町と民間企業が組んでSTEAM教育をスタート

徳島県の北東部に位置する、人口約1.5万人、広さ14.24平方キロメートルの松茂町。町内には3つの小学校と1つの中学校があるが、2021年度からこれら全校において「STEAM教育」が行われている。

21年にできたばかりの町の交流拠点施設「マツシゲート」も活用しながら取り組んでいるというが、なぜ町ぐるみでSTEAM教育に力を入れるのか。

丹羽 敦子(にわ・あつこ)
徳島県板野郡松茂町教育委員会 教育長
同県教育委員会や鳴門市の小・中学校校長、鳴門市教育委員などを経て、2018年4月 より現職

「現代の子どもたちは、不確実で変化のスピードが速い社会を生き抜かなければいけません。ICTスキルを上げるだけでなく、そのスキルをどう使うかといった目的意識や人間力をいかに育てるかが課題だと感じていました。そんな矢先、吉田直人町長から『STEAM教育に力を入れたい』という提案があったのです」(松茂町教育委員会教育長の丹羽敦子氏)

松茂町の人口は微減傾向にあり、雇用創出や移住促進、観光政策などの課題があるほか、町民から学校教育の充実を望む声も多く、マツシゲートを核に「松茂町=STEAM教育」というブランディングを図って町づくりに貢献したいとのことだった。丹羽氏は、「STEAM教育のような分野横断的な学びは、AI時代の土台となる人間力を育てるにはぴったり」だと思い、学校現場と協議しながら導入を決めたという。

そんなわけで町、教育委員会、学校が一体となり、町の予算でSTEAM教育に取り組むことに。さらには民間企業の力も借りようと、教育委員会はヴィリングにも協力を仰いだ。

中村 一彰(なかむら・かずあき)
ヴィリング代表取締役
埼玉大学教育学部卒業。企業経験を経て2012年10月に同社を創業。STEAM教育スクールSTEMON、探究学習スクールBOKEN、民間学童スイッチスクールを運営。17年度に東京都小金井市立前原小学校に理科講師として勤務。東京都教育委員会プログラミング教育推進事業者(18~19年)、大阪市教育委員会プログラミング教育推進事業者(17~18年)、徳島県松茂町STEAM教育プロジェクト(21~22年)、2児の父
(写真:ヴィリング提供)

同社は、STEAM教育スクール「STEMON(ステモン)」を全国で展開するほか、プログラミング教育推進事業者として公教育にも関わってきた実績がある。町内にステモンがあった縁から、同社に実践委託業者として連携してもらうことにしたのだ。

丹羽氏は、子どもが幸せに生きていくために、困難や課題を解決できる人間力をSTEAM教育で育てたいという。そのため子どもたちが「『考え方』を考えること」「総合的で実践的なスキルを身に付けること」、そして教員の「授業改善」を目指して取り組む方針で、中村氏の提案により具体的には以下の6つの“C”の育成に重点を置く。

1:Collaboration(仲間と協働する力)
2:Communication(伝え合う力)
3:Content(学力、知識と論理的な思考)
4:Critical thinking(批判的に考える力)
5:Creative innovation(創造する力)
6:Confidence(失敗を恐れない気持ち)

継続的な取り組みが力を伸ばすことを実感

2021年度よりすべての松茂町立校(中学校1校、小学校3校)において、該当学年ごとに年間4~8時間ほど「総合的な学習の時間」を使ってSTEAM教育をスタートしたが、実際にはどのような授業を行っているのか。

各校を月に1度訪問してSTEAM授業を担当する中村氏は、「各学校の環境や特色に合わせて先生たちと相談しながら内容を決定しています」と話す。

昨年度は、松茂小学校では全学年に、喜来小学校では3年生〜6年生に対して、学年ごとにプログラミングを中心に指導した。初年度だったのでスキル習得がメインとなったが、今年度は発展的な取り組みもできるようになりつつある。

中村氏によるSTEAM授業の様子

「例えば松茂小学校の3年生は、近々地域の介護施設を訪問しますが、子どもたちが作った質問用紙で高齢者の方にアンケートを取り、そのデータをグラフ化するなど統計的な演習も行う予定です。STEAM教育は簡単に言うと、データやICTなどを問題解決に生かすプロジェクト学習であることが重要ですが、今年度は、その比重を高められるのではと思っています」(中村氏)

とくに成長が著しかったのが、長原小学校だ。全児童数10名(昨年度現在)という規模を生かし、2年生から6年生まで合同で1年間に12時間と他校よりも長い時間をかけ、初年度からプロジェクト学習にも取り組んだ。

例えば、海が近い同校が以前から力を入れている防災教育に、ドローンを導入。ドローンの特徴を調べて学ぶだけでなく、角度、距離、高さといった算数の学びも生かしながらプログラムを実際に考えてドローンを飛ばし、被災地へ薬を運んだり被災地を撮影したりする方法なども考えた。

長原小学校では、「防災教育×ドローン」を軸にSTEAM教育を展開

さらに、東日本大震災で避難所生活を余儀なくされた宮城県気仙沼市の人たちに避難当時の困り事をオンラインでインタビューし、解決のためのアイテムをプログラミングで制作、防災センターで成果物の発表を行った。

「長原小の子たちは毎月授業があったので、かなり高いスキルが身に付きました。今年度は、3年生ですでに乱数や変数を扱った、より難しいプログラミングを行う子も出てきています。継続的な取り組みで力が付くことを実感しており、今年もどこまで伸びるのだろうとすごく楽しみです。また、プロジェクトを進める中で興味を持ったことを深める姿も見られ、STEAM教育は主体的・探究的な学びが発生しやすい教育だと改めて感じました」(中村氏)

