HSCの鋭い観察力や感覚を学級運営の道標に
HSCの敏感な気質は、生後間もない頃から表れる。HSCは赤ちゃんの頃から、非HSCには平気な刺激で目を覚ましたり、泣き出したりするという。成長するにつれ、音・におい・光の明るさや人の気持ちにとても敏感で「周囲の子とはちょっと違う」と気づけるポイントが出てくる。
主に、4つの性質「物事や情報を深く受け取って考えて処理する」「過剰に刺激を受けやすい」「感情の反応が強く共感力が高い」「ささいな刺激を察知」のすべてを兼ね備えているかどうかで判断できるが、これは、脳の活動と関係がある。HSCは、物事の複雑なことや細かいことを認識する脳内の部位や、ほかの個体の行動を見て自分も同じ行動を取っているかのように反応する神経細胞が活性化しやすいことが明らかになっているのだ。ここで注意すべきは、HSCは必ずしも内向的ではない点だ。約30%は外向的なHSCだといわれており、社交的か否かのイメージで判断するのは早計だ。
一方で、「HSCの生徒を見つけ出そうとする必要はない」と語るのは、教育現場などにHSCへの理解を広める活動をする杉本景子氏だ。HSCは病気や障害とは異なり「気質」であるため、治療や合理的配慮は要らない。HSCとカテゴライズして「特別なケアが必要な子」「弱くて助けが必要な子」というレッテルを貼るのは誤りだ。
「HSCが安心できるクラスは、クラス全員にとっても居心地のよいクラスです。先生方は、HSCの知識を持ったうえで、あくまでも一人ひとりの気質に注目して接してください。重要なのは、クラスの約5人に1人がHSCの個性を持つこと、そして人間の敏感さや思慮深さのレベルに違いがあること、この2つを前提に発言や接し方を工夫することです。HSCが不快に思うことを取り除くことは、クラス全員に好影響を及ぼします」
HSCは誇るべき長所でもある。物事の観察力に優れ、変化に機敏なHSCは、集団の不協和音をいち早く察知できる。杉本氏はその強みを「炭鉱のカナリア」に例えてこう説明する。
「カナリアは人より早く毒物を察知してさえずりを止める習性から、かつて、炭鉱労働者にとって一大事を未然に防ぐ大事なパートナーでした。この話はクラスの中のHSCに置き換えることができます。もしHSCがクラスでの居心地が悪いと感じていたなら、それはクラスの環境自体に異常があるサインです。そのサインをキャッチして早期に学級運営を見直せば、何かトラブルが起こる前にクラスの状態を整えることができます」
HSCは「ちゃんと謝れる先生」の姿に安心する
では、HSCにとって居心地のよい教室を維持するために、教員は何に気をつければよいのだろうか。杉本氏は、HSCによくある相談からこう説明する。
「わかりやすいのは、『強い口調』『せかす口調』を改善することです。そもそも大声で怒鳴ったり、威圧的な話し方をするのは問題ですから、厳しい指導が必要な場面でも適切な言葉遣いを意識してください。それだけでHSCは『怒られないように、嫌われないように』という視点だけで自分の居場所を探す人生から解放されます。また、自分の納得がいくまで取り組みたいHSCは、せかされると過度なプレッシャーになります。時間内に作業を終えることも重要視されがちですが、テストなどを除いては粘り強く取り組む姿勢を評価するなど、視点を変えた接し方も大切です」
HSCの学校生活は、先生が理解者であったかどうかで大きく変わる。何も「HSCだから」と特別に対応してもらったわけではなく、「それが嫌なのは当然だよね」と無秩序な環境を正してもらえた経験が大きく響くようだ。そもそもHSCは、刺激に敏感であるという気質にすぎず、具体的に何に対してどのような気持ちになるかは人それぞれだ。「この子はHSCだから配慮してよね」とHSCを言い訳にされるのは本人も周りも納得しがたいため、「この子はこれが苦痛なんだよ」と原因を特定して伝えるべきだ。とはいえ、HSCの要望は何も極端なものではない。例えば「上着は禁止」などという理不尽なルールを「寒い人は自由に暖かくしてね」と見直すだけでよかったりする。
