男子の「競争心」を刺激してゲーム感覚で切磋琢磨

今では偏差値60越えの男子難関校としてその名が定着している本郷中学校・高等学校。実は、30年ほど前までは偏差値50に満たない学校だった。そんな本郷が進学校化に舵を切ってから始まったのが、今や本郷名物となっている「本数検」だ。

野村竜太
野村竜太(のむら・りゅうた)
本郷中学校・高等学校 教諭
(写真は筆者撮影)

「本数検」は同校の数学教員たちが編み出した本郷独自の数学検定。長期休暇明けに行われ、中学1年生から高校3年生(私立文系を選択する一部の生徒は2年生)までの全生徒が参加する。得点に応じて「級・段」が認定される仕組みだが、年々生徒たちのレベルが上がっており、当初「初段」までだった最高位は現在「参段」まで設けられているという。

同校の数学科教諭の野村竜太氏に話を聞くと、教員たちがいかに生徒たちを観察し理解しているかがうかがえる。検定誕生にまつわるエピソードと、裏側にある工夫を紹介しよう。

野村氏によれば、「本数検」の始まりは今からおよそ25年前。それまでは、夏休みと冬休み明けに「宿題テスト」をやっていたという。しかし、宿題を確認するだけのテストに対して、生徒のテンションはイマイチだったそうだ。もっと生徒たちが燃える、やる気が起きるテストにできないかと考えた結果生まれたのが、「本数検」だった。

「得点によって級が上がる昇級制にすれば、ゲーム感覚で喜んで取り組んでくれるのではないか、と思ったのが始まりです」

ビジネスの場面でも、男性と女性の性差による違いが取り上げられることがあるが、よく知られるのは、「男性は競争を好み、昇進欲が強い人の割合が比較的高い傾向にある」という説ではないだろうか。実際に海外でも日本でも、「男性は競争本能(競争意欲)が高い」という結果を表す研究がいくつかなされている。

「男子は競争が好き」という性別による特性のほか、生徒の学力を伸ばす視点では競わせ方にも工夫がいるようだ。野村氏は、点数や偏差値で他人と自分の成績を比べる相対評価ではなく、設定された基準に達すれば合格がもらえる絶対評価にしたかったと話す。

「本郷の中で学年順位の成績が何位、というのは学校の外に出たら何の価値もないと生徒たちには話しています。同じクラスの友達と競って自分が何点上だったとか、ランキングが何位上だったとか、そういう競争を楽しむのではなく、分からない問題を教えてもらったり、分かる問題を分からない人に教えてあげたりして学校全体で生徒同士が互いに高め合ってほしいと思っていました」

データを蓄積すれば、進路指導にも活用できる

点数ではなく「昇級」で競うというスタイルは、本郷の教育方針にうまく合致した。

生徒のためを思って作り始めた検定だったが、野村氏は構想の途中で副産物が生まれる可能性も感じていたという。中学3年以降の本検定では、あえて全学年分の問題を配布しており、飛び級を狙って上学年の問題にも挑戦できる。それぞれの生徒が各級を取得した学年と、その後の進路を紐付けたデータを蓄積すれば、それが本郷独自のビッグデータとなり、進学指導にも役立てられる。

例えば、中学3年生で初段を取得した生徒が、その後どのような大学に合格したかを分析すれば、逆算して現在校生の指標の1つにできるのではないかということだ。実際にデータ化すると、やはり初段以上を取得した生徒は、名だたる国公立大学に現役合格しているケースが多かった。

この事実には、生徒のほうも敏感だった。検定合格者の名前は、取得した級・段と共に廊下に貼り出されるが、上位の級を取った先輩たちの進学先を見て、目標にする下級生が出てきた。ある年には、部活で先輩に及ばずレギュラー入りを果たせなかった後輩が、「本数検」では勝ちたいと頑張り、先輩より上の級を取得。見事リベンジを果たしたのだという。

本郷中高の本数検のランキング
廊下に貼り出された、検定合格者たちの名前と級・段
(写真は筆者撮影)

さらに、頑張りを認める場として朝礼での表彰も実施。参段を取得した生徒を成績優秀者として表彰するほか、前回から大幅に級を昇格させた生徒を最優秀敢闘賞として表彰することにした。こうした良質な競い合いで、生徒がお互いに磨き合う雰囲気が作り上げられているようだ。

本郷中高の本数検の採点
模範回答と合わせて、秀逸だった回答はコメントとともに貼り出されている
(写真は筆者撮影)

「教員が先回りして勉強させるのでは、大人に与えられたものをこなす学習になってしまいます。そこで本数検が始まってからは、新中学1年生と中学2年生の合同授業もするようになりました。毎年、先輩の2年生から、入学したての1年生に1対1で、定期テストの準備方法や本数検について勉強のアドバイスをしてあげるのです。学年を超えた交流を含めて、生徒どうしのアドバイスのバトンは今後も繋ぎ続けていきたいです」

本郷がここ最近で都内屈指の難関校へと変化した背景には、生徒同士が切磋琢磨する校風づくりがあったのだ。

「科目横断授業」で好きな教科と組み合わせ親しみやすく

間もなく創立100年を迎える女子伝統校の田園調布学園中等部・高等部では、ユニークな科目横断の授業を行っている。

「美術×数学」の授業にお邪魔すると、生徒たちにはデザイン定規(大きめの穴の歯車の中に小さな歯車を噛ませて回すことで、幾何学的な模様を描ける定規)が配られていた。教員が「まずはくるくると回して使ってみてください」と声をかけると、生徒たちは一斉に歯車を回しながら模様が生まれる様子を楽しんでいく。

