より一歩踏み込み、業務全体の再構築を

デジタルトランスフォーメーション(DX)は、AIやIoTなどのさまざまなデジタル技術を駆使し、業務のプロセスや商品・サービス、組織運営などに変革を起こす取り組みとされています。

大学業界でも、このDX化は重要なテーマ。文部科学省も「デジタルを活用した大学・高専教育高度化プラン」事業などを実施して補助金を交付するなど、各大学の取り組みを後押ししています。

しかし、現状はどの大学も掲げている構想は似たり寄ったりで、まだ道半ばという印象です。

多くの専門家も指摘していますが、「DX=デジタル化」ではありません。紙の印刷をPDFに置き換える、会議をオンラインで実施するといった取り組みはコロナ禍を機に大学業界でも広がりました。

これはこれで省力化や効率化につながりますが、より一歩踏み込み、そもそも会議のメンバーや進め方に見直しの余地はないのか、資料の準備にかける労力を減らすことで別のより重要なタスクに時間を充てられるのでは、と業務全体の再構築を図る。そんな取り組みが求められています。

例えば、90分の講義をZoomでそのまま配信すれば、それは単に講義のデジタル化です。これに対し、授業配信システムを構築して各学生の学習状況を把握し、学生一人ひとりに合った学習コンテンツや支援を届けるなど、大学教育のあり方をデジタル技術によって大きく刷新するような取り組みは、より踏み込んだDXと言えるでしょう。

教育・研究・組織運営など大学のDXにはさまざまな可能性が

教育面でのDXはイメージしやすいところです。学生は自分の学修成果を把握したり、自分に合った教育を受けたりできるようになる。各授業はICT化され、例えば複数の教員が教育コンテンツや学生の状況を共有しながら、チームで授業を展開するといった取り組みがしやすくなる。学部や学科レベルでは、学生のデータを見ながらカリキュラムや授業のあり方を改善できる。さまざまなレベルでのDXが考えられます。

学生たちの膨大な学習データの蓄積は、個別最適化された教育の実現に役立ちます。例えば、金沢工業大学では教育DXの一環として、入学前から卒業までにわたる学生のさまざまなデータを統合し、学生支援に活かす仕組みを導入しています。教職員によるサポートに加え、AIからのアドバイスも。

このように、学生が大学に興味を持った瞬間から卒業した後までを一貫してサポートする取り組みを「エンロールメント・マネジメント」と言いますが、まさにDXに期待が寄せられる分野ですね。中退予防や資格取得支援などの領域でも、データに基づいた取り組みが大いに効果を発揮しそうです。

ほか九州大学など複数の大学が、VRやAR技術を活用した実験・実習のコンテンツ開発を掲げて、上述の「デジタルを活用した大学・高専教育高度化プラン」に採択されています。通常の授業よりも学習効果の高い体験ができるかもしれませんね。

一方、研究分野のDXはどうでしょうか。周囲の研究者に聞いてみたところ「研究活動を取り巻く膨大な事務作業をDXで合理化・自動化してほしい」といった意見がいくつか寄せられました。

補助金や助成金などの情報収集や申請、共用設備の管理、研究成果の発信など、確かに効率化できることは多々ありそうです。学生と研究室のマッチングを図る仕組みやオープンイノベーション推進のためのシステム構築など、さまざまな要望が今後、研究者から上がってくるのではと思います。

組織運営においても、議論や意思決定のプロセスを効率化する、さまざまな事業の進捗状況や成果を可視化する、予算や労力の配分を見直す……などDXを推進する余地は多いでしょう。ルーティンワークを自動化するなどの取り組みもよいのですが、「業務全体を再構築することで、もともとあったタスク自体を不要にしてしまう」というレベルの施策が求められているように思います。

今後、18歳は減少の一途をたどります。各大学が抱える学生数は現在より少なくなるかもしれませんが、大学教職員に求められる業務のレベルは高くなります。少ない予算と教職員数で、現在以上の教育研究や学生支援を行う必要も出てくるでしょう。DXの推進は不可欠です。

