力した。
生徒の活動にも変化があった。昔から自由な校風とともに、生徒主体の学校行事が有名な青高だが、コロナ禍ではすべての行事が中止。とくに全クラスが劇やミュージカルに取り組む伝統行事「外苑祭」の中止は衝撃が大きかったようだが、その中でも生徒たちは新たな形を模索したという。
「まず3年生がクラス全員出演の動画を制作し、オンライン学習成果発表会で配信しました。それを見た2年生が『私たちも』と署名を集めてやってきて、同じくオリジナル動画を制作。その後1年生は青高の伝統を継承しようと芝居に挑戦し、それを動画に収めて発表しました」
ついにBYODがスタート
このように20年度の青高は、さまざまな場面でICT化が進んだ。21年度からは小澤氏念願のBYODもスタート。都教委の「BYOD研究指定校」(18年~20年3月末の研究事業)ではない都立高でのBYODはまだ珍しいという。新入生にはiPadを購入してもらい、3年かけて生徒全員「1人1台」を目指す。不足している教員用パソコンは、学校予算で毎年iPadを7台ずつ購入し、数年かけて全員分の端末整備をしていく方針だ。
この1年間で、教科科目の特性によってICT活用の仕方がかなり違うことがわかってきたため、21年度は研究期間とし、引き続きオンライン授業日も設け、各教科のベストな情報端末の使い方をさらに検証するという。目下の悩みは、回線の脆弱さだ。20年末に教育庁の計画に基づきWi-Fi工事が完了したほか、学校独自のWi-Fiも自習室に整備したが、「一斉のオンライン配信にはまだ不安が残るため、工夫が必要になりそうだ」(小澤氏)という。
また、これまで年間400万円の紙代がかかっていたが、シラバスやプリントもデータで送るなどペーパーレス化を図り、BYODをコスト削減につなげていく。
6月からは、既存のシステムでは難しい「保護者とのコミュニケーション」に関する独自システムも運用を始める予定だ。ちなみに小澤氏は、着任後すぐに独自の「Webアンケートシステム」の構築も手がけており、現在このシステムは10校の都立高で採用されている。今回は、同意書などを保護者と双方向でタイムラグがない状態でやり取りできるシステムを開発中だという。
小澤氏の改革は、ICT化だけではない。入試問題が自校作成となったことを受け、大学入試改革を見据え、18年度から新傾向を先駆けて導入している。「作問力は指導力」をスローガンに掲げ、定期考査など校内で行うテストも、思考力などを問う記述や新傾向、初見問題を入れることをスタンダードにした。
「東大現役合格は私が来てから増えていません」と嘆くが、大学合格実績は安定的に伸びている。20年度卒業生の医学部医学科を含む難関国公立大の現役合格者数は24名と進学指導重点校指定以来最高、その他の旧帝大などを含めると40名の大台に初めて到達した。また、早慶上智と東京理科大で延べ232名など難関私大にも多くの現役合格者を出している。
難関国公立大の進学率向上は進学指導重点校の使命なので今後もこだわっていくというが、日頃から教員にも生徒にも「うちは進学指導重点校だけど、受験指導重点校ではない」と伝えているそうだ。
「自分がやりたいことをやって幸せになることが大切。自分が幸せならば周囲も幸せになり、やがては社会がよりよくなりますよね。やりたいことがなければ興味関心を追求し、その興味にふさわしい大学はどこか考えること。そこを支援するのが進学指導だと思います」
伝統ある公立進学校にICT化やテスト改革など時代を見据えた取り組みで新たな風を吹き込む小澤氏。「ピンチをチャンスに」をモットーに、独自の青高改革は続く。
(文:編集チーム 佐藤ちひろ、注記のない写真は今祥雄撮影)