デザイン定規を使った田園調布学園の数学授業
(写真は筆者撮影)
細野智之
細野智之(ほその・ともゆき)
田園調布学園中等部・高等部 教諭
(写真は本人提供)

その後、教員が「これにはどんな法則があると思う?グループで話し合ってみよう」と促すと、すぐさま意見の出し合いが始まった。この教科横断型の授業を開発したのは、同校数学科教諭の細野智之氏だ。実は同授業は、東京理科大学が行っている『算数/数学・授業の達人』にて最優秀賞(2019年度)を受賞している。一見接点がなさそうにも思える美術と数学だが、一体どのようにして生まれたのだろうか。

「数学の反比例の単元では、教科書に歯車の回転数と歯の数の関係性について記載があります。当初はYouTube上の動画を見せたりしていましたが、生徒たちはどうもイメージしづらそうに見えたのです。そこで思いついたのが、デザイン定規を使った授業でした」

理数進学にも強いイメージがある田園調布学園だが、意外にも、小学生の時に算数が好きだった生徒の割合は低いという。細野氏は、中学で数学が嫌いにならないよう、楽しんでもらえる授業を作りたかったと話す。美術は好きだが数学は嫌いなど、教科にはそれぞれ好みがあるが、好きな教科と組み合わせれば授業に楽しさを見いだしやすくなる。好きな要素が少しでも足されることで、苦手意識を和らげる効果も見られていると細野氏は語る。

デザイン定規を使ったイラスト
デザイン定規を使った、生徒たちの見立て作品の例。
(上段左から)風鈴、リボン、扇風機、(下段左から)三つ編み、紙風船、花火
(画像は細野氏の資料より)

美術のほかに、サイコロの出た目に従って作曲しながら確率を学ぶ「音楽×数学」、定規とコンパスだけを使ってオリジナルの家紋を作図する「歴史×数学」、数列の和の計算を使ってリボ払いについて学ぶ「家庭科×数学」の授業などが開発されている。使う教具も、前述のデザイン定規以外にもさまざまなものがあるという。

田園調布学園の数学の授業で使用する教具
デザイン定規のほか、ポリドロンやKAPLAブロックなどを使用することもある
(画像は細野氏の資料)
安野光雅『ふしぎなたね』(童話屋)
安野光雅『ふしぎなたね』(童話屋)
(画像は細野氏提供)

時には、授業の導入に絵本を使うこともある。例えば、安野光雅の『ふしぎなたね』(童話屋)だ。作中の「ふしぎなたね」は、1粒食べると1年間はお腹が満たされるが、地面に埋めて育てれば、1年後に2粒の種を収穫できる。2粒のうち、1粒食べてもう1粒を埋めれば翌年も2粒収穫できるが、2粒とも埋めて翌年4粒を収穫して、1粒だけ食べて残りの3粒を植えると、翌年はどうなる…?と、話が続いていく。

「これは、数列の単元の漸化式で計算することができます。この絵本を読み聞かせして、今からやろうとしている式を使えばn年後の種の個数がわかるんだよ、とイメージしてもらうのです。これがもし男子生徒だったら、絵本の読み聞かせに食いつくかどうか……。女子生徒だから、興味関心を刺激できているような気もします」(細野氏)

女子校で20年間の数学指導歴を持つ細野氏は、女子生徒を数学嫌いにさせないための知恵をいくつも持っている。細野氏の経験では同校の場合、1人よりもグループで問題に取り組ませるほうが向いているという。その際、グループは気心知れた同級生が良いと考えているそうだ。前述の本郷中学校・高等学校のように上級生が下級生に教える手法は、女子校では難しいかもしれないと話す。

女子の場合は、失敗しても大丈夫だと安心できる状況において学びが伸びやすく、そうした空間作りが大切になるそうだ。また、いきなり難しい問題を提示して挑戦させるよりも、スモールステップを踏んで段階的に着実に解いていける感覚をつけてもらうこともポイントだと言う。

「競争より協働が向いていることも、女子の学びの特徴でしょうか。同じ方向を向いて、みんなで頑張る団体戦の形式が好まれることが多いのです」

そのため、個々人に順位をつけたりクラス対抗にしたりはせず、あくまで同じ学年はチームとして、今の自分を乗り越え成長してくことを目標にするなど、なるべくリアルタイムでの競争を避けるように工夫しているそうだ。「あまり目立ちたくない」という意識が強い傾向もあるため、同校では定期テストの結果も順位を出さず、個人の点数と分布表(50点から60点のゾーンに何人いる、など)しか出していない。

田園調布学園の卒業生は、「女子校なので異性の目を気にせずに生活できて良かった」と口にすることが多いそうだが、中学生女子は異性に限らず、周りの目すべてが気になる面もあるのだろう。だからこそ、安心できる仲間と空間が大切になると、細野氏は語った。

今回2つの学校に聞いた教授法には、男子校・女子校はもちろんながら、男子と女子が共に学ぶ共学校にとって役立つ知恵も隠れているのではないだろうか。

(注記のない写真:筆者撮影)