インターナショナルスクール=「英語習得」にあらず

これまでインターナショナルスクールで学ぶ最大のメリットといえば、英語力の獲得を思い浮かべる人が少なくなかっただろう。しかし、そんな認識はもはや時代遅れとなりそうだ。世界のトレンドに敏感なインターナショナルスクールでは、今や英語を通して、STEAM×Makers×起業家教育を探究的に学ぶ時代に突入している。

デジタル社会の進展によってIT人材が脚光を浴びる時代。GAFAM(※)といわれる巨大IT企業集団では、数千万円台の年収を提示して、優秀なIT人材の獲得に躍起になっている。日本では変化が激しく将来を見通せない時代を反映してか、優秀な学生ほど食いっぱぐれがなく、高給を望める医者を志望する傾向にあるが、世界では“ITエリート”が“医者”を軽く超えてしまう年収を稼ぎ出しているのだ。しかも彼らは起業家として通用する人材であり、世界が抱える社会的課題を解決すべく、自らが立ち上がって社会変革をリードしようとしている。

※ GAFAM(ガーファム)とは、米国の巨大IT企業であるグーグル(Google)、アマゾン(Amazon)、フェイスブック(Facebook/現・Meta)、アップル(Apple)、マイクロソフト(Microsoft)の5社の頭文字を並べて作られた言葉

日本のインターナショナルスクールでは2000年以降、STEAM教育に加え、Makersや起業家教育に力を入れており、入学志望者も増え、人気が高まっている。国内ではインターナショナルスクールの開校も相次いでおり、中には高等専門学校が丸ごとインターナショナルスクール化した事例もある。卒業生たちも東京大学や各大学の医学部などの国内難関大学だけでなく、米国のアイビーリーグなどの大学に進学するケースが増加しており、その中から巨大IT企業や国連など国際機関の一員となって、自らの能力を最大限に生かそうとする日本人の若者たちが目立つようになっている。

インターナショナルスクールタイムズ編集長で、インターナショナルスクール関連のコンサルティングを務めている国際教育評論家の村田学氏は次のように語る。

「デジタル社会が進化していく中で、社会的課題を解決するにはゼロベースから物事を考えていくことが必要となってきます。それにはSTEAM教育が欠かせません。日本の学校でもSTEAM教育は活発になっていますが、プログラミングなど“知識を習得する”授業が中心となっており、STEAM教育本来の“体系的な学び”を実践しているケースは非常に少ないように思います。一方、インターナショナルスクールでは従来、英語力の獲得とともに、ディスカッションによる探究的な学習が行われてきました。最近では、そこにSTEAM教育がプラスされ、より実践的な学びが行われるようになっているのです」

STEAMとは、Science(科学)、Technology(技術)、Engineering(工学・ものづくり)、Art(芸術・リベラルアーツ)、Mathematics(数学)の5つの単語の頭文字を組み合わせた教育概念だ。日本の学校ではこれまでSTEM教育として、Art(芸術・リベラルアーツ)の要素が抜けている場合が少なくなかった。しかし、インターナショナルスクールでは従来から、このArtを取り入れたSTEAM教育に力を入れているという。

「ものづくりには、ユーザーインターフェースが欠かせません。それには、どのように使いやすいデザインにするのかという思考と技術が必要です。それと同時に、作り上げたものをプレゼンテーションし、アピールすることも大事になってきます。そうした能力を身に付けていくのに、Artの要素を学ぶことは非常に重要です。ユーザーに使いやすいデザインを考えることも、心に響くプレゼンテーションを行うこともArtの一つだからです。日本のインターナショナルスクールでは数学的な要素だけでなく、芸術や演劇、リベラルアーツを基にしたArtの要素を必要不可欠なものと考え、しっかりと教えています」

「STEAM×Makers×起業家教育」を実践

それだけではない。STEAM教育の本来の目的は、Makers=モノづくりにある。そのため、インターナショナルスクールでは授業でインプットするだけでなく、どうやってアウトプットするのかも重視しているという。

「現在の日本のSTEAM教育では、一種の教養や知識をインプットして理系的な視点を身に付けるという段階にあるように感じます。しかしインターナショナルスクールでは、知識としてのSTEAMがあるのではなく、社会的課題を解決するために、STEAM的な思考や技術を具体的に学ぼうとしているのです。そのためには、ただ知識をインプットするだけではなく、社会に対して現実的なアウトプットをしていくことが欠かせません。いわば、Makersとして社会にどのような有用な手段を提案していくのか。その力を育むことを重視しているのです」

そのため、インターナショナルスクールでは実践的で探究的な授業により、実際に作って試して、失敗を重ねて学ぶこと、アウトプットをしていくことを、より重視している。そこから社会に受け入れられる発想力やものづくりを身に付けていくのだ。

