少子化ゆえに子育てはハード、罪悪感があってもやめられない
“最近の親は怒りっぽい”、そんな言葉を耳にするが、それは「今の時代だからこそ」と力を込めるのは、見守る子育て研究所所長で教育家の小川大介氏だ。そもそも30年前と今の子育てを同じ土俵で比較すること自体がナンセンス。令和に子育てをすれば、誰もが怒りっぽくなって当然だと説明する。
「令和の子育ては過酷です。情報過多で身に付けるべきとされる知識やスキルが膨れ上がる一方、何事も先取り先取りと急かされます。子どもの育つままにして、将来無事に社会へ出られるなら苦労しません。実際、一昔前は社会が成長軌道にあって人口も多く、多様な労働の受け皿がありました。団塊世代を中心に子どもを見る大人も大勢おり、当時の子育てはある程度環境に任せられたのです」
それに対して現在は、職業選択や経済格差がよりシビアで、さらに人口減少や少子化が進んでいる。家族以外の大人や友人を通じて得られる学びが少ない中で、親がしっかり教育しなければという焦りや不安があるのだ。中には、「昔と比べ、今は兄弟姉妹も少ないのだから楽なはず」という意見もあるそうだが、小川氏は「子どもの数が多いと、母体を守るためにも無意識にブレーキがかかり、ある意味サバサバと子育てできます。しかし1人や2人の場合、何とか全力で頑張りきれてしまう。だからこそ大変なのです」と明確に否定する。
「とくに都心部の親は、子どもが『学歴的な安全ゾーン』で成長しているという安心感を早くから得たい。その結果がヒートアップし続ける中学受験でしょう。親も本心では子どもの成長を待ちたくても、社会構造が許しません。大半の親は、実はこうした教育に罪悪感や疑問を抱いているのですが、とはいえ誰も将来安泰な子育ての代案を示してくれない。何かがおかしいと感じながらも仕方なく、過度な教育レースに踏み込んでしまうのです」
親は感情的に怒ってもよい、9割の原因は「不安と焦り」
小川氏は、子どもにイライラしてしまう親の特徴として「まじめ」「努力家」「愛情深い」ことを挙げている。
「怒りは自分がパニックに陥っている表れであり、愛情の裏返しでもあります。わが子の教育に関しては、母親の方が怒りっぽくなりがちですが、それも体に根ざした深い愛情ゆえ。子育て本などでは、子どもを感情的に怒ってはいけないと書かれていますが、そういわれても困りますよね。一生懸命に子育てしていれば、怒りは当然生まれるのです。一度出た怒りは無理せず吐き出して、理性を取り戻してからわが子に謝ればよいのです。それよりも、『怒らない自分になろう』とするほうが危険。自己嫌悪が募って苦しくなり、体調を崩したり心を病んでしまったりと、むしろ子どもにマイナスな結果になりかねません」
怒りには、大きく分けて4パターンあるという。「焦りや不安から生まれる怒り」「子どもに裏切られたことによる怒り」「期待値が高すぎるがゆえの怒り」「人目を気にしたしつけのための怒り」だ。
:9割がこれに当てはまる。熱心に子育てをしている親に多い
●子どもに裏切られたことによる怒り
:嘆きに近い感情。例えば、宿題をやると約束したのに破られたときなど
●期待値が高すぎるがゆえの怒り
:親が定めた基準にわが子が当てはまらず、思いどおりになっていない時に感じる。子どもの実情を踏まえず、「これくらいできて当然」「自分が教えたのだから理解して当然」と勝手に期待してしまっている
●人目を気にしたしつけのための怒り
:集団生活を行ううえで、人目を気にするあまり、つねに行儀よく振る舞わせようとする。都市部に特有で、親として批判的に見られることを恐れる場合もある
「3つ目の期待値が高いがゆえの怒りは、せっかく調べて試したことがわが子に通用しないときや、信じてきた勉強法が結果につながらなかったときにも感じます。情報量が多い現代だからこその怒りです」(小川氏)
怒る自分を責めてしまう人は、自分をいたわる時間をつくってほしいと小川氏は助言する。
「ママたちにお勧めなのがネイルサロンや美容院です。きれいにしながら話も聞いてくれて、自分のためだけに尽くしてもらえる。他人に大事にされる感覚を味わえるので、心身のメンテナンスになるようです。こうした隠れた価値は男性陣にも知ってもらいたいですね。お気に入りのカフェで自分のためだけの時間を過ごすのもお勧めです」
母親は「命懸け」だから怒り止まらず、父親の怒りの理由は2つ
