1997年から開始した、校内ICT化
現在、同志社中学校の英語教諭であり、同中学校のEdTech Promotions Manager(教育ICT推進担当)を務める反田任先生。同志社大学でも教育実習指導(英語科)を担当するほか、日本デジタル教科書学会の理事も務めている教育プロフェッショナルの一人だ。そんな反田先生はどのような経緯で教育のICT化に取り組むようになったのだろうか。
反田先生がICT化に取り組み始めたのは1997年。校内のネットワークを構築し、教員に1人1台、生徒用には40台のノートパソコンを導入した。その後、校舎を移転した2010年からは電子黒板や教室備え付けのノートパソコン、プロジェクターを授業で使うようになった。14年にはタブレット(iPad)を導入。Wi-Fiネットワークの構築にも着手するなど早くからICT化を進めてきた実績がある。
「私は英語が担当でICTの専門家ではないのですが、もともと目新しいものが好きでして、昔からコンピューターに興味がありました。そこからICTを担当するようになったのですが、ネットワーク関係については当初まったく知識がなく、自分で勉強してネットワーク関連のシステムアドミニストレーターの資格を取得するなどして、一通りのことに対応できるようになったのです」
同志社中学校では、1997年に自前でネットワークを構築したことが、いち早いICT化につながった。タブレットの導入についても文部科学省の動きを先取りするという私学ならではの決定によってICT化の促進を早めることになった。
「そのため、コロナ禍においてもリモート授業などで、大きな問題はまったく発生せず、スムーズに対応することができました。それまでにさまざまなノウハウを蓄積していたことが大きかったと考えています」
学校独自のポータルサイトを構築
一口に教育のICT化と言っても、さまざまなスタイルがあると思われるが、同志社中学校では実際にどのような形で行われているのだろうか。
まず同志社中学校ではA(Active Learning)、B(Blended Learning)、C(Co-Creative Learning)という基本のABCを柱にICTによる授業を行っている。
「2014年にタブレットを導入した際には、そのときの新入生から1学年(約290人)ごとに順に3年をかけて全校生徒に導入していきました。その際、1年生と同じ環境を2、3年生も自分のパソコンで享受できるよう、学校独自の学習ポータルサイトを構築しました。PDFなどを含めたウェブベースのコンテンツをダウンロードできるようになっており、今も運用されています。外部のポータルサイトではないので、学校内で自由にカスタマイズできるところが大きなメリットとなっています」
実際の授業でもさまざまなITツールが駆使されている。反田先生が担当する英語科のケースを見ていこう。同志社中学校では17年から英語学習AIロボット「Musio(ミュージオ)」を20台導入し、効率的に英語の発話練習をしていたが、発音チェックをしながら生徒同士で使い回していくことがコロナ禍の影響でできなくなったため、現在は中学1年生を対象に実験的に「ELSA Speak(エルサスピーク)」というAIの英語発音チェックアプリを導入し、活用している。
また、英語の動画教材「English Central」も導入。こちらは英語の4技能を自学自習できるオンライン教材の1つで、生徒は動画を見ながら、発音チェックやライティングチェックなどができ、学習の仕上げとしてオンラインで外部講師の英語レッスンが受けられることも大きな特徴となっている。
「外部講師との英語レッスンは費用もかさむのですが、English Centralでは動画を見て練習するとポイントがたまるので、そのポイントを使ってオンラインレッスンを受けることが可能です。動画をたくさん見ればポイントがたまり、レッスンを多く受けられるシステムなのです。生徒は毎年一定の金額を支払うだけで、個人の学習度合いによって、たくさん学んだ生徒は、より多くの機会をオンラインの外部講師と持てるようになっています。年間最大360回までオンラインレッスンを受けることができます。生徒の中には年間200回以上のオンラインレッスンを受けた子もいますね」
さらに反田先生が担当する英語授業では、授業コース(学習に必要なブックや、ビデオ・オーディオなど)を提供できるアプリケーション「iTunes U」を利用してきたが、21年末にサービスが終了したため、現在はより機能が進化し、できることも増えた新しいアプリケーションの「スクールワーク」を利用している。