DXを生かせるかどうかは、その大学次第

冷静に考えるべき点もあります。DXの推進には初期投資として多額のコストがかかります。大規模な大学であれば相応の投資も可能でしょうが、小さな単科大学や短大にとっては大きな負担でしょう。

学生数が1万人を超えるような総合大学と1000〜2000人程度の小規模な大学とでは、DXにかけられる費用も、望む成果も違って当然。自学にとって必要なDXがどのようなものであるかは、当事者の間で十分に検討されたほうがよいと思います。

組織の状況に合わない大がかりなシステムを入れても、思った通りに活用できるとは限りません。企業の提供するシステムで成果を上げられるかどうかは教職員や経営陣次第。デジタル化することが重要なのではなく、教育や研究のあり方を変革することが重要です。その点でDX化の挑戦は、組織改革を進める契機にできるかもしれません。

2006年頃、アメリカの大学の「教学IR」と呼ばれる部門で働く方から、以下のような話を聞きました。

倉部 史記(くらべ・しき)
進路指導アドバイザー、追手門学院大学 客員教授、情報経営イノベーション専門職大学 客員教授
慶応義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程修了。私立大学職員、予備校の総合研究所主任研究員などを経て独立。進路選びではなく進路づくり、入試広報ではなく高大接続が重要という観点からさまざまな団体やメディアと連携し、企画・情報発信を行う。全国の高校や進路指導協議会で、進路指導に関する講師を務める。 兼任として三重県立看護大学 高大接続事業 外部評価委員、NPO法人LEGIKA「WEEKDAY CAMPUS VISIT」認定パートナー。公務実績として文部科学省「大学教育再生加速プログラム(入試改革・高大接続)」ペーパーレフェリー、三重県「県立大学の設置の是非を検討するための有識者会議」有識者委員など。著書に『ミスマッチをなくす進路指導』(ぎょうせい)など
(写真:本人提供)

「例えば、学生募集の状況を、学長などの経営陣が把握しておくことは非常に大事だ。現時点でどれくらいの志願者が集まっているのか。学部・学科ごと、出身地ごとの出願状況ではどうか。出願者たちの高校での成績は。併願状況は。昨年同日比はどうか……などだ。アメリカの大学業界ではData Warehouseと呼ばれるシステムによって、担当部署に問い合わせずとも、学長が手元でこれらの情報に、瞬時にアクセスできる仕組みが広がり始めている」

20年近く前の話です。まさに大学運営のDXですね。当時の私は、日米のあまりの違いに衝撃を受けました。今なお日本ではシステム化どころか、担当部署に問い合わせてから返答が来るまで数日かかる大学もあるはず。日本の大学業界は20年も後れを取っています。

ただ、ではこのシステムを現在の日本の大学に導入すればよいかと言えば、それは違うのだと思います。大切なのは、データに基づいた経営判断を、学長などの責任者が行えるかどうか。DXによってもたらされた情報を生かせる体制があってこそのシステムです。マネジメントの仕組みを整えなければ、こうしたシステムは効果を発揮しません。

大学のDXには、さまざまな期待が寄せられているようです。「授業を社会人に配信できれば収益チャンスに」「遠隔地や海外の学生も顧客にできる」なんて意見も。ただこれらも、各大学がそうしたマーケティングにどれだけ力を注ぐかにかかっています。授業を公開すればすぐ使われる、というものではないでしょう。各大学の本気度が問われるところです。

DX推進は避けて通れません。教育の個別最適化によって、学生一人ひとりの成長を最大化する。業務の効率化や省力化を進めることで、これまで実行できなかった新しい取り組みに着手できるなど、未来の学生たちに与えるメリットも大きいはず。どのようなDXをいつまでに進めるのか。ぜひ各大学のミッションに合った施策を検討していただければと思います。

(注記のない写真: kou / PIXTA)