国が「科学系人材育成」に本腰を入れた

将来の科学技術イノベーションを担う人材育成に向けて、高い意欲や突出した能力・資質のある小中学生を発掘し、さらに能力を高める体系的育成プランの開発・実施を行うというジュニアドクター育成塾。この人材育成事業がスタートしたのは2017年だが、どのような経緯で生まれた取り組みなのだろうか。

その契機となったのが日本経済の成長戦略を推進してきた「日本再興戦略」だ。13年に閣議決定され、以降、年度ごとに更新されてきたが、「日本再興戦略2016」の中で提言されたテーマの1つが「イノベーション創出・チャレンジ精神にあふれる人材の創出」だった。こうした流れを受け、文部科学省所管の国立研究開発法人であるJSTが育成プログラムの開発を支援する形で生まれたのが「ジュニアドクター育成塾」だ。同事業を担当するJST理数学習推進部 能力伸長グループ調査役の亀井威則氏が次のように語る。

亀井威則(かめい・たかのり)
国立研究開発法人科学技術振興機構 理数学習推進部 能力伸長グループ調査役。2005年入職。理科教員向けのデジタルコンテンツの制作、国際科学オリンピック支援など、才能育成に関わる事業の推進、研究開発従事者向けの科学技術イノベーション人材育成プログラムの企画・運営などを経て22年より現職。ジュニアドクター育成塾など、能力や資質の高い児童生徒の発掘とさらなる伸長を目的とする事業の推進を担当している
(写真:JST提供)

「『日本再興戦略2016』の中で、理数情報系分野に関して高い意欲や突出した能力・資質のある小中学生に対する取り組みが希薄であり、とくに優れた能力・資質を持つ子どもを伸ばす取り組みの不足が指摘されました。そこでJSTは『ジュニアドクター育成塾』を立ち上げ、子どもたちの能力を伸ばす育成プログラムを開発する実施機関を支援していくことになったのです」

JSTは国の科学技術・イノベーション基本計画にのっとって、研究開発、産学連携、次世代人材育成など、多岐にわたる事業を科学技術振興のために実施している。 JSTの理数学習推進部 能力伸長グループでは、すでに09年から「女子中高生の理系進路選択支援プログラム」、14年からは高校生を対象とした「グローバルサイエンスキャンパス」も実施しており、次世代人材育成事業の最新の取り組みが、この小中学生を対象とした「ジュニアドクター育成塾」となる。

では、この「ジュニアドクター育成塾」はどのような仕組みとなっているのだろうか。まずJSTでは全国の大学、高等専門学校、NPO、民間企業などから次世代育成事業に見合った科学技術教育の企画テーマを公募し、毎年3~10件程度を採択する。1件当たりの支援費は年間で上限1000万円、支援期間は5年となる。一方、子どもたちを受け入れた機関は、講義や実験などの体験を提供。そのほか、研究室での研究活動や、研究・論文作成における教員の個別指導、発表の機会などを設け、創造性・課題設定能力・専門分野の能力の伸長を図ることを目的としている。

小中学生が、大学の研究室に配属!?

「2017~21年度までの5年で大学や高専を中心として30機関を支援してきました。各機関はそれぞれ育成したい人材像、参加してほしい子どもたちの特性など選考基準を設け、個別に募集・選考を行います。選抜された子どもたちは、講義を受けたり、実際に実験などの体験をしたり、最先端の施設の見学など、普段学校ではなかなかできない体験をします。その中で、さらに意欲や能力・資質の高い子どもたちについて選抜が行われ、例えば大学の研究室に配属された場合、大学生と同じように個別に研究指導を受けることになります」

