「先生はお金について考えたことがないのでは」という指摘
横須賀市立夏島小学校教諭の髙岡政晴氏は、2022年度、1年間にわたり、子どもたちが自らお金を稼ぐという活動に軸足を置いた金融教育を実施した。
その実践のきっかけは、コロナ禍にやってきた。在宅時間が長かった時期に本や動画を通じていろいろと勉強する中で、「お金のことを知らずに社会に出る人が多い」「小学校の先生はお金について考えたこともないのでは」といった意見を目にしたという。
「正直、ぐうの音も出ないなあと思いました。確かに自分自身、お金についてほとんど知らず、つみたてNISAやインデックス投資の内容も理解していなかった。お金についてもっと早くから学んでおけばよかったと痛感しました」
お金に関する入門書やビジネス書、動画などを活用して勉強を始めた髙岡氏。22年度から高等学校の家庭科で投資を学ぶということもあり、小学生も今のうちから段階的に学び、興味を持って高校に進んだほうがいいのではないか。そう考え、自身が担任を持っていた29人の小学5年生(当時)のクラスで、70時間ある総合的な学習の時間を使い、年間を通じて「お金の授業」を行うことにした。
まず小学生の金融教育として、いきなり投資や資産形成について学ぶよりは、その基本である「お金」について考えるきっかけをつくることが先決だと考え、「お金を稼ぐ」というテーマを設定した。「働いた対価としてお金をいただく。その儲けをふるさと納税に寄付し、返礼品を使って自分たちでパーティーをするといった活動を展開しました」と髙岡氏は説明する。
そうした活動の大枠は髙岡氏が決めたが、それを「やろうね」と押し付けるのではなく、子どもたちの課題意識から進んでいくよう心がけたという。さらに、主体的・対話的なやり取りができるよう、1時間の話し合いで終わらなければ次の時間も使うなど、いかに子どもたちの意見を反映させて進めていくかも大切にした。
雑巾販売とダンスパフォーマンスでお金を稼ぐ!
では、具体的な授業のプロセスを見ていこう。最初の授業では、お金にはさまざまな価値が含まれていることに気づいてもらうため、「安いほうがいい? 高いほうがいい?」をテーマに、「コンビニで買ったカフェラテとスターバックスで買ったカフェラテ。みんなはどちらが欲しいですか?」という問いかけからスタート。
すると、「安いからコンビニがいい」「高いからスターバックスのお店がいい」「何が大事かで選び方が変わる」など、さまざまな意見が出た。「多くの子どもがお金の多面的な価値について考える姿が見られました」と髙岡氏は言う。
次の授業では、自分や家族が日頃、どこにお金を使っているのかを振り返った。生活に必要なもの、あったらいいなと思うもの、プレゼントなど人のためのものなどを整理していく中で、「人のためにお金を使ってみたい」という意見が出たという。
そこで、人にお金を使うにはどのような方法があるかを知るため、みんなで1人1台端末を使ってお金の専門家をリサーチし、金融教育を提供するPremier Financierにオンライン授業を依頼。その中で、投資が1つの選択肢であること、小学生でもできる投資としてふるさと納税があることを教えてもらった。
多くの子がふるさと納税について聞いたことはあるものの、詳しくは知らない。そこで次は、市役所のふるさと納税の担当者を招いて話をしてもらい、「ふるさと納税は返礼品がもらえる寄付」であることを学んだ。子どもたちは興味を持ち、実際にやってみようということになったので、今度は寄付をするお金をどのように集めればいいのかを話し合った。
「物を売って稼ぐという案が出てきたところで、小学生なのに物を売ってもいいのかなどさまざまな意見が出ました。そこで、税理士でYouTuberの大河内薫さんにオンライン授業をしていただき、小学生が物を販売することに問題はないこと、販売場所としては学校を活用するとよいことなどを助言していただきました」