中学校では先端機器も活用してプロジェクトに挑戦

松茂中学校では、学年ごとにプロジェクトに取り組んだ。1年生は「防災リーダーシップ育成」をテーマに防災のCM作りや防災グッズの提案などを行った。2年生は「起業家教育」を軸に同校の公認キャラクター“まっちゅん”の商品化に取り組み、実際に水筒やキーホルダーなどを作ってマツシゲートのマルシェで販売し、その売り上げで車いすを購入して町の老人ホームに寄贈したという。

「とくに中学2年生は、地元の人の困り事を解決する企画を考えた際、たくさんのユニークなアイデアが出てきました。例えばクレーンゲーム機の中に規格外の野菜を入れて楽しみながら食品ロスを減らす、地元名産の梨の皮の香りを生かしたお香を作るなど。作る側としての視点が新鮮なのか、子どもたちは楽しく取り組んでいました」(中村氏)

地域の課題解決プロジェクトに挑んだ中学3年生からは、実際に町の大人たちを動かす提案も生まれた。

「生徒たちがグループに分かれて松茂町で解決したい課題を探し、代表の4チームが町議会議員の方々に課題と解決案をプレゼンテーションしたのですが、生徒が問題視した通学路に死角をつくっている危険な木は、実際に伐採されることになりました」(中村氏)

松茂中学校校長の櫻間伸章氏も、生徒たちの成長を肌で感じている。

櫻間 伸章(さくらま・のぶあき)
徳島県板野郡松茂町立松茂中学校 校長
同県板野郡藍住町立藍住中学校教頭と同県美馬市立穴吹中学校教頭を経て2022年度より現職

「子どもたちが自分たちで考え、本気で大人たちにぶつかってくる機会が増えました。例えば文化祭で行いたいことなどについて、生徒たちが自ら校長室に来て関係者に提案をするのです。STEAM教育で得た学びが生きていると感じます」(櫻間氏)

STEAM授業は、前述の交流拠点施設「マツシゲート」も活用している。長原小学校は、3Dプリンターやレーザーカッターなどの先端機器をそろえる「ファブスペース」でよく授業を行っており、松茂中学校の2年生たちも商品のデザインやプロダクトを作る際にここのデジタル機器を活用した。

また、放課後の居場所づくりとして、松茂中学校では顧問を置かないイノベーション・ラボクラブもつくり、所属する生徒約10名が放課後にファブスペースでものづくりを楽しんでいる。今年はロボットコンテストに向けて本格的にチームで取り組むそうだ。最近では、不登校の子どもの居場所になったケースもあり、ファブスペースに顔を出すことをきっかけに、学校に行けるようになった子もいるという。

松茂中学校の公認キャラクター「まっちゅん」をレーザーカッターでプリント(左上・右上)。イノベーション・ラボクラブの生徒たち(左下)。プログラミングロボット(右下)や3Dプリンターなどファブスペースはデジタル機器が充実

このほかマツシゲートでは、町の取り組みとして定期的に小学校高学年と中学生を対象に「STEAM学び隊」と称した講座が開かれているほか、STEAM教育イベントも年に数回開催されており、町のSTEAM教育の拠点となっている。

マツシゲート(上)、鳴門教育大学の講師による「STEAM学び隊」の講座(左下・右下)

「松茂町=STEAM教育」を目指して

松茂町は町長、教育長、校長が一枚岩となっており、中村氏は「この奇跡的な環境がSTEAM教育の秘訣ではないか」と語る。

「現状、日本ではプログラミング授業も全国で1割ほどしかできていない印象で、STEAM教育に関してはほぼ始まっていないといえます。プログラミング教育がコンピューターを活用したプロジェクト学習に発展していかないのも、関係機関が一体となっている自治体が少ないからだと感じていますが、そんな中、松茂町の環境は大変珍しく、三位一体の体制だからこそSTEAM教育を実現できているのだと思います。私も伴走させていただき、これほど手応えを感じるのは初めてです」(中村氏)

丹羽氏も、「専門の知識を有する民間企業と連携したことでSTEAM教育の狙いが明確になり、教職員と子どもの学びの意欲の向上につながったように思います」と、公教育と民間が補い合う有効性を評価する。

現在、松茂町の子どもたちは2021年度に学んだ下地があるため、今年度は発展的な課題に取り組みやすくなっており、「これが来年、再来年と続いてカリキュラムマネジメントが充実していくと、松茂町全体の力は必ず上がっていくでしょう」と中村氏は期待する。

丹羽氏は、日本の子どもたちの自己肯定感の低さや学ぶ意欲の問題などからも、「STEAM教育を子どもたちの自己肯定感の向上や、キャリアを含めた『生き方教育』にもつなげていければ」と、展望を語る。しかし、課題もある。

「学校も、毎年子どもたちがワクワクする新たな仕掛けをつくることが重要。そのためにはSTEAM教育を浸透させる必要があります。教員の異動がある中でも、『松茂町=STEAM教育』を伝える伝承者を継続的に育てることも課題です」と、丹羽氏。櫻間氏も、「継続のためには、校長がなぜSTEAM教育を行っているのかを教員全体にしっかり落とし込まないといけないと考えています」と話す。

また、各学校に合わせたプログラムにしているので、スキルなどにばらつきが出ている点も課題だ。「この学年ならこの内容の授業」といったパッケージ化はできておらず、「ここがある程度クリアにならないと、公教育でのSTEAM教育の普及は難しい」と中村氏は考えている。

「しかし、今後の日本社会や地域社会にとっても、誰もが納得感を持って生き生きと幸せな暮らしができるようになるためにも、子どもたちが将来所属するコミュニティーで役立つものをつくれるスキルや態度を育むことは重要です。その手段として、STEAM教育は有効だろうと思っています」(中村氏)

(文:酒井明子、注記のない写真:松茂町教育委員会提供)