そんなジュニアドクター育成塾では、これまでどんな機関がどのようなテーマをもとに教育指導を行ってきたのだろうか。例えば、大学では、東京大学の「アクティブ・ラーニングと専門家シニアによるきめ細かい指導を活用したジュニアドクターの育成」、大阪大学の「数理統計・根源探求・先端技術への道―放射線計測を足場に」、慶応大学の「KEIO WIZARD KEIO Wellbeing Integrated Wizard Training Program for Elementary and Junior High School Students 生命の誕生から宇宙の利用までを科学する~みんなのウェルビーイングを君たちの科学の力で描いてみよう~」などがある。高等専門学校では富山高等専門学校の「きみも研究者! 富山高専で実践する海洋・ロボットを題材とした次世代人材養成プログラム」、福井工業高等専門学校の「デジタルネイティブ世代×伝統産業のコラボを実現する福井高専型PBL」など興味深いテーマが並ぶ。

2022年度、富山高等専門学校のジュニアドクター育成塾募集チラシ(現在は募集終了)
(写真:JST提供)

ジュニアドクター育成塾に参加した子どもたちは、各教育機関で平均して2年ほど過ごす。また、年1回サイエンスカンファレンスが実施され、全国のジュニアドクター育成塾の受講生が集まり、研究発表やワークショップなどを通じて地域や専門分野を超えて交流・啓発し合い、さらなるステップアップを目指していく。

「現在、行われている教育全体の底上げに加えて、能力・資質のある子どもたちを伸ばしていくという取り組みも日本の将来を見据え、ますます大事になってきていると感じています。今、多様性が叫ばれる中、画一的なものではない、日本の現状を変革していく1つの取り組みにしたいと考えています」

こうした能力・資質のある子どもたちが集まるジュニアドクター育成塾に、どのようにすれば参加できるのだろうか。これまでの事例では、自己推薦(保護者推薦)ほか、教育委員会・学校推薦、各種オリンピック・科学の甲子園ジュニア出場者、科学館・博物館などを通じた推薦などがある。応募形式や選考については各実施機関に任されており、それぞれが独自の基準で子どもたちを選抜する。参加した子どもたちからは、通常の学校生活では会えないようなメンターや指導教員たちに会えたことや、年齢の異なる人たちとディスカッションしていろいろな発見があったといった声などが返ってきているという。

「各実施機関によって選考基準はさまざまなので、幅広く見ていただく中で、自分に興味のあるテーマを掲げている教育機関を見つけて、チャレンジしてもらいたいですね」

年々、進化する企画ラインナップ

2022年度のジュニアドクター育成塾については、17件の応募があり、10件が採択された。5年が1つの区切りとなるので、初年度に支援した10件が終了したことによって、新旧合わせ現在30件のテーマが動いていることになる。

新たに採択されたのは、筑波大学の「つくばSKIPアカデミー ~Science Kids Inspiration Program〜」、東京大学の「産官学連携によるSTEAM学習を通じた未来の科学者育成」、山梨大学の「やまなしジュニアドクター育成自然塾 ~南アルプス・ユネスコエコパークでの活動が育む未来人材~」ほか、神戸大学、米子工業高等専門学校、島根大学、愛媛大学、九州オープンユニバーシティ、長崎大学、琉球大学など10機関が取り組む。企画テーマや応募・選考方法の詳細については各機関のWebサイトで確認できる。

「各機関は拠点を置く自治体の要請もあり、次世代人材の育成に非常に熱心です。今年度の特徴は、政策において重視されている『探究力の育成に向けたSTEAM学習等の推進』を踏まえ、A=Artの取り組みに注力している点です。科学技術にアートを加えることで、子どもたちの感性の部分も含めて能力の伸長を図っていくことを期待しているのです」

将来のイノベーション人材を育成するために小中学生向けに、17年から始まったジュニアドクター塾。まだ5年しか経過していないため、現在目に見える成果が出ているわけではない。その成果が発現するのは20~30年後だろう。しかしだからこそ、長期的な視点を持って、事業を継続していくことが重要になる。

「子どもたちには自分の好きなことに対して、興味を持ち続け、意欲や熱意を持ってチャレンジしてほしいですね。日本にさまざまな社会課題がある中で、科学技術を使ってイノベーションを起こし、新たな価値を生み出せるような役割を将来担ってもらえるよう期待しています」

(文:國貞文隆、注記のない写真:Fast&Slow / PIXTA)