このスクールワークでは、授業で使用する資料や課題を生徒に配信したり、共同作業を簡単に行うことができる。生徒の学習における進捗度を把握することが簡単に行えるiPadアプリケーションだ。また、生徒の学習状況を見守りながら、リアルタイムでどこからでも1対1でやり取りができる。さらに、課題が期限別、科目別にも整理されており、iPad上にプッシュ通知で自動的に表示されるため、教師はクラス全員の状況を簡単に把握でき、生徒1人ひとりのニーズに合わせて教え方を調整することもできる。
同志社中学校ではこのように、英語をはじめ、ほかの教科でもICT化が進んでいる。全科目に対しては、授業支援システムの「ロイロノート・スクール」のほか「Microsoft 365」や「Google Workspace」も導入。教員や生徒への連絡はほとんど「Teams」を活用して行われている。今は教員と生徒の課題のやり取りはほとんどがオンラインで行われており、授業では教員がレクチャーすることからコーディネートする方向へ比重が高まっているという。
「私の担当する1年生の英語の授業では、紙の教科書は使っていますが、課題の配信・提出はオンラインが中心であるため、紙のノートは使わず、提出はデジタルテキストで、PDFに書き込んでもらうようにしています。授業のデジタル化の度合いでいえば、私の授業では100%に近く、本校のどの教科でも少なくとも50%以上はあると思います。先生方によって、いろいろな考え方があるでしょうが、私は黒板を使うようにタブレットを使いたい、ICTを活用している授業でありながらICTらしくない、つまりICTの活用が授業に自然に溶け込んでいるという感じにしていきたいと思っています」
ICT化で進んだ、生徒の「セルフラーニング」
こうした教育のICT化で大きく変わったことは、授業においてセルフラーニング、あるいはアダプティブラーニングともいわれるように、生徒が学びたいことを自分のペースで学習できる時間が持てるようになったことだ。また、これまで紙だけだったアウトプットが、音声や動画でもアウトプットできるようになったことも大きな変化だという。
「先生の考え方や個々の授業スタイルの違いにもよりますが、文章を書かせるときに、最初の出だしがなかなか思い浮かばず、書きあぐねる生徒が多かったのですが、タイピングをするようになって、以前よりも文章量が増えるようになりました。自分で考えながら文字を打って簡単に修正もできるようになったことで、気軽に書き始めることができるからでしょう。また、英語のリスニング・スピーキングについてもAIアプリを活用し、評価にゲーム的な要素も加わったことで、生徒たちがより前向きに学習するようになっています」
そして、反田先生は保護者とのやり取りでもICT化を進めている。教育SNS「Edmodo」のほか、今年からはクラスやチームなどのグループで活用できる「Google グループ」を使ってクラスの保護者向け情報を発信。ファイルのシェアでは「Googleドライブ」、懇談会などのスケジュール調整では「Google フォーム」を利用している。
「紙でやり取りするときよりも格段に便利になっており、同じことをするにも時間がかからなくなりました。効率よく事務作業ができるようになっています。今は各ITツールの使い方についてもネットや本で詳細に説明されているので、慣れていない方でもそれほど難しく考える必要はないと思います」
今も教育のICT化については試行錯誤が続く。早くからICT化に携わってきた反田先生は教育のICT化の現状についてどう見ているのだろうか。
「ICT化では、よく効率という言葉が出てくるのですが、効率性だけでは十分ではありません。学習者がさまざまな情報にアクセスでき、自分にふさわしい学び方ができるようになったことが本当の大きなメリットであり、そこを先生たちがいかに個々の授業スタイルに落とし込んでいくかがこれから重要になってくると思います」
では、今後日本の教育のICT化はどのような方向に進んでいくのだろうか。反田先生は次のように語る。
「これからも技術の進展によって教育のICT化は進化していくでしょう。例えば、メタバースが今後の教育に何らかの影響を及ぼす可能性は高いとみています。また、デジタル教科書の動向も見逃せません。2024年度から利用開始といわれていますが、紙の教科書と同じような便利さを持ったデジタル教科書にするにはまだまだ新たな技術開発が欠かせないと思います。日本の教育のICT化はまだ緒に就いたばかりです。さらなる可能性を求めて、今後も新たな授業方法を模索していきたいと考えています」
(文:國貞文隆、写真:すべて反田氏提供)