これらを見ると、教員と生徒の関係以前に、人間同士の望ましいコミュニケーションがあればさして問題はないことが見えてくる。杉本氏曰く(いわく)、HSCにとって最も大切なのは「教員が子どもに対して誠実なこと」だそうだ。
「HSCが居心地のよかったクラスを話す際に共通するのは、『先生がちゃんと謝ってくれた』ということなんです。深刻な謝罪ではなく、ちょっとした間違いやミスを『あ、ごめんね』『ごめん、また忘れちゃった』と謝る程度ですが、これはとても象徴的な振る舞いだと思います。教員は完璧でなくてはいけないという固定観念にとらわれず、潔く失敗を認めて謝れるのは、まさに誠実な態度の一つでしょう。HSCは、「正しいことは正しい、違うことは違う」といつでも変わらない対応を大事にし、そうした環境に安心を覚えます。周りの言動や態度もよく見ているので、一方で子どもだましの対応やズルをして褒められるような環境は非常に居心地悪く感じるでしょう。一生懸命ルールを守っているほうがルールを守っていない生徒よりも過ごしづらい環境ならすぐに変えるべきです」
問題なのは、悪気なくHSCの自尊心を傷つけてしまう場合だ。
「大人はつい、『こんなことで悩んでいたら今後やっていけないよ』などと言いがちです。ただ、それを言ったところで、あなたはその子に何を与えられるのでしょうか。細かなことに気がつける気質を、恥ずかしくて我慢しないといけないことと捉えさせたいのでしょうか。教育のプロとして、目の前の子がどんな言葉を受け取れば力を発揮し、活躍できるよう後押しできるかをもう一歩深く考えてほしいです」
HSP教員の気づきがよりよい学校のヒントになる
たまに聞かれるのが、「HSCによる行動と発達障害による行動は、一見類似するものがある」という声だ。これに対し杉本氏は「発達障害の診断は医師がすることですが、HSCに限らず、長い間ストレスにさらされていると一見したところ部分的に似た状態になることは珍しくありません。ですが、場の空気を読む力や共感力の高いHSCがそうした状態になるまでなぜ誰も対応してあげなかったのでしょうか?日常生活に支障をきたすほどならば事態は深刻です」と語気を強める。すでに対応が遅れている証拠であり、第三者を介入させたり、前のクラスや家庭での様子をヒアリングしたりして、HSCが落ち着いて過ごせる環境を整える必要がある。
さらにHSCの生きづらさを解消するためには、学校組織のあり方や教員同士のつながりも見直してほしいと杉本氏は力を込める。
「学校管理職(校長、副校長、教頭)や主幹教諭がHSCの特徴を理解し、現場の教員に対して適切な言動や振る舞いを指導するよう心がけてほしいです」
また、もしHSP(Highly Sensitive Person)の教員がいたら、キーパーソンとしてその人の気づきをくみ取るとよいと言う。
「思慮深く小さな心の変化にも気づくHSPは、子どもの心を育てる教員の仕事に向いています。子どもたちに必要とされる人ですから、自分の感性に自信を持ってリーダーシップを発揮し、教育現場でおかしいと感じたことには声を上げてほしい。『気づいてはいけない』『気づいても言ってはいけない』と感じる職場は改善されるべきですし、効率や生産性だけを重視する仕事はただの作業です。『自分は今、とても大事なことをしようとしている』ということを思い出し、教育者として子どもを育てることを諦めないでください。そしてマネジメント層は、その声を学校現場の改善につなげてください」
5分の4が非HSCだと思えば、多数派を意識するだけでも表面的な見え方はよいかもしれない。しかし、学校や教員が当たり前の配慮を心がけ、一人ひとりの個性に寄り添うことができれば、HSCも自分らしく生き生きと過ごせる。すべての子どもの健やかな心の成長を後押しする教室こそ、全員にとって居心地のよい環境なのではないか。
(文・末吉陽子、編集部 田堂友香子、注記のない写真: Kazpon / PIXTA)