その後、子どもたちが話し合った結果、家庭科での雑巾作りと運動会で練習したダンスを生かして稼ぐことが決定。実演販売士のレジェンド松下氏に協力してもらい、子どもたちは雑巾販売の極意も学んだ。
そして、2022年9月に「きふフェス」と称して学校で雑巾販売とダンスパフォーマンスを合わせたイベントを開催、当日は45分の間に約70人の保護者や地域の関係者が集まった。
雑巾は2枚で100円、ダンスはよければ50円という金額を設定したが、売り上げ目標の2000円を大幅に上回る約8500円の売り上げがあったという。このときの雑巾とダンスの品質などの課題を踏まえ、23年1月には2回目の販売会「夏5フェス」を開催。手作りのティッシュケース(150円)とペンケース(200円)も販売し、目標金額1万3500円のところ約1万7000円を売り上げた。
この売上金約2万5000円を使い、髙岡氏の名義で、子どもたちが寄付先として決めた青森県津軽市、熊本県の和水町、愛知県岡崎市にふるさと納税を通じて寄付。3月には返礼品のリンゴジュース、さつまいも、クッキーでパーティーを開いた。
「金融教育や総合学習に意欲的な先生が増えてほしい」
髙岡氏は、こうした1年間にわたる金融教育を次のように振り返る。
「子どもたちは当初から『面白そう!』と食いつきがすごかったですし、1年間熱心に前向きに取り組んでいました。小学生でお金について学ぶ必要があるのかとの意見を持つ方もいらっしゃるかもしれませんが、最後の焼き芋パーティーでは、みんな『おいしいね』と言い合いながら食べていて、自分たちが考え、実際に働いて稼いだお金が生かされたという達成感がよく伝わってきましたね。子どもたちのお金に対する見方や考え方が広がったことは、成長といえるのではないでしょうか」
また、家庭科や運動会の活動が稼ぐ方法に生かされただけでなく、売り上げ目標を考えるうえでは算数の計算知識が、ポスター作りには学級活動で学んだCanvaのスキルも活用できた。「結果的にさまざまな教科がつながる活動になりました」と髙岡氏は話す。
前述のように外部の人材が協力してくれたことも大きい。いずれの専門家も謝礼なしで依頼を快く受けてくれたそうだ。そのおかげで、子どもたちは学びを深めることができた。
こうした教育活動が評価され、髙岡氏は昨年12月、金融広報中央委員会等主催の「金融教育に関する実践報告コンクール」で優秀賞を受賞。2023年2月には授業参観で1年間の取り組みを子どもたちが発表し、保護者にアンケートを取ったところ、小学校がお金の授業をやることに対して賛成と答えた保護者が19人中17人、どちらとも言えないと答えた保護者が2名となった。「好意的に見ていただけたのでは」と髙岡氏は捉えている。
「一方で、SNSなどで批判的な意見もありました。友人の教員も、金融教育をやりたいと職場で提案したところ反対に遭ったようです。小学校も家庭科でお金の使い方は教えていますが、お金を稼いで使うという新しい取り組みに関しては、今もさまざまな意見があるのだと感じます」
しかし、髙岡氏は金融教育や総合的な学習の時間に意欲的に取り組む先生が増えてほしいと願っている。
「私は学校教育が少しでもいい方向に変わってほしいと思ってこの実践に取り組みました。コンクールに応募したのも、そのためです。教育はICTによってできることが増え、今後も学びは多様化していくでしょう。とくに個で学べる時代となった今、学校の価値は体験的な活動にあると考えます。そういった意味でも総合学習は重要であり、お金は汎用的に生かせるテーマだと思っています」
髙岡氏は、こうした思いをコンクールで獲得した賞金を使ってYouTube動画にまとめた。一連の実践はこの動画の一部や金融広報中央委員会のホームページで見ることができる。金融教育や総合的な学習の時間のアップデートに興味がある人にとって参考になるのではないだろうか。
(文:國貞文隆、写真:髙岡政晴氏提供)