「例えば、実際に掃除機やエンジンを一度分解し、そこから再度組み直したりして、その仕組みを学ぶことも行っています。身近な素材から製品のプロトタイプを作ることもある。学校でスパナとペンチで油まみれになることもしばしばです。インターナショナルスクールといえば、お上品なイメージがあるかもしれませんが、実は泥臭い職人的な部分を教えると同時に、ものづくりをリスペクトする姿勢も身に付けさせようとしているのです。最近開校した、岩手県にあるハロウ安比校でも『匠の教室』という地域の伝統技術を学べる部屋を用意しているそうです」

あくまで机上の空論ではない、本当に社会に通用する力とは何かを追求する。そのうえでインターナショナルスクールの特徴的な学びの柱となっているものはほかにもある。起業家教育だ。

「起業家教育といえば、米国では子どもが“レモネード売り”から学ぶことがよくあります。そのように、インターナショナルスクールでも、これまで物販などを通じて、起業を学ぶことを中心にした教育が行われてきました。しかし、今ではSTEAMやMakersの授業で学び、生み出した製品やアプリなどを、ネット通販をしてみるなど現実社会でアウトプットしていくことで、物の付加価値や経済合理性、社会との接点を学べるようにしているのです。また、経済・金融関連の授業や、社会起業家などの講演なども盛んに行われています」

「ものづくり大国・日本」を生かした、STEAM教育

STEAM×Makers×起業家教育を実践するインターナショナルスクール。だが、その一方で日本の公教育のSTEAM教育はどのように発展させていけばいいのだろうか。村田氏はこう指摘する。

「日本ではSTEAM教育が弱いイメージを持たれているかもしれませんが、実は学校の外を見れば、日本は世界的に見てもSTEAMの実践教育が強いと言えるのです」

振り返ってみれば、もともと日本は世界に冠たるものづくりの国だった。それは今も変わらない。世界的なメーカーはいくつもあるし、有用な技術を持った町工場や職人は数えきれないほど存在する。日本は文化的にSTEAMを生み出す土壌が街にこそ豊かにあるのだ、と村田氏は強調する。

「こうした私たちの身近にあるSTEAMの要素を学校側が吸収できていないのです。例えば、学校の近くで自動車部品工場を営んでいる経営者や家電量販店の販売員の方々などを学校に呼んで話を聞くだけでもいい。IT業界においても、多くのプログラマーがいます。それだけエンジニアリングに関わる人は、実は私たちの身近にたくさんいるのです。今の学校の先生だけでSTEAM教育をすべて行うことはどう見ても困難です。であれば、外からSTEAMの知識や体験を取り入れればいい。それは、日本のものづくりの伝統を継承すると同時に社会の多様性を理解することにもつながっていくはずです。もっと身近にいる外部人材を活かすことを考えてみるのはどうでしょうか」

かつて「ものづくり大国・日本」を支えてきた仕事は、STEAMが重視される今の時代においても、変わらず重要な仕事なのだ。「ものづくり大国・日本」を支えてきた職人たちこそ、ものづくりの象徴であり、起業家精神の原点に立つ人たちなのである。

では、日本の子どもたちがSTEAMに興味を持つようにしていくために、私たち大人はどのようなことに気をつければいいのだろうか。

「物を作りましょうということはよく言われますが、実はものづくりの原理を知るためには、物を“作ってみる”より“分解する”ほうがいいのです。日本ではどうもその発想が少ないように思います。使えなくなった家電でも何でもいい。まず子どもに分解させてみることが大事なのです。いつだって、子どもは素朴な疑問を持っているものです。その素朴な疑問に対して、親や先生がすぐに正解を教えるのではなく、自らの手で答えを探して見つけられるように導いてあげる。そうすることで、子どもはいろいろなことを面白いと思い、好奇心を持つようになるのです。昔の子どもたちは、頭だけでなく手も動かしていました。日本のものづくりが、今よりもっと強かった時代は、子どもたちは自然の中で興味の赴くままに遊び、ないものは自分たちで作って遊んでいたのです。受験勉強も大事ですが、時には泥だらけ、油まみれになってみる。そこからものづくりの不思議さや面白さが理解できるようになるのです。それがSTEAMを学ぶ力を育んでいくのです」

村田 学(むらた・まなぶ)
国際教育評論家、「eduJUMP!」編集長、インターナショナルスクールタイムズ編集長。米カリフォルニア州トーランス生まれの帰国子女。人生初めての学校である幼稚園をわずか2日半で退学になった「爆速退学」の学歴からスタート。帰国後、千葉・埼玉・東京の公立小中高を卒業し、大学では会計学を専攻。帰国子女として、日本の公立学校に通いながら、インターナショナルスクールの教育について興味を持つ。2012年4月に国際教育メディアであるインターナショナルスクールタイムズを創刊し、編集長に就任。その後、都内のインターナショナルスクールの理事長に就任し、学校経営の実務を積む。その後、教育系ベンチャー企業の役員に就任、教育NPOの監事、複数の教育系企業の経営に携わりながら、国際教育評論家およびインターナショナルスクールの経営とメディア、新規プロジェクトの開発を受注するセブンシーズキャピタルホールディングスの代表取締役CEOを務める
(撮影:今井康一)

(文:國貞文隆、注記のない写真:Fast&Slow / PIXTA)