では、夫婦の役割分担はどうすればよいのか。夫婦の教育方針が一致しないケースも多いが、小川氏は「そもそも母親と父親は本質的に違う」と指摘する。母親は妊娠して以来、四六時中気を抜けず、まさに一心同体で命懸けで子育てをする。これに対して父親は子どもとの身体的なつながりはないため、観察力や共感力を働かせて頭で子育てをする。「男女平等の概念を超えた生物レベルの話で、母親と父親は担うものが違う。それを受け入れ、互いを理解することが大切」と小川氏は強調する。
「母親と父親では、当然怒り方も違います。母親はなぜ怒っているのか自分でもわからず、一度怒り出したらブレーキがかけられないことも多い。その際は周りの大人が救済しなければなりません。母親がすでに十分子育てを頑張っていることを認め、命懸けの子育てから少しでも解放できるように育児や家事をフォローし、『これ以上頑張る必要はないよ』と一つひとつ許容して手放す手助けをしてください」
逆に、父親の怒りの理由は明確だという。
「顕著なのは、父親の自分が立てた目標から外れたことによる“間違い指摘型”の怒り、もしくは妻が相手をしてくれないことへの“逆ギレ”です。実は、夫が妻に甘えられない原因も現在の社会構造にあります。昔は子どもが2歳を超えて話し始める頃から、母親も少しずつ子育ての心配事から解放されました。余裕が生まれて夫と向き合う時間が増え、そして子どもが小学校に入れば、再び夫婦としてスタートを切り直せる流れがあったのです。しかし今は、将来の不透明感から不安や焦りがいつまでも消えません。自分の家庭は朗らかであってほしいと願う夫は、妻が怒り続ける状況に対してイライラしてしまうのです」
わが子の特性を見抜く方法と、怒りの言い換え事例6選
現在小川氏は、“見守る子育て”の実践と普及を行っている。「子どもの生育は一人ひとり違います。一律の教育を押し付けてうまくいかないのは当然。子どもの才能やタイプに応じた支え方を見つければ、早いうちに成功体験を持たせて、主体的な学びに導くことができます。わが子への理解をいち早く進めて望ましい関わり方をつかめば、イライラよりも喜びが増えますよ」
ここで、例を1つ挙げてみよう。小学2年生のY君は、毎週末ラグビースクールに通いラグビーを心底楽しんでいる。得意のパスで足の速い味方にボールを渡し、トライにつながることがうれしいようだ。一方で母親は「好きなことは応援したいが、とはいえラグビーばかりに熱中していて大丈夫なのか……」と不安を抱えている。
こうした場合、Y君がラグビーに向き合う姿から、人間としてどんな素養があるか、今後どんな経験を身に付けるとよいかを客観視することがポイントだと小川氏は言う。
「Y君は集団プレーでの喜びを感じているので、共同作業に取り組むことができ、共感力が高い。パスが得意ということは、視野が広く、視覚情報への判断が早い。裏を返せば落ち着きがなく、話を聞かないタイプ。そして手先が器用で細かな作業に向いているかもしれない――。このように、子どもの持ち味を多角的に捉えて解釈していくのです」
実際、小川氏の著書では、これまで6000人以上の子どもを見守る中で得た“多様な見方”が反映された言葉がたっぷりと掲載されている。取材で独自に聞いた事例を含め6つ紹介しよう。
「お姉ちゃんはできたのに」→「〇〇はどんな勉強のスタイルなのかな?」
ケース2:勉強する意味を問われる、勉強する意味がないと言って勉強しない
「つべこべ言わずに勉強しなさい」→「確かに何でだろうね。一緒に調べてみよう」
ケース3:いつまでも勉強に着手しない
「いつまで見てるの!」→「この動画は1本何分? 6時までということは、あといくつ見るの?」
「宿題早くやりなさい」→「宿題は何が出ているんだっけ?」
ケース4:テストでいい点を取らせたい
「頑張って100点取るのよ」→「100点取りたいよね、正直何点くらいなら取れそうなの?」
ケース5:反抗的な態度を取られる(オリジナル)
はあ?/うるせーよ/母さんだって〇〇じゃん→「確かにね」「そのとおり」+「でも、心配だし助けてあげたいから聞くんだけど、もしかして困っている?」
ケース6:子どもがわざと聞いていないふりをする(オリジナル)
「〇〇、聞いてるの!?」「聞きなさい!」
→(幼少期や低学年の場合)「はい、そこの、聞いてるけど聞いてないふりをしているけど実は聞いている人〜!」
→(中学年以上の場合)「〇〇の話をしたいんだけど、何時なら聞ける?」「聞く必要がないと思う理由を教えて?」
「ハウツー本としてではなく、あくまで親子の心の価値観を確認するツールとして、また僕と会話し相談するような気持ちで手に取ってほしい」と小川氏。自分の感情の棚卸しができ、子どもへのイライラを減らす一助になるかもしれない。
(文:せきねみき、編集部 田堂友香子、注記のない写真:beauty-box / PIXTA)